襖一つ隔てて

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襖一つ隔てて

『襖一つ隔てて』 ○カフェ『ミルテの花』(深夜)    ハンガリー風の店内。中央には小さなステージがあり、グランドピアノが一台おかれている。閉店後の店、客席にはハンガリーの民族衣装に身を包んだ北山マコ、柳平麻衣、小口千里がコーヒーを飲みながら休憩をしている。 マコ「お疲れ様。二人とも、今日もナイスなチャールダーシュだったわ。」 麻衣「北山こそ見事なステップだったに。さすがはジプシープリンセスマコ!」    マコ、得意気に笑う。 麻衣「でも一人で踊るチャールダーシュもいいけどみんなで踊るととっても楽しいわ。」 マコ「でしょでしょ!だから私、チャールダーシュ大好き!」 麻衣「私も。」    三人、笑う。 マコ「なのに…」  暗くため息  「日本ではどうしてハンガリーはマイナーなのかしら?チャールダーシュだってやっている人なんて他に見たことがないし…」    興奮 マコ「だってこんなにお料理だってお菓子だって美味しいし、衣装だってこんなに素敵、チャールダーシュだってこんなに美しいのにみんな知らないだなんて勿体無いわ。」 千里「食わず嫌いしているだけじゃない?」 マコ「だからそれが勿体無いわっていってんのよ!」    つんっと マコ「どうして開国の時にハンガリーが文化を持ち込まなかったのかしら?」 麻衣「そうね。」 マコ「私、悔しいわ!日本じゃまだチャールダーシュの専門ダンサーがないからジプシープリンセスなんて全国では受け入れられないだなんて!チャールダーシュっていってもみんなはてなマーク、有り得ない!」 千里「マコ、落ち着けよ!」 マコ「落ち着けですって!?私はこのままチャールダーシュを続けて世界に通用して日本全国にも認められるロマの踊り子になるのが夢なのよ!なのにこの今の日本のままでどうすりゃいいって言うのよ!」 千里「だから僕の話を…」 マコ「(構わずに)私の母は若い頃、ハンガリーでチャールダーシュを学んでデビューしたの。ヨーロッパで一世を風靡したアールカサールの花形だったわ。でも結婚して躍りをやめ日本に帰国した。それでもまだ躍りへの情熱は消せずに永延を開いたのよ。ここのえつ子叔母さんだってそうよ。母の情熱に影響されてハンガリーのアールカサールをオープンさせたのよ。そして母は…」    立ち上がってラッスチャールダーシュを踏み出す マコ「娘の私に自分の夢を託したの。だから私はこの日本で…」 千里「(興奮するマコを落ち着かせる)だからマコ、少し落ち着けって。僕の話を聞けよ。」 マコ「話?」    やっと落ち着いて、コーヒーを一口啜る。胡散臭そうな目で千里を見る。 千里「君たちにとってとってもいい話かもしれないよ。」 麻衣「何?」 マコ「何よ?」 千里「ほら、前に話したろ?僕のお爺ちゃんが考古館をやってるって。」    パンフレットを見せる 千里「これはお爺ちゃんの考古館に置かれていたパンフレットでさ…」    麻衣、マコ、まじまじ 千里「映画だよ。」    悪戯っぽく 千里「今度この諏訪地域を舞台にした映画が出来る。それで今度ここにもロケが来るんだ。」 マコ「それが?」 千里「その名も“襖一つ隔てて”題材は君たちが愛するチャールダーシュ。」 麻衣「え?」 マコ「本当に?」 千里「あぁ勿論。」 マコ「いつ?」 千里「話に乗ったね。ロケの日程は…    溜め込む 千里「知らない。」    マコ、麻衣、がくり。 千里「まぁ、詳しいことはお爺ちゃんが知っていると思うから言って聞いてみるといいよ。茅野市平安郷土考古館ってところだからさ。」    立ち上がる。椅子の傍らには買い物がどっさりと詰まったカートが置かれている。 千里「ってことだから僕は先に帰るね。」    大声で 千里「えつ子さん、ごちそうさま。」 えつ子の声「はーいせんちゃん。また明日も宜しくね。」 千里「はーい。」    小粋に手を振って店を出ていく。 マコ「(鼻を鳴らす)自分で話したくせに無責任な男。」 麻衣「いいじゃないの。彼に聞かなくちゃ私たちも知らなかったんだし。明日二人で考古館に行ってみましょう。」 マコ「そうね。でも平安郷土考古館って一体何処にあるのかしら?」 麻衣「聞いたことないわ。」    えつ子、お盆とテーブル拭きを持って登場。 えつ子「何を話していたの?」 麻衣「あ!」 マコ「えつ子叔母さん。」 えつ子、話を聞く えつ子「よかったじゃないの!是非麻衣ちゃんと二人で見に行ってきなさいよ。」 マコ「えぇそのつもりよ。だけど」 えつ子「茅野市平安郷土考古館よね?私も聞いたことがないんだけど、新しく出来たのかしら?」 麻衣「えつ子さんも知らないの?」 えつ子「麻衣ちゃんこそ、あなた茅野に住んでいるんでしょ?」 麻衣「そうですけど、私も知りませんでした。」 マコ「そんなぁ…」    少し考える マコ「いいわ、帰ったら母さんとか明日学校の友達にも聞いてみる。」 麻衣「私もクラスの子に聞いてみる。ひょっとしたら知ってる子がいるかも。」 えつ子「それがいいかも。インターネットで調べてみるって手もあるわよ。」 マコ「あ、」 麻衣「そうか。」 えつ子「(笑う)それよりも、今何時だと思っているの?今日はもう帰りなさい。明日も早いんでしょう。」    振り子の唐栗時計が12時を指す。鐘が鳴り始め、チャールダーシュ人形が踊り出す 麻衣「あらら本当、もうこんな時間だわ。」 マコ「急いで帰らなくっちゃ。じゃあえつ子叔母さん、また明日。」    出ていく二人。 えつ子「ちょっと待って!」 マコ「(立ち止まって振り向く)え?」 えつ子「これ。」    買い物カートを引いている えつ子「せんちゃんの忘れ物。悪いけどマコちゃん預かって。明日彼に返してあげて。」 マコ「は?」    カートを見る マコ「困りますよこんなの!置いておくところなんてありませんしそれに…」     麻衣を睨む マコ「あんたこそあいつの彼氏なんでしょ?」 麻衣「ほーだけど…」 マコ「だったらあんたが預かりなさいよ!可愛い彼ちゃんのお荷物なのよ。」 麻衣「そうしたいけど…でも私はこれから電車乗って茅野まで帰らなくっちゃいけないの。だから北山、頼むっ!この通り!」 マコ「ったく。明日学校でぼっこぼこのぎったぎたにしてあげるんだから!」 麻衣「や、それはやめて。」    麻衣、つんっとして買い物カートを押すマコを宥めながら退店。 えつ子「お休みなさい。」 ○学校・教室(夕方)    放課後の茅野中央高校、下校中。マコ、柳平紡、柳平糸織、並んで歩く。 マコ「え、知らない?」 紡「あぁ。麻衣にも昨日聞かれたけど私は知らんよ。」 糸織「僕もだ。」 マコ「困ったわ。」 紡「携帯で調べてみれば?」 マコ「そうね、最後はそれしかなさそう。」    携帯を弄る。 マコ「お?」    目が丸くなって次第ににやにや ○田舎の道    農道のような場所。人気はなく民家も少ない。麻衣とマコのみ。 麻衣「場所が分かったんね!北山ありがとう。」 マコ「いやいや、お礼なら…」    携帯を翳す マコ「こいつに言ってよね。」 麻衣「はいっ。で?」 マコ「もうすぐのはず。ここを真っ直ぐに行って…ほらね。」    一軒の茅葺き屋根の家が見えてくる。割りと小さく考古館には見えない。 マコ「…。」 麻衣「これ?」 マコ「…の筈だけど。」 麻衣「とりあえず入ってみる?」 マコ「そうね。」 二人「ごめんください。」 ○茅野市考古館・フロア    広い。古めかしい棚がところ畝ましと置いてあり、其々の棚の上に様々な資料。 マコ「一応まぁここが…」 麻衣「そうみたいね。」    小口吉三と千里 小口「いらっしゃいお嬢さんたち。」 千里「いらっしゃい。」 麻衣、マコ「ここんにちは。」 小口「私が館長の小口と申します。こっちは孫息子の千里。」        千里、にっこり会釈。 小口「ゆっくりと見ていきなさい。きっと気に入ってもらえるじゃろう。」 千里「本当に来たんだね。」        赤表紙の本を手に取る 千里「何でも自由に見てよ。これとか面白いかもよ。それに、」        パソコンを弄ってモニターをつける。 千里「こんなのとかも面白いかも。はいどうぞ。」        麻衣、マコ、覗き込む 千里「まぁ、色々好きに見てよ。どうぞごゆっくり。」        千里、小口、意味深に笑って退場。マコ、赤表紙の本を開く。 マコ「ん、何これ?アルバム?」 麻衣「本当だ。何が写っているの?当時の写真とか?」 マコ「まさかぁ、そんなわけないわ。だってここは平安時代の考古館なのよ。当時の写真って」 麻衣「それもそうか。」        写真は貼ってあるが、光が入って何も写っていない 麻衣「でもこの写真、何がなんだか分からない。」 マコ「本当!」    鼻を鳴らす マコ「何よ、何でこんな写真大切にアルバムに貼り付けて、しかも堂々とこんなところに展示するわけ?イカれてる…」        小口、戻ってくる 小口「ほ、ほ、ほ。そのアルバムを見たのだね…。」 麻衣「じいや!えぇ、でも何も写っていないわ。」 マコ「ちょっと館長さん、これって一体どう言うことなのよ?説明して!」 小口「今はまだ見えなくても無理なかろう。しかしな、ここにはとても素晴らしく美しいものが沢山写っているのじゃよ。その時が来たらお前さんたちにも見えるようになるじゃろう。時が来たらな」        去る        ***        麻衣とマコ、ポカーンとする。 麻衣「その時って?」 マコ「その時が来たらって?    ヒステリー マコ「その時って一体いつなのよぉ!はっきりしろぉ!」        麻衣、荒れるマコを落ち着かせる。千里、笑ってやれやれ。 ○ミルテの花・休憩室    麻衣、マコ、千里。 マコ「何が映画よ!あんたのじいやとか言うへんぽこ館長のせいで聞きそびれたわ!」 千里「へんぽこじゃないさ。あれだって列記とした遺品だよ。」 マコ「はぁ?何処が?」 千里「そうだろう、だって考古館に展示されてる品物なんだぜ?それに写真だってそうさ。普通はアルバムに貼ることもないし展示できるようなものでもない物を何故態々そんな高価そうなアルバムに大切に貼って考古館に展示する?」       にやり マコ「絶対なにか秘密があるって思わないか?」 マコ「秘密?」 千里「そう、例えば本当に麻衣ちゃんの言う通りに平安の当時の人たちが写っているとか…」        マコ、平手打ち マコ「ちょっと、バカなこと言わないでよ!いくら赤点続きの千里だってそれくらい分かるでしょうに!平安時代に写真がないってことくらい小学生だって知っているわよ!」 千里「マコ…僕が一番気にしているところいじるなよ…」        マコ、つんっとそっぽを向く。18時。 千里「さぁ、そろそろショーを始めようよ。続きは終わってからにしよう。」 麻衣「北山!」 マコ「分かったわ。」        タンブリンを鳴らしながら、麻衣、千里と共にフロアへ入場 ○同・フロアー    多くの客たちがほろ酔い気味に歓声を挙げている。マコ、麻衣、千里、チャールダーシュを踊っている。マコは心ここにあらず。    ***        23時。閉店後の店内。マコ、帰りの準備をしている。 麻衣「北山?」 マコ「麻衣。」 麻衣「どうしただ?あんたらしくないに。」 マコ「そう?」 麻衣「そうよ。何?悩みごと?」 マコ「別に。」 麻衣「そう?」 マコ「大丈夫。    にっこり マコ「帰りましょう。」 麻衣「えぇ。」 千里「お先に、お疲れ様。    小粋に手を振る 千里「気を付けて帰れよ。美人な女の子の夜道歩きは危険だよ」 麻衣「ありがとう、おやすみ。」 マコ「ふんっ、美人なことくらい自分で一番良く分かっているわ。行きましょう」    つんっ 麻衣「(クスクス)」 ○上諏訪駅前大通り    人っ気もなく車の通りもない真っ暗な道。 マコ「あら嫌ね、ここってこの時間いつもこんなに物騒だったかしら?」 麻衣「仕方ないわよ、田舎ですもの。」 マコ「そうは言ったってこんなところ、か弱い女の子二人だけで歩けってんの?」 麻衣「駅はすぐ目の前じゃないの!」 マコ「あのね麻衣、私は城南のマコちゃんなのよ。これからあんたを見送ったら城南まで歩いて帰らなくっちゃいけないのよ!」 麻衣「あ、そっか。ごめんごめん。怒るなって!なら本当にこんな暗くちゃ危険だで母さんに電話して迎えに来てもらいなさいよ。」 マコ「それもそうね、うちのお母さんまだ起きているかしら…?」        二人、喋りながら駅に向かって歩いて行く。 マコ「それじゃあね麻衣、ここでお別れ。お休みなさい。」 麻衣「気を付けてかえってね。」        麻衣、駅舎に入っていく。マコ、携帯を取り出す。        *** マコ「(少々イライラ)」        携帯は圏外 マコ「何で?」        キョロキョロ マコ「そうだ、確か駅に公衆電話があるわよね。」        駅舎はない。暗くて辺りは良く見えない。一面田畑。 マコ「駅は?どう言うこと?これって?」    額に手を当てる マコ「何もないだなんて。あぁ可哀想なマコちゃん。きっと疲れているんだわ。」        ふらふらっとなってそのまま倒れる。 マコM「幻の世界を見ているのね。」        ***        翌朝。春助が通りかかる。 春助「んにゃ?」    まじまじ 春助「何じゃ?」        マコ、その場に倒れたまま。 春助「お、おなご!?大変じゃ、いつから倒れておるのだ?」    きょろきょろ 春助「おい、おい誰か!!」        マコを抱き抱える 春助「致し方あるまい。    