アイロニー

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「うん、まあね」と、わたしはできるだけ涼しい顔をつくってこたえる。やっぱなあ、と彼はにこにこしている。見れば見るほど、人懐こい顔をしている。別にとても整っているわけではないけど、なんだかほっこりしてしまう笑顔。そんな顔ばかりしているから、わたしに「人たらし」なんて言われてしまうのだ。もっとも、ものの見事にたらし込まれているのは、世界で一番わたしだけだと思うし、願わくはそうであってほしい。  なんて甘ったるいことを考えていたら、彼はこうも続けた。 「それに、いつまでもスマホいじってたらさ」 「うん」 「由菜の眉間のしわが少しずつ増えていくだろ」 「そういうことを口に出すな、ばか」  思わず手近のおしぼりで、彼の頭をぽんとはたいた。間抜けな音を立てることもなく、どことなく湿った感触が手に伝わってきただけだった。へへ、と彼はうっすら歯を見せながら笑う。だからその顔をやめなさい。どれだけ頭に来ていても、なんか知らないけど許してあげたくなってしまうんだから。  でもまあ、彼が何も感じていないというわけではないということがわかったから、今日は嫉妬日和ってことで認識しておくことにした。  わたしはもう一度、涼しい表情を取り戻して、彼のスマートフォンを手にとり、ひとつのお店の名前を指先でタップする。さりげなく、今日は少し高いコースをねだることを胸に決めながら。
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