アイロニー

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 もうおわかりいただけると思うけれど、わたしは今、機嫌が悪い。その原因はもう明々白々であって、わたしが「食べログ」で見つけた喫茶店で、現在わたしの向かいに座っていながらせっせとスマートフォンを指でなぞっている彼氏のせいだ。だからさ、ちょっと落ち着いて考えてみようよ。わたし、あなたの彼女だよ。しかもお互い仕事が立て込んでたせいで、今日は久しぶりに会えたわけじゃないですか。何週間ぶりかな? 二週間はくだらないですよね? にも関わらず、さっきから熱心にスマートフォンばっかり触ってますよね。指先でディスプレイばっか撫でてないで、わたしの髪の間にその指を滑り込ませてくださいよ。  けれど、わたしは自分からそうは言わない。その代わりと言わんばかりに、さっきから、食べ終わったパフェの入れ物の底にたまった、溶けたバニラアイスとチョコレートソースを、やたらと持ち手の長いスプーンを使って混ぜ合わせる作業に勤しんでいる。マーブル模様が少しずつ、ココアみたいなやわらかい色に変化してゆく。そのさまを眺めながら、どの色の絵の具を混ぜても純白にならないのと同じで、ああ、わたしという人間ももう真っ白にはなれないのかもしれないと少し思う。  恋人が自分のことだけ見てくれるなんていうのはウソだし、キスをするだけでコウノトリが赤ん坊を運んできてくれるというのもウソだ。わたしはもう知り過ぎてしまった。知らなければよかった。けれど知らなければ、わたしは今も処女臭い子供のままだった。まだ子供のままだったら、手元にあるコップに注がれた水を彼にぶっかけていたのかもしれなかったけど、わたしは大人だから、だまってスプーンをカチャカチャとやって、少しでも彼に気を引いてもらおうとする程度にとどめておく。もっとも彼は店内で流れているジャズに合わせて首をわずかに上下させてリズムを刻んでいる。少しくらい気づいてほしいし、この店内でそんなことをしているのは彼だけなので、少し恥ずかしい。って言うかいい加減にわたしに気づけ。このおたんこなすめ。
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