歩き出す 春助「しかし見たことのない面じゃ、何処の娘じゃろうか?」 ○春助の住居(朝)    克子が家事をしている。 克子「おや?」    春助を睨み付ける 克子「お前なぜ帰ってくるんだ!まさか怠けようってんじゃないだろうねぇ?そうだったら承知しないよ!」 春助「違う違う、んな訳あるまい。俺はただ…」 克子「(マコを見る)そいつは誰なんだい?」 春助「故にここへ戻ってきたんじゃ。」        *** 春助「…という訳なんじゃ。」 克子「とは言ってもねぇ、私たちには王子様がいるんだよ?こんな何処の子か分からない子を置くだなんて。」 春助「いや、置くとは言っとらんじゃろう。道に倒れておったんじゃ。このまま放っておくだなんて出来るか?目を覚ましたら身の上を聞いてみよう。」 克子「そうだね。この様子だと恐らく何も食べてない。あたいはこの子の飯を用意しておくよ。」    台所を用意しながら 克子「しかしまぁなんつー珍しい着物かねぇ?あたい、都でもこんな着物の女は見たことがないよ。一体何処から来た娘だか。」        マコ、畳の上に仰向けに寝ている        マコ、徐々に目覚める     マコ「んーっ…」    きょろきょろ マコ「ここはぁ?私確か…」 春助「おぉ、目が覚めたか。」 マコ「えぇ?」    寝ぼけ眼で春助を見る マコ「ひぃぃっ!」    少々退く マコ「あんた誰?」 春助「誰とな?そりゃこっちの台詞じゃ。」 克子「あんたこそ先にお名乗りよ。」 マコ「私?私は…」        少し考える マコM「この人たちの服装、そしてこの建物、景色…何か変ね?ひょっとして?」    (フラッシュ) 千里「今度、映画のロケがあるんだよ。いつかは分からないけど舞台は諏訪で、確か“襖一つ隔てて”とか言う題名だったかな。」        *** マコ「そうか!」 春助、克子「(びくり)」 マコ「分かったわ!何だ、それならそうと言ってくれればいいのよ。」有頂天 マコ「襖一つ隔てての撮影なのでしょう?マコちゃんって運がいい!こんなところで出会えるだなんて!」 春助「襖一つ隔てて?」 克子「撮影?」 マコ「で、丁度いた私があまりにも可愛かったから思わずスカウトしちゃったって訳でしょ?いいわ、これからオーディションなのよね。何をすればいいの?」        克子、春助、顔を見合わせる マコ「確かこれってチャールダーシュが主体の物語なのよね。私、こう見えてアールカサールの花形ダンサーなの。だったらまずは踊ってあげるわ。」 春助「とりあえずまずは…」 克子「飯ができているよ、お食べ。あんた何も食べてないだろう?」 マコ「ごはん?」    きょとん マコ「まぁ!サービスがいいオーディションなのね。腹が減っては戦も出来ないってか?でも私は学生なのよ。もうすぐ学校へ行かなくちゃ。電車に乗り遅れちゃう。」 春助「学校?電車?おかしな事を言うおなごじゃ。それは一体なんじゃ?とういよりもまずお前さんの身分を聞かせてみよ。お前さんは一体誰なんじゃ?」 マコ「はいっ!私は北山マコ。茅野中央高校に通う2年生です。特技はチャールダーシュとジプシーバイオリンです。宜しくお願いします!」 克子「ますます分からんよ。ただ分かったのはあんたが北山マコって名だってことだけだ。」 春助「とりあえず食って落ち着け。」 マコ「分かった。では、お言葉に甘えていただきます。」 マコM「何か変な審査員ね。」    *** マコ「ご馳走さま。では本当に遅れてしまうので又、放課後にでもいいかしら?」 ○農村    民家の外に出る マコ「わぉ本格的。凄くリアルなセットね。ねぇ、ところでここは何処のスタジオ?スタジオなんでしょ?まさか京都とは言わないわよね?場合によっては私、学校に連絡しなければならないのよ。」 克子「おい春助、この子は本当に大丈夫なんだろうねぇ?」 春助「ひょっとして昨日頭でも打って変なになってなっちまったのかも知れねぇ。」 マコ「何よ?私のどこが変だって言うの?変なのは審査員さん、あんたらでしょうに!」 春助「こりゃわし等のような年寄りよりも若くて年も近い千吉を呼んだ方がいいかもしれんなぁ。」 マコM「若くて年も近い男の子?名前もなんだか古風でかっこいいし、イケメン俳優?」    千吉、目の前の畑で仕事をしている。 春助「千吉、おい、千吉や。」 千吉「はい、何やしょうおやっさん?」 春助「ちぃーとこっちへ来てくれや。お前に頼みがある。」    千吉、春助のもとへ来る。ボロボロで伏す汚れた着物に土だらけの手、足、顔。 マコM「え?ひょっとしてこいつ?」 春助「紹介する、これは農夫の千吉じゃ。」 マコM「やっぱりぃ!」 春助「で、これがマコ。」 千吉「マコ?」    まじまじ 千吉「見かけん顔じゃ。何処のおなごじゃ?」 マコ「あ、あ、あ、あ、あんた、なかなかのなりきった特殊メイクね。新人俳優?見たことない顔だわ。」 千吉「わしが?何じゃ?」 マコ「千吉ってそれ役名?俳優名?本名?新人さん?」 千吉「俳優?わしは農夫の千吉。千吉がわしの名じゃ、その俳優とは?」 マコ「んもぉ、一体どうなっているのよ!どいつもこいつも話が通じないのね。これ以上私を手こずらせないでちょうだい!もう行く!」    ショッピングカートを押して歩き出す。千吉と春助、それを見つめる。 春助「あれは一体…」 千吉「何だったんじゃ?」    *** マコ「んもぉ、一体この現場はどうなっているの?それともこれは夢なのかしら?」    目の前に湖 マコ「あっ!」    きょろきょろ マコ「ここは?」    村人が行き来している マコ「諏訪湖?…なはずないわよねぇ?」    役人が歩いてくる マコ「あのぉすみません?」    坂上御禰吉朝臣 御禰吉「何?」 マコM「おねえ?」 マコ「あ、あのうちょっとお聞きしたいんですけれどもここって何処?」 御禰吉「ここが何処ですって?お嬢ちゃん迷子っ子?」    つんっと 御禰吉「ここは諏訪と言うところよ。」 マコ「諏訪?」    去ろうとする御禰吉を引き留める マコ「ちょっと、ちょっと待ってよ!」 御禰吉「しつこい子ね、この子は!未だ何か用なの?」 マコ「だったら…」    ごくりと生唾を飲み込む マコ「今は何年?平成18年よね?」 御禰吉「はぁ?何言っているのこの子ったら?正歴6年に決まっているじゃないの。」    退場 マコ「正歴…6年?」    ***        夕方 マコ「あぁこれが諏訪湖なのね、陽が暮れるわ。」    頬をつねる マコ「やっぱり夢じゃないの?じゃあ私は本当にタイムスリップしちゃったってこと?平安時代に?」    湖岸に寝転ぶ マコ「かつての諏訪湖ってこんなに広かったんだわ。これからどうすればいいの?」    ***        人々が片付けをして帰っていく。    闇夜。 ○ミルテの花(朝)    陽が差し込む。麻衣、マコ、テーブルに突っ伏せて眠っている。 悦子「麻衣ちゃん、マコちゃん、起きなさい!もう朝なのよ。」 麻衣「あぁ、えつ子さんおはよう。」 マコ「麻衣、えつ子叔母さん…?」    きょろきょろ マコ「私って…」 えつ子「あら、覚えていない?昨日躍りが終わってから少しの間、せんちゃんと三人でコーヒーとケーキ食べながらお話ししながら二人ともすぐにここへ突っ伏せて寝ちゃったじゃないの。」 マコ「え?」 えつ子「せんちゃんも何度も起こしたのよ。でも二人とも起きないからあの子先帰ったわ。」 マコ「そうだったの!よかった。やっぱり夢だったんじゃない!」 麻衣「夢?」 えつ子「何?何か変な夢でも見たの?」 マコ「えぇ、ちょっとね。」 麻衣「えぇ?聞きたい。」 マコ「又、後で話すわ」 麻衣「楽しみにしてる。」 えつ子「お喋りは後、時計をご覧なさい。」 麻衣、マコ「え?」 マコ「やばっ、もうこんな時間?」 麻衣「急がなくっちゃ。」    二人、出入り口のドアを開ける ○千吉の民家    千吉、家の中で動き回っている。マコ、布団で眠っている マコ「んんんんんん…おはよう」    ハッと マコ「しまった!又寝てしまった!遅刻だぁ!」 千吉「お、起きたか。気分はどうじゃ?」 マコ「気分?気分は…ってあんた誰?」 千吉「昨日あったじゃろう。わしは農夫の千吉じゃ。」 マコ「千吉?何で?」 千吉「何でってお前、覚えていないのか?」 ○(回想)同・家の外    千吉、外に出てくる 千吉「今宵も良い月じゃ…ん?」    マコが立っている 千吉「(びくり)お前は先ほどの!何故ここにおる?」 マコ「私、帰れなくなっちゃったの。この世界に私の帰るところはないのよ、ねぇどうすればいいの?」 千吉「え?」 千吉N「と、お前はそう言うなり倒れて寝入ってしまった。故にわしはお前をここに寝かせたってわけだ。」 ○(戻って)同・屋内    マコ「なら、私からここに来たってこと?」 千吉「そういうことだろうね。お前、飲まず食わずなんじゃろう?飯を用意してある、食え。」 マコ「やっぱりこれは夢ではなかったのね。」 千吉「夢?」 マコ「そうよ、夢。」    食べる マコ「ふーん?地味でもなかなか美味しいわね。」 千吉「その内叔母さんと二人の妹が帰ってくるじゃろう。」 マコ「あんた一人暮らしじゃないのね。」 千吉「あぁ。数日前から三人出ておって帰らないんじゃ、一体何処に行ったんだか…」    ため息 マコ「ふーん。じゃあ改めて、私はマコ。18才。これから色々と世話になるわね。」 千吉「わしは千吉。同じく18になる。って…」    まじまじ 千吉「これから世話になるってお前、ここに居座る気か?」 マコ「だってあんた、行く宛のない私を助けてくれたんでしょう?つまりはここに居候させてくれるって言うことよね?」 千吉「…。」 マコ「私だってただでいさせてくれって言う訳じゃないの。居候させてもらうからには何かしなくっちゃね。何がいいかしら?」    考える マコ「そうだわ!じゃあこの家の中の事を全て私がやらしてもらう。」 千吉「は、はぁ…」 マコ「よーし、そうと決まればこの時代は私のものよ!私だってざらに18年生きてきた訳じゃないもの、平成で培ったこの生活の業とハンガリーで培ったロマの女の血を駆使して平安の時代を精一杯生き抜いてやるわ!そして平安革命を起こすのよ!」    ***        夕子、頼継、頼子、忠子 夕子「騒々しいねぇ千吉、何事だい?」 千吉「あ、叔母さん。」 夕子「(マコを見る)この子は誰なんだい?妙な着物を着てるじゃないか?」 マコ「あんたが千吉の叔母さん?」 夕子「随分と生意気な口を利くじゃないか。そうだよ、あんた誰なんだい。お名乗りよ。」 マコ「私は北山マコよ。訳あって今日からここに居候させていただくことになったの。家の仕事はみんな私がやるわ。これから宜しく。」 夕子「い、い、い、居候ってあんた勝手に言うけどさ。」 マコ「あら、勝手にじゃないわ。千吉も合意の上よ。私を拾ってくれたのこの人なんですもの。」 夕子「それは一体どいこんだい?」 千吉「それは一体こいこんなのです…」    *** 夕子「なるほどね、状況はわかった。ちぃとわけのわからんとこもあるが、そいこんならまぁいいだろう。暫くは私逹んとこにいな。その代わり確りと働いてもらうよ。」 マコ「言われなくともそのつもりよ。Igen!」 夕子・千吉「い、い、い、い?」 マコ「イーゲンよ。ハンガリーの言葉で“はい!”の意味よ。覚えておきなさい。」 夕子・千吉「…?」 夕子M「何かえらいのにつかまっちまったね。」 千吉M「はい、叔母さん。ごもっともで。」 夕子M「あんたきっとこれから大変になるよ。」 千吉M「そうらしいですね。でもそれは覚悟の上です。」 マコ「んー?(睨む)」    二人、慌てて知らんぷりをする。 マコN「こうして私と変な平安男との奇妙な共同生活が始まった。共同生活といっても別に変な意味はないの。私はただの居候。大体…」    鼻で笑う マコ「こんな地味で更けた男にこんな可愛くて若い北山マコちゃんが特別な何かを感じるわけがないわ。」    バターを作っている 千吉「おいっ!」 マコ「私はおいなんて名前じゃないわ。ちゃんと名前で呼びなさいよ。」 千吉「おなご!」 マコ「あんた私に喧嘩売ってる?で、何?」 千吉「お前は今何をしておる?」 マコ「これからの生活は私が仕切るって言ったでしょ、だからその準備よ。」 千吉「は?」 マコ「いいからあんたは黙って。畑だけに専念してなさいよ。今にあんたを“あっ”と言わせてやるんだから。」 千吉「勝手にしろ。ではわしはぼちぼち。」 夕子「あぁ行ってきな。」 マコ「夕子さん…」 夕子「分かってるよ、あんたを手伝えってんだろ。何をすりゃいいんだい?」 頼子「面白そうです!」 忠子「おらたちにもやらせてくださいまし。」 マコ「いいわ。みんなでやれば百人引きね。それでは!」    ***    数時間後 マコ「ふーっ、みんなご苦労。大分整ったわ。そろそろお昼ね。」 夕子「お昼?」 マコ「みんな何食べる?」 夕子「食べるってあんた、この時間にかい?」 マコ「うっそ?ひょっとして食べないの?信じられない…私、食べなくちゃ死んじゃう。」    カートを漁る マコ「お、でかしたぞフェルフィ!千里!あんたの無駄な買い物がまさかこんなことで役に立つとは思わなかったわ。」    がさごそ マコ「よしっと、まぁ今はこんなところかしら。」    台所に立つ マコ「こんな台所使うの初めてだけど、まぁきっとなんとかなるわ。見てなさい、これから皆さんが食べたこともないスペシャルランチを作ってやるわ。」    料理をし出す マコM「なんだ、慣れれば結構簡単なのね。」        *** 夕子「一体何が出来るんだか…わたしゃ心配だよ。」 