第10話 瞬と茜

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夜の学校は、文化祭前日にだけ明るく賑わう。 クラスの出し物の準備に追われた生徒達が、煌々とついた明かりの元、廊下や教室を忙しなく行き来し、明日の文化祭に向けて楽しく活動していた。 その中で、早く準備を終えたクラスもあれば、瞬のクラスのように大掛かりなお化け屋敷に取り組み、手こずっているクラスもある。 特進科と言うプライドもあるのか、クラス委員長が「中途半端な出来にはしたくない」と意気込んだ結果、クラスの活動費を遥かに越えた予算で、複雑な仕掛けを施したお化け屋敷に取り掛かることになったのだ。 瞬は、与えられた予算や時間の中で、高校生らしい良い物を無理なく作ればそれで良いと考えていたので、あまり気乗りはしなかった。 ハイレベルなお化け屋敷に手こずるクラスメイトを見る度、教室の中が見栄とプライドだけのつまらない物に見えてしまう。 現に、準備は全くスムーズに進んでいなかった。 上手く行かないせいで、揉めているグループもある。 「寒川君、これどうしたらいいかな?」 任されたエリアの壁に暗幕を張っていると、クラスメイトの女子達が困惑した様子で話しかけてきた。 踏み台にしていた机から降り、彼女達が手にしているダンボールに目をやる。 「これで何か作るの?」 「うん。余ったからあと一つ何か作れって。でも全然思い浮かばなくて…。井戸みたいにするつもりだったんだけど、そんなの子供だましだって言われちゃって…」 瞬は嘆息する。 「材料がダンボールなんだから、子供だましの物しか作れないのは当然だろ。誰に言われたの?」 「委員長。下手なもの作ったら、凄く怒られそうなの。みんな凄いの作ってるから、余計に困っちゃって…」 目を見合わせて肩を落とす彼女達に、瞬は暫く頭の中で考えを巡らせてから言った。 「今からだともう時間ないし、とりあえずそれを黒く塗って、外側に鈴とか大きな音が出そうな物を沢山つけてみよう。筒状にしたらその中に入って、人が通った瞬間に大きく揺らして驚かせるんだ。女子なら小さな悲鳴くらいは上げてくれるかも」 その提案に、彼女達の瞳がパッと輝いた。 「それいいよ!やってみる!鈴なら今から買いに走れば用意出来るだろうし、何とかなりそう!ありがとう!」 「それで文句言われたら俺に言えばいいから。それと鈴なら、ホームセンターに買い出し頼まれてるし、ついでに買ってくるけど」 「いいの!?」 「それぐらいいいよ」 彼女達は「ありがとう!」とますます喜ぶと、はしゃぎながら瞬の元を離れ、急いで製作に取り掛かかり始めた。 「瞬、ますます株上げたな」 振り返ると、廃材を肩に担いだ拓海がしたり顔でこちらを見ていた。 素っ気なく顔をそむけ、途中だった作業に取り掛かる。 「だったらなに」 「彼女がヤキモチやくんじゃないかなぁって」 「お前に関係ないだろ。つか、あの人はそんな事気にするような人じゃないし」 「信頼し合ってますって言うラブラブアピール?」 「うるさい」 ムッとしながらたしなめると、拓海は「そう言えば…」と微かに眉をひそめた。 「一稀となんかあった?最近全然会ってないみたいだけど」 拓海の問いが、思わず言葉をつまらせる。 あの家でのキスから、一稀とは全く会っていなかった。 避けられるのはわかっていたし、自分自身、一稀に合わせる顔がなかったのだ。 抑えられない衝動に突き動かされてしまった自分に、ほとほと呆れている。 一稀の為に友達に戻ろうと決めていたのに、自分を制することが全く出来なかった。 言い訳を並べてタガが外れたキスは、自分が獣になったような気分になる、野蛮で貪るような激しいもので、今思い出してもその甘美な余韻に頭がくらくらしてしまう。 こんなキスは、自分がしておきながら初めてだった。 (一稀があんな顔するから…) 顔を真っ赤にし、瞳を潤ませた目は、自分を好きだと言っているようにしか見えなかった。 例え勘違いでも、あの表情はズルいと思ってしまう。 好きな人に見せられたら、誰だって抑えられなくなるだろう。 (でもあれでわかったのは、やっぱり昔には戻れないってことだ。嫌われてもいいから、二度と近付けなくなってもいいから、俺は一稀に気持ちを伝えないといけない…) 一度後退してしまった関係を、もう一度前に進めなくてはいけない。 そのためには、やはり正直な気持ちを伝えなくてはならないのだ。 その結果一稀が離れてしまっても、伝えた後ならちゃんと納得出来る気がする。 その方がずっと、互いに前に進めるだろう。 (でも…、一稀とちゃんと話し合う前に、話さないといけない人がいる…) 教室の隅にいる、一際目立った女子生徒に目を向ける。 静かに、淡々と作業を進める彼女は、やはり何をしても絵になっていた。 それなのに、強く自分の心に触れないのは、一稀の存在が大きすぎるからだろう。 自分の心に、彼女が入り込む隙間が全くない。 もし一稀がいなければ、自分の目に映る彼女の存在はまた違ったものになっただろう。 人としての魅力が、彼女には充分あると感じるのだから。 (どうしようか…)
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