猫が上靴を履いていた

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猫が上靴を履いていた

 〈春はあけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎは少しあかりて……〉   だんだんと空が赤みを帯び、水平線の上に赤い太陽が見えてはっとした。もう辺りは暗い闇に包まれようとしており、枕草子を思い出している場合ではない。中学二年生のときに第一段を全て暗記させられたので、何気ないときにふと頭に浮かんでしまうのだが、それがいいことなのか悪いことなのか未だにわからない。  裏庭に朝、洗って干したおいた上靴をそのままにしていたことを思い出した。夜になってしまうとせっかく乾いた上靴なのに夜露で湿気を含んでしまう。 そう思って裏庭へ行くと猫が上靴を履いていた。前足二本をたっぷり浸すよう俺の上靴の中に(うず)めて、上目づかいでこちらの様子をうかがっている。  牛乳を吸い込んだパンの耳みたいな足がちょこんと二本並んでいるのが、何とも俺をイラつかせる。 ほら、かわいいだろ?と言わんばかりのその猫に、微塵のかわいさも感じなかった。猫は好きじゃない。犬もウサギもハムスターも動物は好きじゃない。たぶん人間も好きじゃない。
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