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【二十四】佐伯隆
ここからは佐伯の想像に過ぎない。
まず消防車が来たが、消防隊が踏み込むことが無った。踏み込まれていたら、佐伯は確保されて病院に搬送されていただろう。
次に、従業員が部屋を確認することもなかった。
他の客が部屋に戻ることもなく、事態は放置されたままだという現状。
それらを踏まえると、まず客の悪戯だと主張して消防車を追い返す。スプリンクラーが作動していないことも強調して押し通せばいい。
その上で適当な説明をして客を帰し、本日の営業を終了させる。
ホテルの支配人および従業員は、立ちまわる時間を作らなければならない。
証拠隠滅と逃亡を諮る時間を。
(どうやってホテル側は、火事が悪戯だと断定したのかは定かではない。)
あくまで想像の範囲だが、こうして佐伯は部屋に放置された。
これが、佐伯の運の良さを証明する事象の一つ。
二つ目は、瀬名のアドレスを間違えることなく思い出せたこと。
そして瀬名は一斉送信の除外設定によって、百合がおくったメールを目にすることはなく、先回りで事態を伝えることができた。
瀬名には自分の尻拭いをさせるために、ここでがんばってもらおう。
三つ目は、百合が佐伯の携帯の電源を切っていなかったこと。
百合に買い与えた携帯は、佐伯と同じ機種であり同じサービスと機能がついていた。
さらに、佐伯の携帯は仕事用にカスタマイズされていたことを百合は知らない。
「遺失物追跡サービスなんて、知らないヤツは知らないだろうし」
サービスに登録してアカウントを取得していれば、百合の携帯から佐伯の携帯にアクセスすることが可能なのだ。
位置情報をONにして、サービスが提供しているマップアプリを起動すれば、たちまち彼女の居場所は特定できる。
その四。百合が携帯を手放していない。
ここが一番肝心なのだ。佐伯が必要なのは第一に百合なのだから。
彼女が感づいて携帯を捨ててしまったら、彼女がどこにいるか特定するのが難しい。
百合が携帯を捨てていないか、確認できる手段がカメラと録音機能だった。
アカウントから遠隔で携帯を操作する佐伯は、録音機能をONにして、彼女が携帯を手放していないことを確認することができた。
カメラを起動すれば、画面は真っ暗だが携帯がポケットの中であることが確認でき、さらに、保存された百合の写真データを添付して、部下たちに一斉送信することも――。
佐伯の携帯は【仕事用にカスタマイズ】されたものだ。
一見して、電源を切ったように見えるスリープ機能を搭載し、性能の限界まで引き上げたこの携帯は、高性能の盗撮・盗聴器でもあったのだ。
遠隔操作が出来るのだから、佐伯断罪するためのデータは、この時点ですべて消去がすんでいる。
百合が警察にこの携帯を持っていこうとしても、専用のクリーンアプリを作動させて消去したデータを復元するのは困難を極めるだろう。
バックアップデータは、パスワード付きで会社のサーバーに避難させてある。
すでに百合には、うちの会社をおびやかす要素なんて持ち合わせていない。
が、そのことを暴れている部下たち伝達することはないだろう。彼女の居場所と同様に。
バカ共が暴れまわって、彼女の行動を制限させるのが目的なのだから。
あぁ、なんて自分は運がいいのだろうか。
その四つ。どれかひとつでも欠けていたら、自分はここまで来ることはなかった。
さて……。
【渋滞に巻き込まれたって……。乗り捨てて向かうつもりだけど、いつ到着するのかわからないから、最寄りの所轄に保護されて待つか、ここが確実に安全な場所だというのなら、ここで待機してほしいって】
携帯を通じて飛び込んできた情報に、佐伯は口角を持ち上げた。
いまのいままで、自分たちが佐伯の手のひらで踊っていたことに気づいたとき、どんな表情を浮かべるのか見ものだった。
「たしかに、放火は魅力的だが。それじゃあ、面白くないじゃないか」
どうせなら、暴力的にとことん蹂躙したい。
そして、圧倒的多数の暴力に屈服させて、「もう二度とこんなことはしません」と惨めに何度も懇願させたい。
【女の居場所が分かった。指定の場所へ集合してくれ】
これで、お前らはおしまいだ。
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