頼子「おらはとても楽しみです!」 忠子「おらもだ!」    そこへ千吉 千吉「何を…しておる?」    *** マコ「さぁ、出来たわ。」    食卓を作る マコ「食べてみてよ。」    千吉を見る。 マコ「丁度いいところに来たわね。あんたもよ。食べろ!」 千吉「あ、あぁ…これは一体?」 夕子「何なんだい?」 マコ「マジャールプレートよ。これがオリビエサラダ、テルテットカーポスタ、ホルトバージパラチンタ、グヤーシュにデザートのキフリよ。本当はパンなの、でもお菓子風にアレンジってこんなこと言ったってわからないわよね。とにかく物は試し、食べてみなさい。」    食べ始める マコ「ん!ふるさとの味、懐かしいわ。とっても美味しい!」    千吉を見る マコ「何よあんた、私の作ったものが食べれないって言うの!?」 千吉「いや、しかし…」 頼子「兄上、とっても美味しゅうです。」 忠子「おら、こんなうめぇもん食ったのは生まれて初めてだ!」 マコ「本当に!?よかった。お代わりもあるのよ。どんどん代えてね。」 夕子「どれ?」    食べる 夕子「おぉ!これはなんと言う美味!きてれつな味じゃが旨い!」 千吉「叔母さんまで…」 マコ「あんた、昔の人間の癖に食わず嫌い?呆れた!」 千吉「昔の人間じゃと!?誰がじゃ?」 マコ「誰って、勿論あんたに決まっているんでしょ?」    鼻を鳴らす マコ「どうしても食べないってんならほら、目を閉じなさい。」 千吉「はい?」 マコ「早くしろっ。」 千吉「うるさい女じゃ。(目を閉じる)」 マコ「よろしい。なら、あーん。」 千吉「あーん?」 マコ「んもぉ、口を開けなさいっていってるの!」 千吉「なぜじゃ?」 マコ「北山マコちゃんの命令よ!開けろ!」      無理矢理開けさせる マコ「はいっ、あーん!ぱくっ。」 千吉「…ん?」    もぐもぐ 千吉「これは…旨い!」 マコ「はぁ、頑固者はこれだから嫌になっちゃう。だから言ったでしょ。」 千吉「あぁ。」    全員、食べている。    *** 千吉「はぁ、こんな時間に食したのは生まれて初めてじゃ。実に旨かった。ならわしはこれで畑に戻る。」 マコ「何時に戻るの?」 千吉「酉の刻には。」 マコ「了解。」    にやり ならその頃を見計らって又色々と準備しておくわ。」    千吉、出掛ける。 夕子「色々ってあんた、今度は何をするつもりだい?」 マコ「何を?へへん、私いいこと思い付いちゃったの。平安革命再開よ!!」 ○畑    春助、千吉。 春助「しかし千吉や、まるでわしは昨日は幻を見ておったようじゃ。」 千吉「何がです?」 春助「あのマコなるおなごよ。妙な着物を着て訳の分からぬことを喋って突然消えおった。」 千吉「あぁ…。」 春助「今頃どうしたじゃろうか?住まいへ戻ったかのぉ?ともあのおなごはこの世のものではなかったのか?」 千吉「いえ。」    にやり 千吉「あの者は住まいへは戻っておりませぬし、ちゃんとこの世の者ですぜ。」 春助「なんじゃ千吉?あの者の後を知っておるのか?」 千吉「あぁ、知っているも何もわしのところに居候しておりますから。」 春助「おぉ!そうかそうか、お前のところに居候…っておいっ!」    固まる 春助「今お前なんと言った?」 千吉「故に、わしのところに居候していると。」 春助「なんじゃと!?あの様な何処の身分かも分からぬ卑しき娘を王子様の様な高貴な…」 千吉「?」 春助「いや、そうではなくて…。」    頭を抱える 春助「もぉいいわい、わしゃ暫し休む。」    土手に腰を下ろす 千吉「おいおいおやっさん、つい一刻前に休んだばかりじゃないですかい!」 春助「こんなくそ暑い中で真面目に働いてられるかってんだ!(酒を飲む)」 千吉「呆れた人だ。昼間っから酒ですかい?そんなことばっかりやってたら、又克子さんにしぼられますぜ。」 春助「知ったことか!大体千吉、お前がくそ真面目すぎるんじゃ。お前こそもっと休め!」 千吉「くそ真面目で悪ござんしたね。でもわしはこうして働いている方が好きなんじゃ。」      春助の近くに行って手を引く 千吉「ほれっ、おやっさんもそんなとこ又克子さんに見られでもしたら…うぅっ…」    顔をしかめて鼻を覆う 千吉「おやっさん飲みすぎですぜ。」 春助「千吉、お前も飲むか?」 千吉「わしは遠慮します。」 春助「お前は相変わらずつれねぇなぁ。男の癖に酒の一滴でも飲めんだなんてなぁ。」    千吉、呆れて鼻を鳴らす。作業開始。春助、渋々立ち上がって始める。 ○千吉の住まい    マコ、頼子、忠子、夕子が作業をしている マコ「さぁ、みんなご苦労様。やっと終わったわ。あとは?」    にやり マコ「千吉が帰るのを待つだけね。」 夕子「この奇妙なものは一体何なんだい?」 マコ「あぁこれ?」 千吉「ただいま帰ったぞ。」 マコ「ほら、ご主人様のお帰りよ。」 千吉「?」 マコ「ねぇ千吉、先にご飯にします?それともお風呂?」 千吉「いきなり何なんじゃ!?    きょろきょろ 千吉「風呂とは?」 マコ「あれよ。」    指差す マコ「さっきみんなで作ったの。あんたから先にどうぞ。」 千吉「ほぉ、こりゃ又珍しきもの。」 マコ「それからあんた今…あれしたくない?」 千吉「あれ、とな?あれとは何じゃ。」 マコ「あれとはあれよ、ほら …」    耳打ち マコ「これ。」      千吉、真っ赤になる 千吉「な、何とお前ははしたない事を!」 マコ「どうなの?答えなさい!」 千吉「そ、それはそのぉ(赤くなってもじもじ)」 マコ「分かったわ。ん!(指差す)」 千吉「まさかお前…」 マコ「そのまさかよ。(得意気)」 ○同・裏庭    大きなゴムプールにホース。お湯が張られている。千吉が入っている。 マコの声「お湯加減はいかがかしら?」 千吉「とても気持ちがよい。」 マコ「良かった。」 ○同・家の中    夕子「あんた、便所と風呂を作っていたんだね。大したもんだよ、わたしゃこんなの初めてだ。」 マコ「これで驚くのはまだ早いぜ奥さん。これからもっとみんなを驚かしてあげるんだから!(るんるん)」    ***    千吉、上がる マコ「よっ!」 千吉「ありがたい、わしはこんな気持ちのよい風呂は生まれて初めてじゃ。礼を言うよ。」 マコ「良かったわ、気に入ってもらえて。さぁご飯にしましょう。」    全員、食卓につく。 ○同・庭先    マコ、パイプ椅子に腰かけて月を眺めている 千吉「マコ?」 マコ「あぁ、何?」 千吉「月を見ておったのか?」 マコ「そうよ、いけない?」 千吉「お前は何故そうも素直じゃない?」 マコ「そういうあんただってそうじゃないの!」    パックジュースを渡す マコ「飲む?」 千吉「何じゃこれは?」 マコ「ジュースよ。」 千吉「ジュース?」    飲む 千吉「ん、これもまた旨い!」 マコ「でしょ?今夜は月が綺麗ね。私本来ならば今頃は故郷のアールカサールでこんな風に…」    ステップを踏む マコ「踊っているのに。」 千吉「え?(キョトン)」 マコ「今夜は特別に踊ってあげる。」    マコ、踊り出す。千吉ポカーンとして見つめている    *** マコ「あぁ楽しかった、さぁもう満足。眠りましょう。」    そそくさと戻っていく マコ「今度絶対あんたにも踊ってもらうんだから。」 千吉「いや、わしは遠慮する。」    戻る ○同・屋内    川の字で5人が眠っている 千吉「ん、何じゃ?」 マコ「…。」 千吉「マコ、泣いておるのか?」 マコ「何で?」 千吉「何故泣いておる?母君が恋しいか?」 マコ「母が恋しい?私が泣いているですって?」 千吉「え?」 マコ「これが泣いているように見える?おかしくて愉快すぎて笑っていたのよ!」    大笑い マコ「この地域の平安革命は全て私の思った通りに事が進んでいるわ!私はもうこの時代に生きる女、ここは私のものなのよ!」    大興奮して高笑い マコ「ってね。」 千吉「勝手にやっていろ。心配して損したわい!(呆れて寝入る)」    ***        数週間後 千吉「では行って参る。」 マコ「ちょっとお待ち!今日はあんたにいいもの渡してあげるわ。」 千吉「何じゃ?」 マコ「これとこれよ。」    袋を手渡す マコ「これはお弁当。土手の塀にでも座って食べなさい。そしてこれ…」    種をいくつか マコ「蒔いて。」 千吉「これは?」 マコ「野菜の種よ。ハーブ類や西洋野菜、ハンガリー料理には欠かせないんだから!きちんと育てなさいよ、とっても美味しいんだからね。」 千吉「お前は何故そんなに上目線なのじゃ!」 マコ「なんですって!?このマコちゃんにあんた喧嘩売ってんの?」 千吉「そんなに偉そうにもの申すならばお前も共に来てお前が蒔いて育てればいいだろう。」 マコ「あんた、私に野良仕事をさせるってんの?ふざけるんじゃないわよ!」 千吉「だったらわしも断る。」 マコ「(むかっ)いいわよ、分かったわよ。行ってやるわ。やればいいんでしょ、やれば!その代わり、責任はみんなあんた持ちだからね。分かった?」    鼻を鳴らして外に出る 千吉「待たぬか!」 マコ「うっさいわねぇ、今度は何?」 千吉「お前、その様ななりで畑に行くつもりか?」 マコ「仕方ないでしょ、これしかないのよ。大体行くなって言ったりいけと言ったりどっちなのよ!」 千吉「行くなとは言ってなかろうに。ただそのなりをどうにかしろと言っておるのじゃ!仕方ない…。」    *** 千吉「(着物を渡す)これでも着ろ。」 マコ「えぇ?私がこんなの着るの?」 千吉「文句を言うな。」 マコ「ちっ。」 マコM「こうして私はこの変なのと変な格好までさせられて畑をやることになりました。」 ○村の畑    マコ、千吉、作業をする。マコ、不馴れな手つき。時々叫び声をあげて逃げ回っている。 千吉「それじゃあ仕事にならんじゃろうに。」 マコ「おだまりっ!女の子なんだから仕方ないじゃないの!」 千吉「畑は耕した。これは?どうすればいいのだ?」 マコ「(得意気に)いいこと千吉?私の指示する通りにやるのよ。」 千吉「お前は何様のつもりだ。」 マコ「レイミーテンデ?」 千吉「(鼻を鳴らす)」   マコ、一つ一つ千吉に教え出す。    ***    夕方。 マコ「さぁ、すっかり終わったわね。」 千吉「あぁ。」 マコ「帰りましょう、夕食とお風呂の支度をしなくっちゃね。」 千吉「そうだな。」    歩き出す。 春助「おぉ、千吉にマコ。」    にやにや 春助「お前ら今日は二人で来たんだな。この数週間で随分仲睦ましくなったものじゃ。流石は若い男女ってもんよのぉ。」 マコ「ちょっとぉ、変な言い方しないでよね。別に私が来たくて来た訳じゃないのよ。千吉に無理矢理連れてこられたんだから!」 千吉「わしはこのようなものは育てたこんない、分かるわけなかろう!」 マコ「だから説明書が裏に書いてあるって何度もいっているじゃないの!分からない男ね!」 千吉「だでわからんと何度言わせるか!」       二人、つんっとして帰っていく。春助、笑いながら住居に入る。 ○千吉の住まい    頼子、忠子が働いている。マコと千吉、帰宅。 マコ、千吉「ただいまっ!」 忠子・頼子「おかえりなさいませ!」 忠子「兄上に姉上、」 頼子「お食事の支度とお風呂の支度が出来ました。」 マコ「え?」    きょろきょろ マコ「本当…これ、あなたたち二人っきりでやったの?」    奥間から夕子 夕子「私も少しやったんだけどね、殆どこの子達だよ。マコ、お前んのを見ていたら覚えたっていってね。」 マコ「へぇ…」    料理を見て驚く マコ「凄い…ちゃんとしたハンガリー料理なんだわ。」    味見 マコ「味付けまで完璧!素晴らしいわ、これなら私がいつ平成に戻ったってあなたたちに平安革命は任せられるわね。」 千吉・二人の妹・夕子 「へ?」 マコ「へ?いやいや何でもないわ。ではまず先に…」 千吉「マコ、先に風呂に入って参れ。」 マコ「千吉が先に入りなさいよ。」 頼子「だったら…」 忠子「お二人で先に…」 マコ・千吉「それは断る!」    夕子、二人の妹、クスクス。マコ、千吉、つんっとそっぽを向く。   ***       9月の終わり      マコ、千吉が大量の野菜を背負って帰宅。 マコ「おぉぉぉ、愛しのお野菜さんたち!お前たちができるのを私はどれ程楽しみにしていたことでしょう!」 千吉「どれも奇妙で見たことのない野菜ばかりじゃ。まことにこれは旨いのか?」 マコ「失礼ねぇ、いいわよ。お嫌なら無理に食べろとは言わないわよ。」 千吉「そんなことは言っておらんじゃろう?」 マコ「今夜は謝肉祭をやるからって克子さんと春助さんもあんたの家にご招待したのよ。」 千吉「いつの間に!?」 マコ「ちょいの間に。」    ***        春助、克子が来る。マコ、千吉、二人の妹、夕子 春助「ほぉ、これか!千吉の話しておった珍しき野菜とは?」 千吉「えぇ!」 マコ「私の世界の野菜なの。後でお口に合えば克子さんにもあげるわ。料理法も教えてあげるんだから!さぁ、召し上がれ。」 全員「いただきまぁーす!」 夕子「ん、こりゃうまいや。わたしゃこんな味のものは生まれてはじめてだ。」 頼子「おらもです!」 忠子「おらも!」 千吉「わしもじゃ。」    マコ、有頂天 克子「なぁマコ、あたいにもこの作り方教えておくれよ。村のやつらにうんと自慢してやるんだから。」 春助「んにゃ、これは?」    食べる 春助「んぷ、何なのじゃ?この…」 マコ「これ?」    にやり マコ「レバーを食べたのね。」 春助「レ、レ、レバーとな?」 マコ「そうよ、とっても体にいいんですから。特に春助さん、」    春助の目をあかんべ マコ「あなた少し貧血気味ね。そういう人はこういうものを食べたらいいのよ。」 