140文字SS 91-100

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140文字SS 91-100

-91-   * * *  布団に潜る。頭から足まですっぽりと。  するとどうだろう、いつのまにか僕は宇宙にいたり、恐竜時代にいたりする。まるで旅の扉を開くよう。外出自粛が叫ばれる昨今、これは嬉しい発見だ。  ……ただ、夜を待つまでの時間が辛い。  いっそ戻ってこなくてもいいのになあ。 -92-   * * *  妙に安い物件だと思ったら、これか。  この部屋、どうやらエアコンを着けるとそこから霊道が開くらしい。  室内を他人が歩くのはなんとも落ち着かないので、除霊ができると評判の空気清浄機を導入する。  これが片端から掃除機のように吸い込んでくれるので、無事解決……と言いたいが、夏冬の電気代がかさむなこりゃ。 -93-   * * *  毎朝、鏡を確認する。壁に貼った日本地図をよく観察すると、鏡の中では四国が五国になっていたりする。  こういう日は『異世界』が接近しているので注意が必要。  うっかり死んだりすると、魂が向こうに引っ張られてゆくという。  実際、最近はそんな体験談が、小説の体で多く語られているのだ。 -94-   * * *  何もないところから、何かが生まれることはないって?  そうかもしれないな。物質世界なら。  でも私は知っているよ。さっきまで何もなかったはずのここに、今まさに生まれたものを。  そう…物語がね。 -95-   * * *  やれやれ、随分と恨みをかっているようだ。  僕を対象にした呪いを打ち消しながら、そう呟く。  どうやら名前を頼りに縛ろうとしているようだが、お生憎。  僕の魂はとうに別の名に軸足を変えている。  ネットでもう何十年と使っている名は、本名よりも『僕自身』に近づいてしまっているのだから。 -96-   * * * 「行かないで」  妻が言う。ああ、この身が引き裂かれそうだ。  思いを込めて彼女を抱きしめる。 「……行ってくる」  なんとか言葉を絞り出す。 「だめ」 「――!!」  俺だって離れたくない。  だが、妻の瞳は楽しげに笑っている。 「ちゃんと帰ってくるから……」  毎朝、出勤の度に困らせないでくれ。 -97-   * * *  あいつも嫌い。あいつも憎い。あいつも消えろ。  ある時、思った相手を念じた通りに滅ぼす力を手に入れた。  始めはこっそり。やがて片っ端から。更には刺激的に。  歯止めというものを忘れた頃、誰かが言った。 「やれやれ、こいつもか」  はっと夢から覚め、力は消える。  残ったのは――かつては善人だと信じていた、自分だけ。 -98-   * * * 「どこのどいつだ、こんなモン造りあげたのは」  睨みつけるのは東京の航空写真。  夜空の星のごとくちりばめられた、鉄塔の数――と、それらを結ぶ送電線。  これらが、都市を護る魔法陣を描いている。ただし予備、ダミーも多数。 「ここから本命だけ見抜いて壊せって?」  無理ゲーだろ、と天を仰ぐ。 -99-   * * * 「あなたはずっと、そのままでいて」  別れ際、そう言った。  自分は絶対に正しいと信じ、人の忠告に耳を傾けないでね。  自分が悪いのかも、と反省なんかしないでね。  攻撃的な言葉をやめ、人に親切にしようと思わないでね。  あなたが今頃どんな老後を送っているのかと想像しながら、私は幸せになってみせるから。 -100-   * * *  誰もいない海辺で歌うのがすき。昼間は雑音が多いからいや。夜は釣り人が来るからいや。夜があける前の、まっくらな時間がすき。  ある晩、珍しく人が来た。 「なんか聞こえねえ?」 「人魚だったりしてな」  まあ、人魚なんて言う人、本当にいるのね。  私は人鳥。見た目は鳥だけど、声と知能が人。  内緒だけどね。      * * *
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