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時刻は21時半を回っていた。
社交辞令的に、その場にいる全員とメッセージアプリで連絡先を交換した後、椅子に掛けていたスーツの上着を着ていると、紗夜さんが遠慮がちに俺に話掛けて来た。
「あの……」
「ああ、はい?」
前に視線を向けると、彼女は目を泳がせていたけど、やがて何かを思い切った様に口を開いた。
「さっき……あの、映画の事………」
「映画?」
確かそれって、優奈さんも何か言い掛けてたような……
「土屋さんの好きな映画の……」
「よし、ここ21時半までだからさ、みんなそろそろ店出よっかー!」
佐伯君が呼び掛けをしたのと同時に、彼女はそこでハッとした様に口を噤んだ。
「ごめんなさい、何でもないです……」
そして彼女は何処か陰りのある笑みを浮かべながらも、ゆっくりと席から立ち上がった。
「はい…」
何だろうと思いつつも、俺はそのまま何も言わなかった。
なんとなく、そこには触れたらいけない気がしたし、仮に何かがあったとしても、今日会ったばかりの女の事情なんて特に知る必要も無かった。
「じゃあ、二次会行く人は俺について来てー」
屈託の無い明るい佐伯君の声の後に、それぞれが席を立って足早に店を出始めた。
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