春助「ひひひひひ??」 マコ「貧血よ。ほら千吉、あんたも食べてご覧なさいよ。」 千吉「ん…」    食べる 千吉「ん?」    顔をしかめる 千吉「うん。」 マコ「どう?」 千吉「不味くはないが、旨くもない。」 マコ「ふーん、どうもあんまりお口に合わなさそうね。」    夕子、克子、二人の妹も食べている。 夕子「これのどこがそんなに嫌なんだい?わたしゃ好きだね。」 克子「全く、今時の男どもと来たらだらしがないよ。」 頼子「旨いですよ、兄上。」 忠子「えぇ!とても。」 春助「えーい、わしとて!」    食べる 春助「おえっ…」    千吉、笑う。 春助「笑うんじゃねぇ!」 千吉「わしは…嫌いじゃないですぜ。」 春助「お前、裏切りおって…。」    マコ、有頂天になってタンブリンを取り出す。 マコ「よーしっ、なんかテンションあがってきたわ!だからマコちゃんが一曲踊ってあげちゃうんだから!」 ○京都御所    彰子、定子、紫式部、清少納言。西洋野菜をまじまじ。 彰子「これは一体…」 紫式部「はい、王妃様。こちらは諏訪から届けられた西洋野菜なるものでございます。」 定子「西洋野菜…」    彰子と定子、顔を見て微笑む。一口野菜をかじる 清少納言「王妃様方!お止めくださいまし!」 紫式部「毒味もまだならぬ得たいの知れぬものを!」 彰子「ん、これは旨い!大丈夫じゃ、案ずるでなし。」 紫式部「王妃様!」 定子「あぁまことに。そちらも食うてみ。」 彰子「遠慮はいらぬ。さぁ、はよ。」    清少納言と紫式部、顔を見合わせる       ***    一条と藤原道長 一条「この珍しきものを持ってきたものは誰か?」 道長「話には諏訪に住む千吉という農夫の男と聞いております。」 一条「千吉…?」    引っ掛かる 一条「なぁ、私には確か腹違いの弟がおったと聞いたが、まことか?」 道長「王様、なぜ急にその様なことを?」 一条「まことかと聞いておるのだ。」 道長「はい、左様で。」 一条「その王子はでは今何処におる?私の弟であればこの宮殿内におり、顔を会わす筈だろう。しかし私は一度もその者を見たことがない!」    興奮 一条「今すぐこの野菜を献上したものと共に王子を探し出せ!」 道長「え?」    ***    珠子、琴を弾いている。 珠子「あっ!」    指を弾く。 ○千吉の住居    冬の日。千吉、寝込んでいる。マコが看病。 夕子「千吉、あんたバカするんじゃないよ。あんたが倒れたら誰が一体家計を繋いでくって言うんだ!」 千吉「大丈夫ですや…わしの家には頼子と忠子がおります。それに何処にいらっしゃるわしの母上が弟を授かってくださっていればわしが死んだ後も…」 マコ「死ぬだって!?」    笑う マコ「何言ってんのよ!死ぬわけないでしょうに。こんなのただの風邪よ。休んでりゃあすぐに良くなるわ。」 千吉「風邪…」 マコ「そうよ。これくらいで死んでたら未来には誰も生きていないわ。さぁ、リンゴかりんのシロップ湯を作ったわ。葛根湯も。ほら、早く熱い内に飲みなさい。これが効くんだから!」 千吉「(恐る恐る)ん…。これが薬か?お前の国では薬までもが旨いのだな。」 マコ「不味いのも沢山あるわよ。さぁ飲んだ?飲んだならほら、これを嘗めてマスクでもかけて寝てなさい。」 千吉「こりゃなんじゃ?」 マコ「風邪の万能薬。のど飴とマスクよ。」 千吉「(飴を嘗めてマスクをかける)ふっ!」    むせ混む 千吉「何じゃこりゃ?目が痛い!涙が出る…」    マコ、笑ってマスクをとる マコ「バカね、こいのは嘗め終わってからかけるもんよ。涙が出るに決まっているわ。」 千吉「ばかっ、それをはよ言え!」    マコ、笑って台所にいく。 マコ「後で、ミルテの花特性ホットビールも作ってきてやるわ。」 千吉「そりゃなんじゃ?」 マコ「リンゴかりんのジュースとホットビールは頼ちゃん、忠ちゃん、夕子さんも飲めるから良かったらどうぞ。」 千吉「だで!」 マコ「あぁ、熱燗のようなものよ。薬酒ね。」 千吉「酒なのか?わしゃ酒はダメじゃ、一滴も飲めぬ。」 マコ「まぁ、男の癖にだらしがないのね。でもこんなの…」    作りながら マコ「アルコールの内に入らないわよ。子供ですて飲むのよ。はい、出来たわ。」    千吉にコップを渡す マコ「どう?飲んでみなさいよ。」 千吉「どらどら?」    飲んで咳き込む 千吉「うっ、やっぱりこりゃわしには無理じゃ!」 マコ「まぁ!」    つんっとして片付ける。    ***       数日後。 マコ「あら、千吉。もう起きてていいの?」 千吉「あぁ、もう治った。お前の看護のお陰じゃ、礼を言う。こんなにも早く病が治ったのは初めてじゃ。」 マコ「そりゃあんたがちゃんと私の言うことを聞いていい子でねんねしていたからよ。」 千吉「お前はぁ、わしをからかうのもいい加減にせぇ!」 マコ「あら、からかってなんていないじゃない。」    二人、笑う。 千吉「さてと?」 マコ「畑?ダメよまだ。大人しくして家にいなさい。」 千吉「案ずるな。わしとて幼子ではない。」 マコ「もうどうなったって見てやんないんだから!勝手にしろ!」 ○山の林の中    千吉、木を切ったり小枝を集めたりしている。 千吉「よしっと…これくらいでいいかのう?」    山ほどの木を何度にも分けて家に運んでいる。 ○千吉の住居    夜、深夜。マコ、夕子、二人の妹は寝入っている。千吉、裏庭で大工仕事をしている。    何日間もそんな夜が続く。    *** マコ「ちょっと千吉、あんた最近夜中に何かやってるの?」 千吉「ん?」 夕子「そうだよ、夜中に大工仕事かい?やめておくれよ。とんとんとんとんうるさくて眠れやしない。」 千吉「悪い悪い。なぁマコ…」    真剣に 千吉「お前に出会ってはや半年。お前のお陰で、諏訪の生活、そしてわしの家も明ろうなった。」 マコ「な、何よ急に改まっちゃって。」 千吉「故わしはそんなお前に感謝の念を表すべく。」    裏庭にマコを連れていく    ***        裏庭。立派なこじんまりした小屋が建てられている。 マコ「な、何なのこれは?」 千吉「これは?」    ドアを開ける マコ「ほぉ。お前の作った奇妙な便所と風呂からわしがわしなりに考えて女人のお前でも安心して使えるものを作れないかと考案したものじゃ。どうかな?」 マコ「わぉ!」    中に入る マコ「凄い…様式のトイレ、ビデまでついているわ。それにお風呂…」    咳払い マコ「気に入ったわ。中々やるじゃない、誉めてやる。」    千吉、微笑む。 千吉「早速使ってみてもいいぞ。」 マコ「(思いっきり平手打ち)変態!あんたがいなくなったらね。」    ***        数ヵ月後。雪も振りだして年末年始が来る。マコの平成の大晦日の持て成しに驚き喜ぶ人々。    ***        3年後。 ○農村(朝)       騒がしい。マコ、千吉、歩いている。 マコ「まぁ騒がしい。何事?」 千吉「あぁ、恐らく御所の姫君が療養にお見えなのじゃろう。」 マコ「御所?」    克子と春助 克子「そうなんだよ、一年に一度御所より高貴なお方がこの地にご療養にいらっしゃる。みんなそのお姿を一目みたいと思うんだよ。」 春助「んにゃ、ほいに今年はあれじゃろう。大政大臣の御養女様がお見えになられるだとか。大層美しい姫様だと噂じゃ。」    行列が見える。全員ひれ伏す。 千吉「マコ、面を下げよ。」    マコ、平伏しながら少し顔をあげる。    輿の中に麻衣。 マコM「ま、麻衣っ!?何で?」    通りすぎていく。    *** マコ「ねぇ、あの姫様のお名前は?」 春助「んにゃ、確かアサキヌ様と申したな。」 マコ「アサキヌ…。」 克子「つい3年ほど前から大政大臣の邸宅で暮らしているらしいが何しろ病弱で門の外に出られんものじゃから、先の王様の弟君のご子息である梅安殿が姫の話し相手になっておられるのじゃ。」 マコM「アサキヌ…名前までもが。絶対そうよ、絶対に彼女は麻衣に間違いないわ。でもなんで?何でこんなところにいるのかしら?(腑に落ちない)」 ○輿の中    珠子と麻衣。 珠子M「さっきのは確かに春助と克子だ。何故この様なところに?と言うことは、王子や姫がここにおると言うことなのか!?」 珠子「(麻衣を見る)アサキヌ姫や、大丈夫ですか?」 麻衣「えぇ、奥方様。妾は大丈夫にございます。」   ○千吉の住居    マコ、腑に落ちずに考え事。 頼子「姉君はずっとあんな感じにございます。」 忠子「何かあったのじゃろうか。」 千吉「うん、マコもここへ来て3年。実家にも帰らず家族にも会っていない。母君の事を考えておるのじゃろう。」 頼子「母君…。のぉ兄上?」 千吉「何じゃ?」 忠子「おらたちの母君は何故におらぬのじゃ?」    夕子、手を止める 千吉「さぁの。わしも知らぬ。わしも幼き頃に母とは生き別れになった。故、何処のどなたなのかも分からぬ。叔母の夕子に聞いたとて答えてはくれなかった。」 夕子「…。」 千吉「きっとわしらが知らぬ方が幸せな事なのかもしれぬ。」 マコM「麻衣…。」    ***        翌朝。 千吉「さてとマコ、今日はわしと共にいこう。あの妙な野菜を今年も蒔かなくちゃならんからのう。」 マコ「あら、去年やったんですからそんなのもう一人で分かるでしょ?」 千吉「(悪戯っぽく)王命じゃ!来い!」 マコ「はい王様。」    一歩外へ出る マコ「え?」    固まって動けなくなる マコ「何?」    目の前に平成の町。蓼科山の麓町が広がっている。 マコ「ここは…」    ミルテの花の前。千里と麻衣が立って笑って手を振っている。 マコ「千里に麻衣!」 千里「おーいマコ!何やってるんだよ!お前も早くこっちに来いよ!」 えつ子「今日もショーに出てくれるんでしょ!」 麻衣「早く来んと始まっちまうに。」 マコ「えつ子おばさん。」    陽気に手を振る3人。マコ、無意識に一歩一歩前進 マコM「そうよ、そうだった。私は嘗てあの平成と言う名の世の中で生きていたんだわ。そしてミルテの花と言うアールカサールでチャールダーシュを踊ってた。思い出したわ!これで私、やっと帰れるのね。みんなの元へ…元の世界へ…。」 千吉「マコ?」    マコ、はっとして立ち止まる 千吉「どうした?はよどんどん行かぬか?」 マコ「千吉…」    立ち止まって千吉を見る 千吉「でも…」    外と中を交互に見る マコM「私が未来に帰ったらどうなるの?この人たちとこの時代はもう過去の事になるのよ。未来の世界では会うことも体験することもできないのよ。でも、もしここに残ったとしたら?麻衣や千里、えつ子おばさんとは?」    葛藤 マコ「いいえ、今すぐには会えなくても1000年後の遠い未来には再び私は生まれるの。だから千里にも麻衣にもえつ子おばさんにも又会えるんわ。そう、だから私は…。」    千吉を見る マコ「私はまだまだここでやらなくちゃならないことが沢山あるのよ!だからまだ帰れない!」 千吉「は?」    マコ、野良着を脱ぎ捨てて畳に仰向けになる マコ「今ここを出たら私は時空と共に連れて行かれちゃうの!そんな後味の悪い別れ方、あんただって嫌でしょ?だから今日はもう私は行かない。何処にも出ないわ。だからあんた一人で行ってきなさい!」    笑う マコ「不味い西洋野菜が出来ても文句は言わないわ。」 千吉「お前は…まとに変わっておる、変な女じゃ。」    笑う 千吉「なら、今日はわしもここにいよう。」 マコ「は?」 千吉「お前がお前らしくないもんでわしとて調子が出ぬわい。」    外は平安時代の農村に戻っている。千吉、意味深にフッと笑う。   ○京都御所    彰子、定子、そこへ珠子。 清少納言の声「王妃様、珠子様がお見えになられました。」 彰子「お通しするがよい。」 紫式部「ただいま…入れ!」    *** 珠子「王妃様…」 彰子「珠子、どうなされましたか?療養は如何でした?。」 珠子「実はその事で皇后様にお話が…」    *** 彰子「まぁなんと!諏訪にあの春助と克子がですか?」 珠子「えぇ、間違いございません。だとしますと王子はもしや諏訪に生きているのかもしれません。どうか今一度、王子を探してはいただけませぬか?」 定子「確か、以前に親衛隊の藤村より王子は死んで平安京の川上に遺体が葬られていたと聞いた事がある。珠子、そなたの申したことがまことならば藤村は嘘を申したと言うことになる。しかし、もしそなたの申したものが嘘であれば複臣である藤村を疑ったこととなりただではすまぬかもしれませんよ。」 珠子「存じております、覚悟の上でございます。」 定子「分かった。では諏訪に役人を送って王子の消息を調べさせよう。」 珠子「よろしくお願い申し上げます。」    そこへ麻衣。 麻衣「奥方様!」 珠子・彰子・定子「アサキヌ姫。」 珠子「一体どうなされた?」 麻衣「どうか諏訪に参られるのであらば、妾を役人たちと共に連れていってくださいまし。」 彰子「何ゆえその様なことを申すのです?」 麻衣「妾は一切の記憶がなく、己がどこから来た何者なのかも思い出せませぬ。しかし、先日諏訪に出向いたときに何か感じるものがございました。」    悲しげ 麻衣「恐らく妾はもうそう長い命ではないかもしれません。故、最後に暫しの間でも記憶を甦らす事ができたらと。お願い申し上げます!命短し姫の望みをどうか!」    彰子、定子と珠子、顔を見合わせる。麻衣、深々と頭を下げる。    ***        1年後   ○諏訪の農村    マコ、村祭りを開いてチャールダーシュを踊っている。町の人たちも共に躍りながら。マコは人気者。    ***        輿が来る 村人「何事じゃ?何か来るぞ。」 