彼女との再会

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「すみません、Layer Bridget社の木村様と16時から約束をしてますCyrille Japan(シリルジャパン)の加瀬です」 加瀬さんが彼女に話し掛けると、その目線はすぐに加瀬さんの方に向けられた。 そして、柔らかくて、だけど触れたら消えてしまいそうな儚いあの笑みを浮かべた。 「はい、Cyrille Japanの加瀬様ですね。ただ今Layer Bridgetの木村様にご連絡致しますので、こちらに本日の来訪者様全員のお名前を…」 そう言って来訪者カードを差し出した彼女の視線は数秒間、加瀬さんの後ろにいた俺の顔を見るなりピタリと止まった。 目が合ったと同時に、心臓を素手で掴まれた様な感覚が走る……。 彼女は驚いた様子で一瞬、目を大きく見開いたけど、すぐにその表情を隠す様に目を伏せて、来訪者カードとボールペンを提示した。 「あ……こちらに本日の来訪者様全員のお名前をご記入下さい。今、木村様をお呼び出し致しますね」 そして何事も無かったかの様にそう言うと、電話の受話器を取って耳に当てた。 「総合受付です。Cyrille Japanの加瀬様がいらっしゃっていますが、お通ししてもよろしいでしょうか?」 俺はその時、彼女のネームプレートにちらっと目をやって、彼女の名字が初めて「冬川」だと知った。 いや、本当はこの前の飲み会でフルネームを言っていたのに俺が覚えていないだけかもしれないけど。 冬川(ふゆかわ)紗夜(さや)…… その名前は、彼女に合っていると思った。 「冬」が彼女とあまりにも強く結び付くからだろうか…… だけど彼女から連想される冬は、地上に舞い降りてはすぐに消えて行く何処か切ない雪や、白い息を吐きながら歩く、誰もいない寂しい冬の夜道だった。 「ほら、土屋も名前書いて」 倉野さんに促され、俺はハッと我に返る。 違う、今俺が考えるべきなのはそんな事じゃない…… 「はい」 倉野さんからボールペンを受け取って、カウンターにより一層近付いた俺は、出来るだけ彼女を見ない様に自分の名前を加瀬さん達の名前の下に書いた。
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