140文字SS 71-80

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140文字SS 71-80

-71-   * * * 「雨が地上に着いたところを見てるの。あんな高い場所から落ちて落ちて、やっと変化する瞬間を間近でこんなに見られるの。贅沢じゃない?」  姫君は幼いころから高い塔の上で暮らしていたという。その言葉に彼女の長い孤独を垣間見た気がした。 「傘を、さしてご覧になりますか?」  雨降る庭は、彼女の夢。  姫君はようやく、地上に到達したのだ。 -72-   * * * 「悪しきものを封じるには、村の者を一人、(やしろ)に住まわせなさい」  そのお告げに従い、嫌われ者の娘が村外れに住まうこととなった。  誰も彼女の代わりになりたくないので、薪や食べ物はこまめに運ばれてくる。猫も飼える。たまに悪しきものとお茶をする。  案外、村より快適に過ごせている。 -73-   * * *  銃弾がマフィアのボスを撃ち抜いた。 「これで俺達の天下だ!」  対抗組織の連中が笑みを漏らした時、ボスの膝上からするりと猫が飛び降りた。 「やれやれ、なんてことを」  にゃぁ、と鳴いた声は確かにそう言った。 「役に立つ依代(よりしろ)だったのに――愚かなことよ」  組織を操っていたのは。その本体は。 -74-   * * *  どうやらこの部屋は霊道とやらになっているらしい。  大概の『誰か』は無害だが、たまにこちらにちょっかいを出そうとする不届き者もいる。 「お前が来るべきはここではない」  そういうヤツには、強く念じる。 「〇市x丁目x-xxx、△△という男のところへ行け」  今も私の恨みは晴れない。あいつのことは忘れない。  ちょうどいい、受け取れ。この見えない使者たちを。 -75-   * * *  困っている妖精を助けて、貰ったランタン。畑の見回りに持ち出すと、そこにいないものを照らし出す。  昼間、このかぼちゃを食べたのはネズミ。そいつの姿が巣穴に帰るまでを見届けて、僕は罠を用意する。他にもウサギやキツネ、シカやイノシシ。次々に罠にかけ、捕まえてゆく。その便利さとともに。 『自分の領域を荒らすものを許さない』――彼らの恐ろしさも、思い知る。 -76-   * * *  ニートの俺が、爺ちゃんから譲り受けたのは郊外の二階建てマンション。  それも各部屋が異世界に繋がっている訳あり物件。  『森山』と表札が出ている部屋は精霊の棲む森林へ、『岬』は大海の孤島に立つ灯台、『羽田』は有翼人種の天空城、『犬山』は獣人の町に繋がる。  たまに奴らはこちらの世界の知識や物品を調達しに来るのだが――え、俺ココ管理すんの? -77-   * * *  私の母は裁縫が得意だ。材質の違うもの同士もうまく組み合わせ、ひとつにまとめる。 「ここは陸地にしましょう。ベースは海ね。中心には熱帯をあしらって、端の氷の世界まで気候をグラデーションに」  今日もまたひとつ、作品が出来上がる。  完成品は『宇宙』という名の保管庫へ―― -78-   * * * 「先生、お願いします」  一寸法師は一度は大人のサイズになったが、小槌の力でまた小さくなった。  しかも以前の彼より更に小さく。 「うむ、参る!」  命綱をつけて、ごくりと丸呑み。小槌から得た、消えない灯りと眠り薬を手に。よく研いだ刀を帯びて。今度は体の中の病魔を退治に。 -79-   * * * 『領主の館には、今も死んだ娘の霊が彷徨っているという……』  その語りをもうやめて、と何度訴えてもとどかない。  あなた達が語り継ぐから、私は誰にも忘れられない。  私があらわれることを望む人々が、私をここに縛りつける。  亡くなった時の姿のまま。記憶のまま。  もう眠りたい。なにもかも忘れたいのに―― -80-   * * * 「トリック・オア・トリート!」  お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ。これは鎮魂の儀式だから。  次の一年を無事にすごすため、我々を封じておくがよい。  そんな、悪意があるんだかないんだかわからない要求をしてくる魂たちは、笑顔の裏に淋しさを抱えている。  わすれないでね。  年に一度は思いだして、かまってね。と。    * * *
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