村人「ありゃ京の遣いじゃ!一体何用だ?」 村人「やや、姫様が乗っておられるぞ。皆のもの、ひれ伏せ!」    人々、ひれ伏す。    ***        御禰吉朝。 御禰吉「ねぇん?」    千吉に 御禰吉「この村に春助と克子って方いないかしらん?素敵なお兄さんっ!」    千吉、ゾクッとして身を引く。 マコM「あ、あいつ一番初めの日に出会ったおねえ役人だ。」 御禰吉「んまぁ、そう怖がらなくったってよくってよ。私はた、だ、の、京の御所に仕える役人だから。あ、名乗ってなかったわね。わ、た、し 、坂上御禰吉朝臣って言うの。よろしく。」 マコM「おぇ、名前もおねえかよ。」 御禰吉「で?」 千吉「あぁ、春助と克子でしたら…」    春助と克子 春助「何事じゃ?」    御禰吉を見る 春助「あんたは…。」 御禰吉「んまぁ、会いたかったわ!まさか本当にこんなところにいるだなんてねぇ!」 克子「あんたは夕子様の…」 御禰吉「そうよん!」 千吉「ゆ、夕子様?」 御禰吉「ならあなたたちがいるってことは?当然王子様もいらっしゃるのよね?」 春助・克子「…。」 御禰吉「それとも、本当にまさか…」    夕子 夕子「あんた!」 御禰吉「あら、マイワイフ!」 夕子「こんなところに何しに来たんだい?用がなけりゃとっととお帰り。王子の安否を確認しに来たんなら王子は無事だで心配ない。そう珠子様にはお伝えしておくれ。」 御禰吉「なら、それを証明するために王子様に会わせてちょうだい。どちらにいらっしゃるのよ!」    千吉、マコ、状況が分からずにおどおど 千吉「あ、あの叔母さん?この者とはお知り合いなのでしょうか?王子とは一体?」 夕子「(暫く躊躇って)そうだね千吉、ついにどうもお前に話すときが来たようだ。」 克子「夕子さま…」 春助「夕子さま…」 千吉「え?」 夕子「王子は無事に生きているよ。この千吉こそ、失踪した王子の千里だ!」 千吉「お、叔母さん?何を変な冗談をおっしゃる?わしが何と!?」 夕子「千吉…いや、王子様。実はあなたの御母上は前帝の御側室、御父上は亡くなられた先の帝。つまりあなたの身分は直結の王子であり、世継ぎなのですよ。」 千吉「そ…そんなまさかわしが?」 夕子「この際だ、全て話そう。あれはまだ王子様が11の時でした。京の御所では革命派と国風派に別れ、権力争いが勃発しました。それに伴い御世継ぎを巡っての暴動も起きたんです。妹たちはまだ生まれたばかりであなたはまだ幼い。宮中では御世継ぎは女御・珠子の子息の千里、つまりあなた様派と先の帝のご兄弟のご子息である梅安様派とに別れて争った。その内に国風派による革命派である珠子の王子・千里の暗殺論が密かに上がり出しました。故、珠子はあなた様と姫を守るために私に託し、私は身分を変え捨ててこの地に姫様と王子様をお連れして逃げてきた。そして…」 克子「実は私たちも元々この村の農民ではございません。」 千吉「え?」 春助「私共も王子様をお守りするべく御所からついて参りました下級役人の一人にすぎませぬ。」 千吉「(震えて泣きそう)そんな…。ではわしはこれからどうすれば?」 御禰吉「(深々と)先程はあなたが御世継ぎとはつゆ知らず、ご無礼を働いてしまった事をお許しくださいませ。」 御禰吉「さぁご準備を。御所に御戻りをとの仰せです。」 千吉「で、では私の御母上は?」 御禰吉「ご安心を。御母上の珠子様もご健勝にてあなた様をお待ちになられております。」    千吉、ワッと泣き出す。 春助「マコや、お前の事も王様にお話ししよう。」 克子「きっとお前の才をお気に召してくれる筈じゃ。」 マコ「(千吉の隣にしゃがむ)ちょっと、あんた男でしょ?こんなとこで泣いてみっともないわよ。」    千吉を慰めながらそっと立たす。    ***        1年後。長保1年。 マコ「では、京の都に向けてしゅっぱーつ!と、その前に?」    にこにこ マコ「もうここには当分戻らないだろうから記念に一枚…」    並んで写真を撮る マコ「ハーロム、ケット、エギー!セルリー!」    かしゃ。 マコN「こうして北山マコちゃんは何と思いもかけなく平安時代の京都御所に入内したのです。千吉は本名の千里に戻したけど、私は未だに千吉って呼んでる。」 マコN「だって千里にしたんじゃあ…あのバカをどうしたって想像しちゃうじゃない?」    ***    ピアノを弾きながらくしゃみをする 千里「くしゅんっ!くしゅんっ!」 千里「嫌だなぁ、風邪かなぁ?」    *** マコN「でもこの世界で私は本物の一条王にお会いしたりして、なんだか興奮しちゃうわ!…この人、千吉の兄さんらしいわよ。」 マコN「藤式部さんや清少納言さんともお会いして…」    源氏物語の奪い合い。 マコ「ちょっとあんた何するのよ!それは私が先に読むのよ!北山マコちゃんを優先しないなんてあんた、どういうつもり!?」 紫式部「…はぁ。」    紫式部、呆れてため息 マコN「そんなこんなで時が流れて長保4年…」    ***    千吉とマコ マコ「驚きだわ、まさかあんたに貰われるだなんてね。」 千吉「わしもだ。」 マコ「でもどうして私なんかを貰うのよ?他に宮中にはごさまんといい女なんているでしょうに。」 千吉「わしを女ったらしの様に言うな!」 マコ「アサキヌ姫とかね。」    千吉、吹き出す マコ「図星だろ?」 千吉「は、はぁ!?」 マコ「つまりは私が何処と無くアサキヌ姫に近いもんだから?彼女の事を忘れるために私を替え玉にしたって訳だろ。」 千吉「そんなっ、わ、わしは。」 マコ「ったく、男らしくないの。好きなら好きっていっちまえよ。」    千吉、真っ赤になる 千吉「で、で…出来るか!お前、アサキヌ姫様がどんなお方か知っておるのか!?梅安君様のご寵愛を受けてらっしゃる高貴な姫君なのじゃ!そんなお方に中入りの私ごときが…」 マコ「梅安?誰よそれ?」 千吉「そなた、知らぬのか?」 マコ「えぇ、知らない。」    千吉、がくり 千吉「そなたなぁ…」 マコ「でも、男なら当たって砕けること覚悟でいなくちゃダメよ。恋愛に歳の差と身分差は関係ないと思うわ。」 千吉「何も知らぬそなたは気楽でよいわ…」 マコ「あら、気楽なんかじゃないわ!」    興奮 マコ「ストレス溜まりまくりよ!こんなはんなりとした雅な御所に挙げられちまってさ、こんなじゃらじゃらした重いもん着せられちまってさ…」 マコ「私は激しいチャールダーシュが踊りたいのよ!あんたのせいで私の平安革命計画はめちゃくちゃだわ!これじゃあ元の平成と同じになっちゃうじゃないの!」 千吉「は?」    マコ、咳払いをして落ち着く 千吉「…変なやつじゃ。これじゃあとても公家の娘とは言えんな。」    マコ、千吉を鋭く睨む。 ○同・部屋    麻衣、琴を弾いている。そこへ梅安。 梅安「アサキヌ姫。」 麻衣「梅安様…」 梅安「叉琴を弾いておったんだな。そなたは琴が好きなんだな。」 麻衣「えぇ。何故かこうやって琴を弾いておりますと、記憶はなけれど昔を思い出すような気がするのです。」    石楠花の植え込み 麻衣「今年もこの季節ですね…」    庭に出る 麻衣「わたくしはこの花が大好きじゃ…」 梅安「姫…」    うっとり   梅安「のぉ姫?」 梅安「そなたがここに来てもう7年になるな。」 麻衣「え?」    梅安、動揺 梅安「私はそなたが好きだ。」    ぽわーっと 梅安「姫、そなた私の元へ来ないか?」 麻衣「梅安様…?」    梅安、笑う 梅安「何てな…戯れだ。私の様な落ちぶれた王族の息子がそなたの様に身分の高い者に…罰当たりな事だ。」 麻衣「そんな事はございませんわ。」    うっとり 麻衣「今はそうとて、その内いずれ身分問わずに自由に恋慕う事が出来る時代が参りましょう…。」 麻衣「わたくしはその様な時代を昔に夢で見たような気がするのです。」    庭に出る 麻衣M「わたくしは誰なのだ?もう少しで思い出せそうな気がするのに…。」    ***    マコ、イライラ歩いてくる。 マコ「全く、これじゃあ全くもってこの時代にいる意味がないじゃないの!私はお姫様になりたくて平安時代に来た訳じゃないんだから!」 麻衣「わたくしは一体…」    二人、ぶつかる 麻衣、マコ「わぁっ!」 マコ「無礼者!何よそ見をして歩いておる!わたくしを誰と心得るか!」 麻衣「申し訳ございません!」    二人、顔をあげる マコ「!」 麻衣「…?」 マコ「あんた…」 麻衣「申し訳ございません、申し訳ございません…」 マコ「麻衣?」 麻衣「え?」 マコ「あんた、麻衣よね?」 麻衣「申し遅れました…」    丁寧に 麻衣「わたくしの名はアサキヌと申します。数年前、藤原の道長様の養女として上がらせて頂いて以来、この敷地内にて何不自由なく育てて頂きました。」 麻衣「恐れながら、妾には過去の記憶がござりませぬ。わたくしはマコ様とご以前に何処にてお逢いしたことがございましょうか?」 マコ「麻衣…」 マコN「私は何と京都で、お姫様となった麻衣に再会したの。でも…折角再会できたって言うのに…麻衣は記憶喪失になっていたの。私の事も全く覚えていないわ。」    ***    マコと千吉。マコ、神妙。 千吉「ん?どうしたマコ、何かあったか?」 マコ「麻衣に会ったのよ…」 千吉「麻衣?」 マコ「そうよ、前に話したでしょ?私に生き別れになった友達がいたって。彼女よ。」 千吉「何処で?」 マコ「それが…」 マコ「藤原のお姫様になっていたのよ…アサキヌ姫様の正体は麻衣だったのよ!」 千吉「え?」 マコ「でももう私の事、覚えてなかったの…彼女、記憶喪失だったわ。」 千吉「記憶喪失…」 マコ「だから千吉。」 千吉「ん?」 千吉「わ、私が?何故に?」 マコ「それでもし、あんたさえいいって思ってくれるのなら麻衣の事を…」 千吉「…」 マコ「藤原のお姫様だったらあんたも道長様も文句ないでしょう?だって彰子様だって定子様だって藤原の出身よ!あんたが藤原のお姫様を王妃にしたって何も悪いことはないわ。」 千吉「しかし姫は病弱とお聞きした…」    マコ、千吉を睨む 千吉「…。」 ○藤原邸    麻衣、道長 麻衣「え、千里様が?」 道長「そうじゃ。これ程の話はなかろう。姫?」 麻衣「しかし…」    動揺 麻衣「妾はどうすれば…ですてお一目すらお会いしたことがないのです。」 道長「明日、酉の刻に王様の弟君であられる千里様が姫をお呼びじゃ。」 麻衣「明日!?…分かりました。」 ○中庭・小橋の上    千吉、あとから麻衣。 千吉「アサキヌ!」 麻衣「王様…」    神経質気味 麻衣「わたくしになんのご用でしょう…」 千吉「アサキヌ…私は諏訪にそなたが参られた時より、そなたを見ていた。そなたが好きじゃ。私の妻に何てくれぬか?」 麻衣「わたくしが…」    動揺 麻衣「わたくしごときの卑しい女が千里様のご正室など…わたくしは病弱で先は長くない身です。この様な者に妻が勤まるはずはありませぬ!それに…」 千吉「あんずるな。そなたが出来ぬことはわしとマコが手助けする。ただわしはそなたに側にいて欲しいのじゃ、これは側室マコの望みでもある。」 麻衣「マコ様の?」    *** マコN「こうして、何だかんだ、梅安様との対立などもありまして麻衣ことアサキヌ様が千吉の正室として入内したのです。勿論、婚約発表の挙式を作ったのはこの私、ハンガリー式でね。」    *** ○大広間 マコ「さぁ、みんな今日は歌い騒ぐわよ!ハンガリー式なんだから雅なんて捨てなくちゃいけないわ!」    ワイングラスを掲げながら千吉を見る マコ「千吉、それに頼ちゃんに忠ちゃんもあんたらチャールダーシュ踊れるようになったんでしょ?久しぶりに踊りなさいよ!」    三人、顔を見合わせる 忠子「この格好でですか?」 マコ「踊るのにはどんな格好だって構わないのよ!」 頼子「では頼子、踊りまぁーす!」    頼子。チャールダーシュステップを踏み出す。        そこへ見よう見まねで踊りながら珠子。 珠子「楽しそうじゃ、妾にも教えておくれ。」 夕子「姉さん!?」 珠子「そなたは、夕子!」    夕子に近づく マコN「驚きだわ。ついに千吉のお母様が現れたの!」    千吉も驚く 千吉「姉さん?…と言うことは…」 珠子「おぉおぉ千吉か?」    酔いがまわっている 珠子「久しぶりじゃのう、こんなに大きくなって母は嬉しいですよ。」 千吉M「こんな再会って…」 珠子「立派になりましたね。」 千吉M「感動の再会が…」    珠子、千吉を抱き寄せる。千吉、アルコールの臭いに目眩を起こす。 千吉M「ないーっ!!」    マコ、微笑む 千吉「笑うな!」 ○中庭    宮殿の人々が全員整列している。マコ、カメラスタンドを構える マコ「はーい、いいですよ。にっこり笑ってね。あ、そこ動かないで、王様はもう少し右によってね。はいOK!それでは行きますよ!アサキヌ姫様と千吉の結婚を祝して…ハーロム、ケット、エギー…」        マコ、急いで列に戻る。    かしゃ。 一条「どらどら、今度は私にやらせてみよ。」 マコ「いいですよ。」 一条「どうすればいいのじゃ?」 マコ「ここを押すんです。ここで合わせて…」 一条「うむ、分かった。」    マコ、整列する。 一条「ではまいるぞ。今一度、姫と我が弟・千里を祝して…」    押す、一条は急いでかけ戻るが途中で転ぶ。彰子、定子は額をピシャッと打つ。他は全員クスクス。 マコN「でもこの式からすぐ、定子様がお泣くなりになられました。勿論、私が主催でハンガリー式の葬儀を行いました…」    別れのチャールダーシュと歌が行われている。 マコN「こうして月日は何事も進展のないまま薄情にもどんどん過ぎ去り、長和元年になりますと、王様がお若くしてお亡くなりになられました。