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私こと小橋秋乃。
26歳、独身。
2年前、大学卒業と同時に上京して以来、この社員20人ほどの小さな会社で、経理をやっている。
東京のビジネス街とはいっても、ここは中心部からは少し外れた、各国の大使館や大学の集中する、閑静な街。
大都会の慌ただしさは感じられず、暢気者の私でも、何とかやっていけている。
この会社は、近くの大使館や大学、大きな会社の会員制社交クラブや病院などなどに、美術品や置物などの調度品の調達や、時には全体のプロデュースも請け負う、アートコンサルティング会社だ。
余裕のある階層相手の商売とあって、客層もおだやか、会社全体の雰囲気も、どこかのんびりとしている。
さっきも、
(小橋ちゃん、さっきはずいぶん絞られてたじゃないの)
食後の一服から何食わぬ顔で帰ってきた浜田係長が、嬉しそうに耳打ちしてきた。
(ズルいですよ、ハマさん。
私が叱られ終わるの、待って入ってきたんでしょ!)
(ハハハ、まあまあ。おぉっといけない。まだ帯刀さん、こっち睨んでるよ、『小橋、休憩、終わり!』ってね)
「…う」
もう、意地悪!
恨めしい気持ちでハマさんを睨むと、彼は、“ゴメン”とこちらにウィンクしてみせた。
とまあ、社長直々に叱られても、こんな感じで弄られるくらい。
だから私は、例え通勤に片道1時間30分かかろうと、華やかさに欠けようと。
私は今の、刺激の少なーい、平和な日々に満足している。
ただし、ヤツの存在を除いては。
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