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一稀の頭に、高校受験の際の自分が思い出される。
本当に死に物狂いだった。
一日中机にかじり付き、狂ったように問題を解いた。
それもこれも、まだスカートを履く勇気がなかった、ただそれだけの事で。
高校生になってまで、スカートの下に長ジャージを履く訳にはいかないだろう、と言う自分なりのポリシーがあったのだ。
女子用のズボンのある高校なら、堂々とズボンを履いていられる。
男装と思われずに女子として履けるのだ。
だが、そう信じていざズボンを着用して入学すると、他にそんな女子は一人もいなかった。
高校が認めているのに、途端に自分が女の子という括りから弾かれてしまったような気がした。
いや、気がしたのではなく、本当に弾かれてしまったのだ。
両親と同じように、周りからも自分は男の子だと決め付けられ、もう、スカートにも戻れなかった。
「るっせ」
荒々しくリュックを肩にかけ、隼人を振り切るように歩き出す。
「お前さ、たまに自分は女だって主張するけど、女に見られたいのか?今更?」
背後から隼人が追いかけてくる。
一稀は「はぁ?」と噛み付くように振り返った。
「見られたいっつーか、オレは女だよ!」
「まぁそうだけど、周りはそう見てねーよ?髪も短いし化粧っ気もないし言動も男そのものだし。それに自分のことオレって言ってる時点で無理があるっつーか」
「し、仕方ないだろコレは…!何年も染み付いたもんだし、頑張って直そうとしたけど、中々上手くいかないんだ…!」
一人称を、何度「私」にしようと頑張っただろう。
それに反して、「オレ」と振る舞う自分を、両親は凄く喜んだ。
「オレ」と言って自分が男らしくすればするほど、両親は自分を可愛がってくれた。
だから、「私」と言った時の両親の複雑な顔が今も忘れられない。
「私」と言おうとすればするほど、その時の顔を思い出して言葉を詰まらせた。
「え、もしかして女の子らしくなりたいの?」
「それは…」
口ごもっていると、通りすがりにクラスメイトの女子が声を掛けてきた。
「あ、一稀君だ。ばいばーい」
「あ、ば、ばいばい…」
通り過ぎて行った彼女の甘い残り香が鼻をくすぐる。
赤くなって戸惑いながらその背を見送っていると、その一部始終を見ていた隼人があからさまにため息を吐いた。
「だめだ、ぜんっぜんだめ!」
「え、何が…?」
「今の反応は確実に童貞中学生男子そのものだった!」
「ど、童貞中学生男子…」
ガンッとショックを受けていると、日下部は偉そうにつらつらと続けた。
「いい?一稀はさ、男勝りな女の子とはまた別物なんだよ。男と友達みたいに仲がいい女子って、大体男子にチヤホヤされて喜んでるパターンが多いし、それを見抜いてる周りの女子からの反感はえげつない。でもな、一稀の場合、チヤホヤされないし、つるんでる男友達も俺のような陰キャラだ」
「お前、自分で言ってて悲しくないのか|
「つまり、女子から妬まれもしないということは、同じ土俵に立っていないということ。そもそも女だと思われていないということだ。挙句に女子に声をかけられて童貞のように照れる始末。一稀、諦めろ」
「う、うるせーよ!」
「周りはお前のこと、たぶんそっち系だと思ってるぞ。性別の境界がないっつーの?ジェンダーレスとかって言う言葉も世間では周知されてるし」
「ジェ、ジェンダーレス…」
「ま、諦めるこったな」
日下部がポンッと一稀の肩を叩く。
言い返す言葉が見つけられず、一稀は肩を落とした。
(やっぱり無理なのかな…)
周りの目と、自分の心には大きな差異がある。
確かに家庭環境のせいで男のように育てられたし、そうすることが正しいと思って生きて来た。
でも、もう誤魔化せないのだ。
自分は心と性の不一致もなければジェンダーレスでもジェンダーフリーでもない。
(そう、オレは…、)
堂々と、ブラジャーをしたいのだ。
あの女の象徴の、あの可愛らしいレースたっぷりの下着を。
そんな事、きっと口が裂けても、後ろを付いてくる親友には言えない。
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