宮殿一同は聖君であられた王様の死をとても悼み悲しみましたが、ここは宮殿、いつまでも王の座をこのままにしておくわけには行きません。即新しい王様が誕生したのです。」       ***    千吉の戴冠式。 マコN「なんと次の国王様になったのは千吉!私もアサキヌ様もみんなビックリよ!」    *** 千吉「驚いた、私がこのような座につくとは考えもしなかった。」 マコ「私も。でも、あり得ないことじゃなかったんじゃない?千吉だって先の王様の弟なんでしょ?」 千吉「私はもう千里じゃ。いい加減その上目線なしゃべり方はやめろ。」 マコ「嫌よ!あんたに尊敬語を使って、王様なんて呼ぶなんて身の毛が弥立つわ!」 千吉「そなたなぁ…」 マコ「よしっと…」    立ち上がる 千吉「何処に行くのじゃ?」 マコ「何処にも行かないわよ、ただ自分自身にちょっと渇を入れるだけ!」    体中を叩く マコ「なら、千吉が王様になったところで…いよいよ本格的に始めるわよ!」 千吉「始めるって何を?」 マコ「平安革命に決まっているわ。」    千吉、目を丸くして尻餅をつく マコ「何そんなに驚くことがあるのよ?」 千吉「か、革命ってそなた…変や役を起こすつもりではあるまい?この平和な京の都に!」   マコ「(大笑い)バカね、そんな大事にするわけないじゃないの!ただ、新しいものを取り入れたいってことよ。」 千吉「ほぅ?」 マコ「あんたにも協力してもらうんだから、とりあえずは私が何するかしっかり見ていなさい!」    *** マコN「こうして私は未来を変えるべく、念願だった平安革命を実行したの。これには麻衣はとても協力的で、彼女の協力と援助あってとりあえずまずは食文化や踊りなど、土台となるものを作り上げることには成功したのよ。」 マコN「また私はこの革命に関わってくれるといってくれたお役人や女房さんに基本となるハンガリー語を教えるようになり、いずれ実現するであろうハンガリーとの貿易に備えたの。勿論、ハンガリー語はアサキヌ姫にも教えたわ。でも悲しかったのは…」    ***    麻衣、マコ、ハンガリー語の勉強中。 麻衣「のぉマコ…」 マコ「王妃様、いかがなさいましたか?」 麻衣「このハンガリー語とやら、わたくしにとって初めての言葉のはずだに、以前何処かで聞いた覚えがあるのは何故じゃろう?」 マコ「麻衣…」 麻衣「記憶を無くす前、わたくしはこれを学んだことがあるのじゃろうか?それともわたくしは、この日の本の人間ではなく、マギャルの人間だったのだろうか?」    マコ、悲しそうに顔をしかめる    *** マコ「そう、あれだけハンガリー語がペラペラだった麻衣は、記憶を失ったせいでその記憶まですっかりなくしてしまっていたの。」    *** 千吉「王妃!王妃!しっかりせい!」    麻衣、瀕死状態で横たわっている 千吉「主治医、なんとか申せ!王妃は何ゆえにこの様なことになった!?」 主治医「はい…恐れながら王様、王妃様は悪阻が酷く食も口に出来ないため…」 千吉「悪阻?…まさか…」 主治医「王様、お聞きになっておられなかったのですか?王妃様はご懐妊されております。」    千吉、驚く マコ「(小声で)バカね、この間私が言ってあげたのにあんた、聞いていなかったの?」 マコN「そう、麻衣が千吉との子を懐妊しました。が…病弱の麻衣は悪阻が酷くて初期から瀕死の重症になっていて宮殿中大騒ぎになったのです。折角の世継ぎかもしれないお子を、王妃様のお体を失うわけにはいかないと主治医も必死!」    ***    石楠花の植え込みの前。梅安がうろうろ、そこへ千吉 千吉「梅安どの、何をしておる?」 梅安「王様…」    深々とお辞儀 梅安「王妃様がご病床にあられるとお聞きしまして…」 千吉「それで心配してここにいるのだな?」 梅安「えぇ…」 千吉「案ずるな。主治医も悪阻が酷いだけとおっしゃっていた。数ヵ月もすれば治るらしい。故に…」 梅安「しかし、王様も知っての通り、王妃様は元々病弱のお体なのです。数ヵ月も…」 千吉「王妃を信じろ梅安!大丈夫だ!」 梅安「王様…」    千吉、梅安を慰める マコN「でもその必死の治療の甲斐あって、麻衣は数ヵ月後には元通りの元気な体に戻りました。」    *** 麻衣「しかしマコ…私の中に王様とのややこがおるのだな。この私が懐妊出来るとは信じられぬ…」 マコ「王妃様、喜ばしいことでございます。どうか元気なおのこをお産みくださいませ。」 麻衣「のう、マコ?」 マコ「はい。」 麻衣「これから先、私たちが死んだ後の世は、どれだけ続いていくと思う?」 マコ「え?」 麻衣「何やら私は最近夢を見るのだ…これから先、何百年も何千年もこの世は先に延びている。そして今では考えられぬような文明の中で私たちの子孫が平和に暮らしている…」    懐かしむように 麻衣「いずれ戦もない、そんな太平の世が訪れるような気がするんじゃ…」    お腹を触る 麻衣「私もこの子も叉…後の世に続いていくような…」 マコ「麻衣…」 マコN「そう、この時から明らかに麻衣の様子が変わってきた。確実に全てを思い出しかけているのだわ。」 マコN「そして、数ヵ月の後…無事に出産の日を迎えました。」    ***    麻衣の分娩室の前、千吉がうろうろ。マコ、珠子と夕子、道長もいる。 マコ「千吉、少しは落ち着きなさいよ…」 千吉「落ち着いていられるか!そなたこそ、なぜそんなに冷静にいられるんだ!心配じゃないのか?」 マコ「そりゃ私だって心配よ!でも、あんたが思うほど麻衣は弱くないわよ。母は強しって言うでしょ?」 千吉「あぁ…」 珠子「千吉、マコの言う通りですよ。少し落ち着きなさい。」 夕子「そうですよ、王様は心配しすぎなんです。」 道長「かて珠子、アサキヌは私のかわいい養女だぞ?」 珠子「道長様まで…」    何時間も経過 千吉「まだ生まれんのか?」 珠子「本当に、もう半日近く経ちますでしょ?」 夕子「私心配ですから、見てきますわ。」 珠子「私もいきます。」 マコ「私もよ。」    入りがけに マコ「千吉、あんたはここで大人しく待ってなさいよ!」 千吉「言われなくてもそのつもりだ!」    女性群、部屋に入っていく。    ***    麻衣、苦しそうにしている。マコ、麻衣の手を握る 麻衣「マコ…」 マコ「王妃様、しっかりなさってください!」 珠子「王妃、私が分かるか?母ですよ。」 麻衣「母上様…」 夕子「どうか元気な子をお産み下さいまし!母は強しです王妃様!」    洲子が麻衣の分娩をしている 夕子「洲子!」 洲子「王妃様は何もご心配要りません。ほら王妃様頑張ってください、あと少しですよ。もうちょっとです、もうちょっと…」    ***        部屋の外では千吉と道長、落ち着かぬ様子で縁側に座っている    しばらく後…産声    千吉と道長、顔を見合わせる。    ***    十数分後、障子が開いて洲子が顔を出す。 洲子「お生まれになりましたよ、王様に道長様。」 千吉「本当か!?それで…」    洲子、複雑そうな顔をする 洲子「それが…」 千吉「まさか…」 洲子「とにかく中へお入り下さい。」    千吉、道長、不安そうに入室。    *** 千吉「王妃!」 麻衣「王様…」 千吉「あぁ王妃、そなたが無事でよかった…」    横たわる麻衣を抱き締める 千吉「そなたの事を物凄く心配しておったんだぞ。子は?元気か?」    きょろきょろ 麻衣「王様…」 珠子「えぇ、とても元気なお子ですよ。」    千吉、胸を撫で下ろす 珠子「見てごらんなさい。」    麻衣の傍らにある揺りかごに双子の子が入っている。千吉、覗いて目を丸くする。 千吉「こ…これは!?」 洲子「私も驚きましたよ。今までお双子がご無事にお生まれになった例はありませんから…」 洲子「しかしご覧ください、こんなに元気な王子様とお姫様…これで王室も安泰ですわね。」 夕子「あぁ…しかし王子様をお世継ぎにするには…」 珠子「私もそれが気がかりなのじゃ…」 夕子「もし、このまま王子様をお世継ぎにしたとして、王子様がお双子だなんて事が国と王室に知れたら…あぁ恐ろしい。」 千吉「何故ですか?何はそれほど恐ろしいのです?」 夕子「それは…」 道長「王はまだご存じなかったか…宮中で双子の子とは呪われた子を指すのです。よって、王子様を後継者にする場合、お姫様を養女に出すか、あるいは殺してしまうかしかの方法しかないのです…」 千吉「つまり…王子を一人子にすると言うわけか?」    千吉、震え出す。麻衣、目を見開いて飛び起きる 麻衣「無礼者!何を申すか!姫はわたくしの子じゃ、殺すなど出来るわけなかろう!養女に出すなど…」 千吉「王妃…」    *** マコN「こうして麻衣は無事出産したものの、みんなが心配した通り、数ヵ月後にすぐに噂は広まり、王位後継反対の声や、王女を殺せとの声が挙がったわ。でも、千吉は会重臣たちに言われる度に“黙れ!”って威厳を貫いてるの。当たり前よ、王である前に、千吉だってもう父親なんだもの…」    ***    マコと麻衣 マコ「王妃様、これでは役人たちの騒ぎはいつまでも収まりません。しかし、王室安泰のためには王子様がやはり後継者になるのが妥当…」 麻衣「だったら、王女を殺すか養女に出せと言うか?」 マコ「このままでしたら恐らく、重臣の中に王子様か王女様を殺そうとなさる謀反を企てる者が出てきましょう…そうなってしまっては手遅れです。そこでいかがでしょう?王女様を私めのご養女になさっては…」 麻衣「そなたの養女に?」 マコ「はい、そうすれば私はいつでも王妃様のお側におりますゆえ、王妃様とていつでも王女様にお会いになれますし、事実上は王妃様のお子として公式的にだけご養女となさればよいのです。」 麻衣「それは名案じゃ!マコ、わたくしはそなたの事だったら心より信頼できる。」    深々 麻衣「マコよ、姫の事を頼んだ。」 マコ「王妃様、お止めください!」    *** マコN「こうして麻衣の子を私が養女として育てることとなったの。どっちにしたって父親は千吉だもの、変わらなくてよかったわ。」 マコN「同時に私は私で平安革命を再開し始めたんだけど、事が具体化していく度に上手くいかなくなって…それもそうよ、この時代から見れば宇宙人の文化としか思えないハンガリー文化なんだもの。でも覚悟していても、ここまで受け入れられないとさすがに凹むわよね。(笑う)」    *** 麻衣「マコ、そう落ち込むな。誰が批判しようと、私はあの奇妙な文化は好きだぞ。」 マコ「王妃様、ありがたきお言葉…」 麻衣「だからこれからはマコ、その平安革命とやらを私にも手伝わせてくれぬか?ハンガリーの文化とやらを私も体験してみたいのじゃ。」 マコ「まことにございますか?王妃様」 麻衣「あぁ!」 麻衣「で、何をすれば良いのじゃ?」 マコN「こうして麻衣が協力してくれるようになってからは、人々の目も、宮中も少しずつ変わったの。」 まこN「麻衣自身がなんと大胆にも、着ていた5つ衣で短いスカートのチャールダーシュ衣装を作って、髪にローズマリーとカモミールを付け出したの。でも王妃様の威力って凄いわ。この斬新な格好すらすぐにブームとなって宮中中の女性が同じ格好をし出したのよ。更には麻衣自身がチャールダーシュの踊り子として上り出たの。流石は麻衣、思い出の記憶はなくても体の記憶はちゃんとあるのね…未だに衰えていない彼女の激しいステップ。これもたちまち宮中に広まって、私からチャールダーシュを教わりたいと言う人が続出したわ。しかも女性だけじゃなくて、男性まで。」    ***    女房や役人たち、チャールダーシュの練習をしている。そこへマコと麻衣。 全員「王妃様、マコ様…」 麻衣「みんなやっておるな?私も仲間に入れよ。」 全員「ははっ…」    深々とお辞儀 麻衣「ここでは畏まることはない。チャールダーシュは貴族も平民も親しく踊れるものだと聞いた。故に、ここでは私もそなたらと同じ民じゃ。王妃だと思わずに接してくれ。」 マコ「それじゃあ、練習を始めるわよ!」 全員「は!」 マコN「しかもしかもそれだけでも活気づいてきて嬉しいのに、宮中内に留まらず宮を抜け出し、都中に広まって一斉ブームを巻き起こしたのよ。平安京にハンガリーが広まる、これぞ私の求めていたこと!私にとってこれほど美味しい話もないわ。」    ***        平安京の都。町中でチャールダーシュを踊ったり演奏をする民が現れる 男「いったい何をしておるのじゃ?」 男1「ん、そなた知らんのかい?今、都じゃこの舞が大流行なんじゃ」 男「そりゃまことか?」 女「あぁ勿論だとも、なぁあんた。」 男1「あぁ。お前さんもやるかい?」 男「楽しそうじゃ、是非ともやらしてくれ!でもその舞いはどこで学べる?」 女「それがさ、聞いて驚くんじゃないよ。御所の王妃様とマコ様が直々にご伝授くださるんだ。」 男「そりゃはよ行かねば!」    男、急いで去っていく。二人はチャールダーシュを再開する    *** マコN「でも…喜こばしい事ばかりじゃいられなかったの。」    ***    麻衣、病床に伏している マコN「大親友だった麻衣が、急に持病が悪化して危篤状態になってしまったの。」 千吉「王妃、王妃、私だ。分かるか?」    泣きそう 千吉「王妃は何故に返事をせぬのだ!?何故に王妃がこの様な事になる!?」 主治医「王様…」 千吉「なぁ、王妃は治るのであろう?ちゃんと目を覚ますのであろう?」 主治医「王様…どうか私をいっそお殺し下さい…」 千吉「なんと…」 マコ「ちょっとこのやぶ医者!冗談じゃないわよ!?麻衣をこのまま…いえ、王妃様を見殺しにするつもりじゃないでしょうね?