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140文字SS 31-40
-31- * * *
また幼子が山へ入った。
彼はいつも好奇心のままに彷徨うから、気づいた母が死に物狂いで辺りを探し回るはめになる。
「やれやれ」
山の神は子の眼前に蝶々を飛ばす。
そうして足止めしつつ、そっと夕暮れの薄闇に、宵待ち草を光らせる。
そなたの子はここにおるよ。
いつか狐を手当てしてくれた、優しい娘よ。
-32- * * *
海に沈んだ私の魂と体を拾ってくれたのは、土地神に仕えるものたちだった。
土地神は敬われることに飽き、祀られることに飽きていた。
「このままでは、護り神がいなくなる」
「なら私の体使って、人の中で過ごしてみたら?」
地上には刺激がたくさんある。
私を沈めた人達はどう反応するだろう。
-33- * * *
精霊たちに、我々と同様の名前はない。
けれど、個体を認識する「音」を持っている。
――ぱたたたたっ
暖かな室内に、傘を叩く雨粒のような音がかすかに響く。
「おかえり。どうした?」
彼が契約しているのは水の精。
姿を現す前に必ず「自分の音」を鳴らして知らせるのが彼らの礼儀だ。
-34- * * *
4月はちびっこ魔女たちがいたずらする月。
道端にカラフルな卵が落ちていたら、そっと割ってみよう。
当たりなら花が出てくるし、外れならカエルが跳びだすよ。
いくつもの卵に魔法を仕込み、誰かに楽しんでもらう。
それが彼女たちの魔法の上達に繋がるんだ。
-35- * * *
同じ卓について話をしよう、と王冠を脱いだ男に、黒髪の女は首を傾げる。「いいのか? 魔女など、モンスターに等しかろう」
「もし貴女が、世間の噂する女神ではなく魔女であるなら、俺には救いだ。
神には、言葉も祈りも通じない」
深い疲労を伺わせる声音に、女は歩を進めた。
-36- * * *
ドアを開くと、壁との間に影ができる。
隙間に腕を入れて、その影をコンコンとノックする。
「いるかい?」と声をかけると「誰が?」と返るから、「護り人が」と言うと「いるねえ」と返る。
これでドアを閉じても、影は残る。
「入るよ」ドアの影がギィッと開く。あちらへの入口だ。
『戸影の民』
-37- * * *
王妃の小鳥は、美しい声で鳴く。
陽の光を毎日たくさん浴びることが、その秘訣なのだとか。
「困ったぞ」
雨続きのある日、世話係は溜息をつく。これでは小鳥が死んでしまう。
「これでよければ…」
異世界からの旅人が『すまほ』とやらを差し出した。
その見事な絵の上に乗せた小鳥が、やがて踊りだす。
-38- * * *
まだ、そのシャボン玉を割ってはだめよ。
もっと希望や、憧れや、愛しさや、楽しさを吸わせて寝かせてやると、中に結晶ができるから。
できるだけ大きく育ててから、取り出すの。
……え? 地上へ降りる魂たちに、持たせてやるんだよ。
それなしで生き延びられるほど、あそこは甘くはないからね。
-39- * * *
何の間違いか、俺は異世界に紛れ込んだ。ここは一人の魔王によって支配されていた。誰も抗えぬ、強大な魔力の持ち主。
その正体は――睡魔。逆らえば、二度と目覚めぬ眠りに落とされるという。「面白いな」
俺は呟く。
「なあ、魔王とやら。俺達の世界に来ないか?」
あの戦争が、終わるかもしれない。
-40- * * *
「許せない相手がいるなら言え」
魂となった私に死神は言った。
「善も悪も人間の尺度だ。俺らはそれを理由に断罪しない。
ただその者を許せないという誰かの思いの重さが業となる。
背負わせたい相手はいるか?」
……いる。
魂の力を振り絞って私は訴える。あいつに。あいつに。あいつに。
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