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彼女はさっきから、それを大事そうに抱えていた。
「どうしたの」
「え?」
「鞄、握ったまま」
目線でそれをなぞると、アユミはパッと手放した。珍しい。彼女は、緊張している。その姿は、初めて家に来たときによく似ていた。今はここにいる意味も、するべきこともないせいか、ただただ居心地が悪そうに座っているだけだ。なのに、どこか殺気立っている。
なにをしに、来たのだろう。
「話って?」
とうとう大仰な笑い声が弾ける。テレビを消したくなったが、それをすることはなぜか躊躇われた。
嘘くさい笑い声でも響いていれば、幾分かマシな気がしたからだ。
しかし、それは沈黙の中で寒々しく響く。アユミの頑なさが、より浮き彫りになる。
アユミは話す気があるのだろうか。
オレンジ色の口紅が乗った唇は堅く結ばれているし、肩は強ばっている。自分の中で整理できていない問題を片づけに来たような、不安定さ。そう言えば別れる時もこんなだったっけ。
アユミは、小さく息を吐いた。
そして、鞄に手を入れ、漁る。
「月島くん、あのね」
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