そんな事したらこの北山マコちゃんが黙っちゃいないんだから!」 マコ「王妃様はとってもこれからの文化の発展を楽しみにしてらしたのよ!マジャール王国との貿易が始まったら是非ともご自身も取引なさりたいと、私からハンガリー語もお学びになって…今ではもうとっても上手く話せるようになったんだから!」    主治医、泣きながら頭を伏す 千吉「(震えながら)なんと言うことじゃ…これは一体なんと言うことなのじゃ!」 マコ「千吉…」    マコ、千吉を宥めながらも蒼白になって麻衣を見つめている。麻衣、ピクリとも動かない。    *** マコN「けれど麻衣は死んではいない、宮中の誰もが再び麻衣が生き返る事を願いながら待ち続け、日にちだけが無情にも過ぎていったの。」 マコN「そして半年後の12月…ちょうど麻衣の誕生日…」    *** マコ「麻衣…ボルドック…」    麻衣がゆっくり目覚める マコ「王妃様!?」 千吉「王妃!?分かるか?私だ、千里だ!」 麻衣「王様…」    きょろきょろ 麻衣「マコ…?」    微笑む 麻衣「ここは黄泉じゃないのか?わたくしはまだ生きているのか?」 マコ「良かった…」 麻衣「なら多分…最後の別れをするために…ここへ戻ってきたのだな…」 千吉「王妃、何をバカなことをいっておる!?そなたは生きるために戻ってきたのではないか!!」 麻衣「王様…こうしてわたくしは最後に、あなた様に再びお会いできてとても…嬉しゅう存じます…」 千吉「王妃!」    麻衣、マコを見てから千吉を見る 麻衣「恐れながら王様…暫しわたくしはマコと二人になりとう存じます。席を外していただけないでしょうか?」 千吉「分かった…募る話があろう。ゆっくりと話すが良い…」    千吉、退出するが襖の外に腰を下ろして聞いている。 麻衣「なぁマコ…」 マコ「なんでしょう?」 麻衣「私はずっと長い長い夢を見ていた…以前に語った遠い遠い後世の夢だ。」    麻衣、語り出す。マコ、泣きそうになって堪えながら聞いている。    *** 麻衣「それでな、私はやっと思い出す事が出来たの、北山…」 マコ「え?」 麻衣「平安時代に来てハンガリー文化を作り、未来の歴史を変える…私たちの夢、やっと実現出来てきてるのね。私嬉しい…」 マコ「麻衣?麻衣なの?ねぇ、本当に私の事を覚えているの?」    麻衣、ゆっくり微笑んで頷く マコ「麻衣っ!(泣きつく)」    麻衣も涙を流す 麻衣「だで…これからはあんたが私の分までこの夢続けてね。後はあんたに託した…私たちの明るい未来のため。」 マコ「何いってんのよ麻衣?これからも一緒にやるんでしょうに!?あんたがずっと楽しみにしていた貿易だってもうすぐ交渉が始まるのよ!?チャールダーシュだって踊るんでしょ!?」 麻衣「せっかく記憶が戻ったのになぁ…こうして北山にも再会できたのに残念…これからも一緒に続けたいけど、生憎私、もうそう長くはないみたい…」 マコ「麻衣!」    麻衣、弱々しく笑う  麻衣「きっと未来を変えてな、いい未来を作ってな…。私はあんたを信じて、先に向こうの様子を見に行ってきます。ミルテの花で叉、再会いたしましょう。Jo eszakat…」    麻衣、死んでしまう。 マコ「麻衣!!」    動揺して叫ぶ マコ「誰かおらぬか!?主治医、主治医はおらぬか!?」    千吉、主治医が慌てて飛んでくる    ***    主治医、麻衣を診察 主治医「恐れながら王様、マコ様…王妃様は…」 千吉「そんな…」 マコ「麻衣…」    千吉、麻衣にすがり付く 千吉「王妃!何故じゃ!何故私を置いて一人で先に逝ってしまう!?この薄情者目が!」 マコ「千吉、気を確かに!」    ***    都や宮中中が悲しみにくれる。    石楠花の植え込みの下、梅安一人、踞って泣いている 梅安M「アサキヌ姫…王妃様、王妃様…」 道長「これほど若くして可哀想に…これほど若くて美しい姫を連れ去るとは、死神も残酷で薄情よのぉ…」 珠子「妾も…あれほど頭がきれて聡明な姫は見たことがなかった、まことに残念でならぬ。」    *** マコN「こうして麻衣は私よりも先に未来の世界へと戻ってしまった。私はいつまでここにいるのだろう?彼女が平安の世界にいなくなった今、急にいる意味がなくなったような気がしてきたわ。」 マコN「皮肉にも、麻衣の葬儀の主催を任されたのはこの私。今までは新しい文化を、新しい文化をと思って精一杯やって来たけれど、正直それもどうでもよくなっていたの。」    ***    公開でミイラが作られている マコM「この時代の埋葬って実際はミイラだったのね…まだこんな文化が残っていたんだわ…」 マコ「ねぇ、そのご遺体はこの後どうなるの?」 御禰吉「旧東邪馬台国にあるゴロスロー宮殿跡地に、平安王族墓地と言うのがあるんですよ。そこに埋葬されます。」 マコ「ちょっと待って!」    全員、マコを見る マコ「そこに埋葬するのはやめて!生前の王妃様が私におっしゃられたの…希望の場所があるって。だからそこに…お願い…」 千吉「マコ?」    ***    諏訪、茅野市周辺。    宮中からの行列が麻衣のミイラを運んでくる。 マコ「ここよ。」    石楠花平集合墓地 マコ「ここに専用のお墓を作って葬って欲しいって…後、麻衣と同じ部屋に後一つ、場所を作ってちょうだい。」 墓師「は?」 マコ「いずれ来る私の死、その時に私の遺体もここに入れて欲しいの…」 千吉「私もだ。」 マコ「千吉?」 千吉「私も、王妃のとなりで眠りたい…また来世でも一緒になれるように…来世ではきちんと幸せにできるように…」 墓師「承知致しました、マコ様に王様…」    麻衣の遺体を、作った部屋に納める。枕元にはミルテとエリカの花    *** マコN「こうして麻衣と別れてから私たち一行は京都に戻ったの。でももう私の心は空っぽになってしまったみたい…ここまで進めた平安革命だってもうどうでもよくなってしまったわ。」    ***    塞ぎ混むマコ。 千吉「おいマコ、いい加減に元気を出せ。他の者もお前の事待ってるぞ。」 マコ「もういいのよ…文化革命は終わりだって、みんなにも伝えて。」 千吉「王妃が亡くなりお前を王妃にしたが、本当に自覚あるのか?お前それでも本当に王妃か?」 マコ「私がなりたくてなった訳じゃないわよ…あんたが勝手に私を王妃にしたんだろ?」    千吉、呆れる 千吉「アサキヌが亡くなってもうすぐ一年だぞ?お前がこんなんでどうする?アサキヌに向ける顔があるのか?」 マコ「うるさいなぁ…」 千吉「アサキヌと約束したのだろ?より良い未来を作るのだろう?」    マコ、ハッと千吉を見る マコ「どうしてそれを?」    千吉、微笑んで襖を開ける。        ***    中庭。大勢の役人や女房、チャールダーシュの衣装を着て微笑んでいる。 全員(ハンガリー語)「一緒により良い未来を作りましょう!平安ハンガリー革命を起こしましょう!」 マコ「みんな…」 千吉「な?」    マコ、強く頷く マコ「みんな!私についていやがれ!景気付けに一致ょ踊ってやるわ!」 全員「おーっ!!」    マコに続いて、全員踊る。千吉も加わる。 マコ「あら?あんた昔にチャールダーシュは遠慮しとくって言ってなかった?」 千吉「ありゃもう昔の話だ。私もウイな若い男だからね、これからはこういう時代にのらんくちゃ。じゃろ?」    克子と春助も踊る 克子「何て楽しいんだろうね?わたしゃこんな時代が来るだなんて想像もしてなかったよ。」 春助「わしもじゃ。これもそれも先のアサキヌ王妃様と、マコ王妃様がいてくれたお陰じゃな。」 マコ「ちょっとやめてよ、痒いわ。今まで通りマコって呼びなさい!」    克子、春助、顔を見合わせる。マコ、二人を睨み付ける マコ「北山マコちゃんの命令が聞けないって言うの?」 克子・春助「は…はい…」    マコ、再び睨む 克子「わ、分かったよ…」 マコ「それでオッケー。」 春助「なんつう面倒くせー女じゃ。」 マコ「なんですって!?」    千吉、呆れてやれやれ    *** マコN「こうしてみんなの協力もあって、麻衣のためにもハンガリー化計画は再開されました。千吉や他の皆さんもハンガリー語を学んで… マコN「千吉なんて物覚えがいいからすぐに話せるようになっちゃったの。そして遂に…遂に…」 マコN「千吉の許可も降り、ハンガリーの大使を日本に呼んで、貿易の交渉をすることが公式的に決まったの!」    ***        ハンガリーから使節団がやって来る。(以下、ハンガリー語) ティフィル「この国の王より、我が国と貿易をしたいとの事を受けて参った。」 千吉「ようこそ。私がこの日の本国王、千里である。我が国は是非ともマギャル王国と貿易をしたいと願っている。」 ティフィル「私はマギャル王国の王族伯爵、ティフィルだ。こちらも大歓迎だが、とりあえずまずはそちら様のお話をお聞きしたい。」 千吉「どうぞ何なりと、語り合いましょう。」    ***        二人、話し込んでいる ティフィー「王族の歴史書を読んでいて分かったことなんだが、以前にもマギャル王国は日の本との貿易があったとの事なのだが…」 千吉「それはまことか?」 ティフィー「あぁ…随分昔で、紀元前5000年のアラセルバ王国時代から紀元前660年までの非常に長い期間だったらしい。」 千吉「そんなにか!?」 ティフィー「あぁ、それで当時のアラセルバ王国第13代国王が大層マギャルをお気に召したようで、晩年はマギャル王国で王妃と共にお過ごしになられたとか…」 千吉「ほぉ?」 ティフィー「で…」    悪戯っぽく ティフィー「私がその末裔の一人なんだがね?」 千吉「え?」 ティフィー「あぁ…。んで当時、アラセルバの第13代国王は私たちの代まで遺言を残していてね、日の本に彼がとても信頼していた小姓の末裔がいるそうだ。その末裔はすぐにそうだと分かるよう、証拠に翡翠とサファイアで出来た宝石の首飾りを持っているそうな…再会の契りに彼に預けたらしい。その者も探してみたく私もずっと日の本に来たかった。こうして来日出来て光栄だ。招待してくれたことに感謝します。」 千吉「いや、こちらこそだ。それよりも伯爵、その首飾りなのだが…宝石で出来ていてアラセルバ時代から伝わるものなのだろう?」 ティフィー「あぁそうだ。」    千吉、首にかけた首飾りを大使に見せる 千吉「物違いではあると思うが、こんな感じの物だろうか?」    ティフィー、まじまじ見て目を丸くする ティフィー「間違えない…」 千吉「え?」 ティフィー「これですよ!しかし何故王様が…?…ひょっとして…」    涙ながらに喜んで千吉の手を握る ティフィー「私はあなたにお会いするのをどれ程待ち望んでいたことか!」 千吉「ではこれが!?」 ティフィー「えぇ、あなたは間違えなくその小姓、エゼルの末裔です。あぁ、これでやっとなん前年も言い遣っていた事を果たすことが出来た!ティオフェル王もきっと喜んでいることと思います。」    書状に印を押す 千吉「伯爵…」 ティフィー「この貿易、承諾致しましょう。これからは昔のようにまた、友好国としてよろしく頼みます。」 千吉「こちらこそ!」    二人、握手。    マコ、扉の影で盗み聞きをしてガッツポーズ。マコの後ろには他の女房や役人もこぞって覗きに来ている 千吉「!?」   ドアに目をやる 千吉「そこにいるのは誰じゃ!?」 マコ「おい、ちょっと押さないでよね!転んじゃうじゃないの!」 役人「おい、すみのえよ!そなた退け!ばれるじゃろうに!」 女房「お前こそ邪魔なんだよ!」    千吉、ティフィル、ドアに近づく 千吉「そなたらずっとここで盗み聞きをしていたのか!?」    盗み聞きの人々、右往左往。ドアが倒れて全員なだれ込んでくる 全員「うわぁっ!」  ティフィル・千吉「うわぁっ!」     *** マコN「こうしてめでたく、マジャールとの貿易は始まり、国の文化は一気に動き出しました。チャールダーシュや食べ物、言語なども本格的に輸入されるようになり、国は豊かに、そして人々の暮らしや流行文化までもが変わっていきました。そんな中、めでたいことはもう一つ出来たの。」    ***    産声。 マコN「なんと、この北山マコちゃんが千吉との子を出産したんです。男の子よ。」 マコN「この時既に、麻衣の産んだ王子様は9歳の男の子になっていたの。千吉は、いよいよこの子に譲位をすると言い出し、私もそれに賛成だったわ。だってもう王妃なんて言う窮屈な座は懲り懲り!自由に踊り回ってパワフルに生きたいのよ!」    ***    千鶴、ちょこちょこと飛び回ってはチャールダーシュのステップを踏んでいる 千吉「千鶴、ちょっとおいで。」 千鶴「なんですか、父上?」 千吉「そなたもこうして無事に大きくなった。父ももう老いぼれじゃ、故にそろそろ父は隠居しようと思う。」 千鶴「隠居ですか?」 千吉「王座を降りると言う意味だよ。よって千鶴、お前にこれからは国王として国を作っていってもらいたい。出来るかな?」 千鶴「はい父上、私はまだ未熟な子供ではありますが、父上のお志を継いでいきとうぞんじます。」 千吉「それでこそ私の倅じゃ。期待している、頼んだよ。」 千鶴「はい、父上!」 マコN「そして一ヶ月後、まだ幼い王子様が王様に即位したのを見届けて、私と千吉は宮殿を出た。そして別邸で暮らし出したんだけど…」    ***        マコ、毎日落ち着かずにイライラ 千吉「おいマコ、お前宮殿を出てから様子がおかしいぞ。どうした?」 マコ「別に?」 千吉「ははーん、さては貿易に関われず、宮中の変化を知れないのが悔しいんだな?」 マコ「そ、そんなんじゃないわよ!」 千吉「もしそうなら無理せず宮殿に行けばいいだろう?