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夏の湿った夜風が、顔に纏わり付く。
二次会にはほんの少しだけ顔を出した後、三澤や他の人達の挨拶もそこそこに、適当に理由をつけて店を抜け出し、地下鉄を乗り継いで、最寄駅から自宅マンションまでの道を歩いていた。
自分の呼吸音一つさえ響く様に思える程、閑静な住宅街に俺の住むマンションはある。もうすぐ、この街に引っ越して来て1年半が経とうとしている。
何処まで目を凝らして見ても黒一色の夜空の真ん中には、金色の月が見下ろす様に佇んでいた。
この世の中の全ての綺麗な物を集めて、一つの円球に凝縮させて出来た物体があの月なんじゃないかと思えるくらい、 それはあまりにも完璧な色と形をした満月だった。
嫌いだ………
今までに、一体何度そう思っただろうか。
いつだって、澄ました顔して手の届かない場所から高みの見物でもしているかの様なあの月が本当に、心の底から。
『颯君は、本当に良い子』
背中のラインに沿って、汗が流れ落ちて行く。
「………っ………」
またか、と思いながらも軽く舌打ちをした。
自分自身の中で疼き始めたその痛みを必死に掻き消して、足早に閑静な住宅街の中を歩いた。
完全な八つ当たりだ。
本当に嫌いなのは、いつまで経っても、この傷に痛みを感じる自分自身なのに……
無意識に吐いた溜息が、夜の闇に飲み込まれて消えて行く。
『……ありがとう、ございます』
そして俺は、その時どうしてか全く分からないけど、彼女の事を思った。
彼女のあの泣いている様な痛々しい笑顔は、何故かあの月に酷く似合う気がした……。
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