王に私から話をして見るゆえ…」 マコ「そ、別にそんなんじゃあ…」 千吉「そう強がるなって。」 マコ「な、ならあんたがそんなに私に仕事をして欲しいんなら言ってあげてもいいわ。王様にお頼みに上がるなら勝手にすれば?」 千吉「あぁ。お前にその気があるのならね。」 マコ「じゃあよろしく頼むわ。」 千吉「いい年なんだからマコ、いい加減素直にならんか?その態度どうにかならんか!」 マコ「これが私よ!死ぬまでどうにもならん!」 千吉「どうにかせい!」    ***    千吉と千鶴 千吉「という訳なのじゃ王よ、どう思う?」 千鶴「ですてこの文化の基礎を築き上げたのは叔母上なのでしょ?でしたら喜んで叔母上にこの事はお任せしたく存じます。いくらマギャルが入ったとて、叔母上の手なしにどうやって文明改革を進めていきましょう?」 千吉「では…」 千鶴「喜んで!早速叔母上を宮中内にお呼び戻しください!」 千吉「あぁ、わかった。」    *** マコN「こうしてまた私は生涯をかけての平安革命運動に参加することとなったのです。勿論私が監修でね!」 マコN「そしてこの時に、私が来て以来初めての大事件があったの。親衛隊の藤本様と他数名のお役人様が、千吉がまだ幼かった頃の王子千里失踪事件の真犯人として捕まったのよ。そして、数名が島流しとなり、藤本様は火刑台の刑にかけられたわ。」    ***    大きくなったマコの王子・優作、麻衣の王女・千草、他の若い者が中心になってハンガリー平安文化を作っている。 マコN「そして1036年、麻衣の王子から私の王子に時代が代わり、彼が王として政権を握るようになったわ。私たちはもう59歳…まさか平安京でこんなに年を取るだなんてね。」    ***    千草、女房たちにチャールダーシュを教えている 千草「ほら、何をしておるのじゃ!そこの振りはそうではなかろう!これでは母上にも叔母上にも顔向けが出来ぬではないか!」 女房たち「申し訳ございません、王女様…」 千草「もう一度、今のフリシュカの部分からやり直しじゃ!」    ***    優作、重臣達とハンガリーの大使を会議に呼び出してハンガリー語と文化の講義をしている 優作「よって、今後の方針をどうするか?意見のあるものはいるか?」 役人「王様、千の王妃・あさきぬ様は大層ミルテとエリカなる花をお気に召されたとか?」 役人1「そこで如何でしょうか?宮中内に造られた大理石の浴場にハンガリーらしくミルクにミルテとエリカの花を浮かべ、そしてリンゴを浮かべてみては?」 役人2「それは新しい!」    そこへマコ   マコ「名案ね。」 全員「女王様!」 優作「母上!」 マコ「そしてそれが都でも話題になればどんな民でもそれを試せるように入浴剤を作ればいいわ。」 全員「入浴剤?」 優作「とは?」    マコ、入浴剤の袋と容器を取り出して見せる マコ「これよ。」 全員・優作「ほう…」    珍しそうにまじまじ    *** マコN「そしてあっという間に時代は白川政権…もうここまで来ると私たちの血筋ではあってもそうじゃなくなるのよね…」 マコN「でも、あの白河の王様も私たちの作り上げた文化を大層お慶びくださり、後継を約束くださったの。」    *** マコ「私ももう、いい加減隠居しようかしら?」 千吉「いいのか?」 マコ「やりたい気持ちは山々だけど、もう体がついていかないわ。それに王様もあんな風に言ってくださることだし、今の後継者たちにも安心して今後のハンガリー文化とチャールダーシュを任せることができるわ。」 千吉「そうか…」 千吉「のぉマコや、久しぶりに諏訪に行ってみんかね?」 マコ「諏訪に?」 千吉「あぁ…わしらとて老いぼれじゃ、もう先もそんなに長くないじゃろう。故に、わしらが若き日を過ごした諏訪にて余生を送り、そこで死にたいとは思わんかね?」 マコ「なるほど…それもいいかもね。」    にっこり マコ「自由な身なんだし、行きましょう!」    *** マコN「こうして私たちは余生を諏訪で過ごすために、輿に揺られて諏訪へと出発したの。」 ○諏訪    マコと千吉 マコ「(延びをする)んーっ!諏訪の空気だわ。あの頃とも私の生きた時代とも全く変わっていないわ!」 千吉「何じゃ?」 マコ「いいえ、何も。」 千吉「まことに…若かりし日がつい昨日のように思い出される…。」 千吉「しかし、町並みは随分と変わってしまった…」 マコ「そうね。」    千吉の民家に入る マコ「でもここはこのままなのだわ…見て!」    千吉の造った風呂とトイレ マコ「こんなものもこのまままだ残っているわ。今まで誰も住んだ人はいなかったのかしら?」 千吉「そうじゃな…それもそれでありがたい。マコ、今日からはここでまた暮らそう。」 マコ「えぇ!?」    ***        二人、縁側に腰かけている。マコ、ツィンバロンを膝にのせている。 千吉「娘も息子も…妹たちも先に逝ってしまった。」 マコ「当時まだ赤ちゃんだった頼継ちゃんにも先に逝かれちゃうなんてね…」 千吉「わしらが長生き過ぎたんだよ、これほど長生きが出来るとは思わなかった。これもマコ、そなたらのお陰じゃな。」 マコ「何よ、急に改まっちゃって!」 千吉「感謝しとる…」    マコ、照れて動揺 マコ「な、何よ急に素直になっちゃうだなんて…あんたらしくないわ、気持ち悪いってんの。」    千吉、微笑む マコ「そ、そうね…ちょっと散歩にでも行きましょうか?ここでこうやって思い出話ばかりしてたって無駄に年を重ねるだけだわ。」 千吉「それもそうじゃな…」    ○石楠花平集合墓地    二人、麻衣の墓室に入っていく。 マコ「麻衣…」    麻衣、ミイラとして形のまま棺の中に納められている。 マコ「結局私たちこんなに年取ってしまったわよ…あんた知らないでしょ?平安京は変わったのよ。あんたと私の望んだ未来は作れるかもしれないわ。ハンガリーとのね、貿易も成功したの。チャールダーシュもハンガリーの食文化も宮中抜け出して都中で大人気なのよ。」 マコ「こんな時、ハンガリー語達者のあんたがいてくれたらもっとよかったのにね…チャールダーシュの名手のあんたが踊ってくれたらもっとよかったのにね。」    懐かしそうに微笑む マコ「待っててね…私たちももうすぐそっちに行くわ。」 千吉「王妃よ、もしまた生まれ変わっても私はそなたと一緒になりとう。未来の太平の世で、今度は一般の民として出会い、共に生きよう…」    二人、しばらくなつかし寂しそうにその場にいる。  千吉「おっと…」    千吉、軽く目眩を起こしてよろける。マコ、それを支える マコ「ちょっと大丈夫?」 千吉「悪いな…ちょいと目眩がしただけじゃ。」 マコ「なら帰って少し休んだ方が良さそうね。」 千吉「忝ない…」 マコ「いいってこんよ。年寄りの冷や水は宜しくなくってよ。」 千吉「あぁ…」    二人、戻っていく。 ○千吉の民家    二人、縁側にいる。千吉は毛布を敷いて横になっている。夕日が沈む マコ「今日ももう終わるわね…千吉大丈夫?」 千吉「あぁ、心配かけたなマコ…わしはもう大丈夫じゃ。思えば長いようで短い一生じゃった。」 マコ「なに別れの言葉みたいなこといってんのよ?」 千吉「そなたと出会わなければ恐らく私の人生はなんの変鉄もないままに、つまらなく平凡に終わっていただろう…ありがとう。」 マコ「ちょっとやめて!!」 千吉「マコ、わしはもうそんなに長くないかもしれん…だからマコ、わしが先に死んだらわしをアサキヌ王妃と同じ場所に葬ってくれ…」 マコ「縁起でもないこと言わないで!」 千吉「そして…」    目を閉じる 千吉「そなたたちの時代に、そなたの望む太平の世を…」    千吉、死んでしまう。 マコ「ちょ、ちょっと千吉!?千吉ったら!!」    揺するが千吉は動かない マコ「先に逝っちゃうなんて、女の子を一人残して逝っちゃうだなんて卑怯よ!」    千吉の体に泣き崩れる マコ「最後の最後まであんたって人は素直じゃないんだから!いいかけた言葉くらい最後までちゃんと言いなさいよね!」    ***    千吉、ミイラになって麻衣と同じ場所に葬られる。 マコM「千吉…麻衣…私もすぐに行くからね。」    *** マコN「こうしてその二年後…私は97歳で死んだ。そして宮の者が、私の体も麻衣と千吉と同じ場所に葬ってくれたの。」 マコN「私の王子と麻衣の双子の王子は早くに逝ってしまったけれど残された王女はとても長生きをし、永久4年の1116年に106歳で亡くなりました。」 ○黄泉の国    桜吹雪が舞い、地面には桜が積もっている。    マコ、そっと横たわっていた体を起こして目を覚ます。 麻衣の声「北山!北山!」 千吉の声「おい、マコ!」 マコM「誰?」    麻衣と若き日の千吉が歩いてくる マコ「麻衣に…千吉?」    二人、微笑む 千吉「何やってるんだよ!早く君も行こうよ!」 マコ「行くって何処へ?」 千吉「決まってんだろ?な!」 麻衣「新しい世界へよ。明るい未来へ行くんでしょ?」 マコ「あ、うん!!」    マコ、麻衣、千吉、手をとって桜の花畑を奥に消えて行く。    ***    下界の時代は矢のように過ぎていく。 ○歴史博物館    麻衣、マコ、パソコンで動画を見ている。 麻衣「…何これ?」 マコ「嫌にリアルな動画だったわね。再現ドラマ?」 麻衣「いや、違うでしょ?きっと平安に因んだフィクションのドラマよ。」 マコ「それもそうか!」    アルバムを見る マコ「それにしても、このよく撮れた写真…いつの?」 麻衣「カラーだけど結構古そうよね?大正とか?明治とか?」 マコ「いくらなんでもそんな時代にカラーはないでしょ!」 麻衣「でもみんな結構古めかしい格好をしてる…5つ衣の着物よ?」 マコ「何かの撮影か何かじゃないの?」    そこに千里と小口 千里「どうだった?」 マコ「どうだったじゃないわよ千里!何よ、この変な動画!」 麻衣「それにこの写真、いつの?」 千里「君たち…」    少し寂しそう 千里「何も思い出さないの?」 麻衣・マコ「え?何もって…」 千里「だってこの…動画ももう見たんだろ?」 マコ「見たわ!それに動画だけじゃないわよ!ここに展示してあるものみんな見たわ、ここって平安考古館なんでしょ?それなのに…」    展示物を一つ一つ指差す マコ「このふざけたものは一体何よ!偽りもいいとこだわ!」 小口「ほ、ほ、ほ、偽りなんかじゃないよ。これは列記とした遺品じゃ。」 マコ「どこが!?」 小口「これはな、御所や平安の民家から出土された貴重なものなんじゃよ。それと…」    アルバムを開いて説明 小口「見えるかのう?この動画と写真も決してドラマなどではない、当時の人たちの生きた姿を映した物なんじゃよ。これが…」 マコ「信じられるわけないじゃないの、そんなもん!」    小口は悪戯に微笑んで、モニターを付ける マコ「だからそれは!」 小口「お前さん、本当に最後まで見たかい?」 マコ・麻衣「え?」    モニターに若き日の千吉が写る 麻衣「せんちゃん!?」 マコ「何よ?あいつが映っているだけじゃないの!?」    千吉、麻衣に対する愛や色々な思い出や感謝を語り出す。マコ、神妙な顔。麻衣、見ている内に涙を流している マコ「麻衣?」    動画が終わると麻衣、急いで振り返る 麻衣「じいや!せんちゃん!」    麻衣、千里に抱きつくが千里は消える。 麻衣「せんちゃん…王様!」    麻衣、その場に泣き崩れる マコ「麻衣?一体どうしたのよ!?…ん?」    麻衣の足元、首飾りと写真が落ちている マコ「何これ?」    麻衣、見るとさっと受け取ってまじまじ 麻衣「王様の首飾りだわ…そして…」    若き日の千吉の写真 麻衣「王様…」 マコ「(意味深に微笑む)王様か…」    マコ、ハッとして麻衣の手を引いて裏口に行く    ***    裏庭。千吉の造ったあの小屋がある、中に外国製のゴムプールとトイレ マコ「やっぱりあった…」 麻衣「これは?」 マコ「昔、とある男が造った部屋よ。良く出来ているでしょう?」    マコ、写真と見比べる マコ「あの頃と少しも変わっていないわね…」    空を見上げる マコM「バカ千吉のバカ千里…今度こそはちゃんと麻衣の事、普通の男として幸せにするのよ。」 マコ「麻衣、行こうか?」 麻衣「えぇ…」    二人、考古館を出ていく。 麻衣M「さようなら…せんちゃん、王様…」    *** マコN「それからと言うもの、私と麻衣は一度もあの場所に行っていない。」 マコN「そしてもう何ヵ月も過ぎた春…私たちは新学期が始まる前に一度、あの場所にまた行きたくていってみたの。それなのに…」 ○考古館周辺    麻衣、マコ、うろうろ マコ「あら、おかしいわね?確かこの辺りだったのに…」 麻衣「道間違えたんじゃないの?」 マコ「いえ、確かにここよ!だってほら、目印にあの白黒の看板が立っているの私、覚えてるもん。」 麻衣「そう?」    マコ、携帯を調べ出す マコ「あら?おかしいわね?」 麻衣「今度はどうしたの?」 マコ「考古館自体載ってないのよ!前は確かにあったのに…」 麻衣「えぇ?」    老婆が畑仕事をしている 麻衣「仕方ないわ、あのおばあさんに聞いてみましょう?」 マコ「そうね、すみませーん!」    老婆、手を止めて二人を見る マコ「おばあちゃん、私たち“茅野市平安郷土館”ってところに行きたいんだけど…」 麻衣「以前も来たのよ。確かこの辺に大きな茅葺きのお家が建っていたと思うの…どうしちゃったかおばあさんご存じ?」 老婆「茅葺きのお家?」    きょとんと少し考える 老婆「ひょっとして小口さん家かね?」 麻衣「えぇ多分。そこには小口吉三さんって言う方が住んでいて時々お孫さんの千里くんって子が見えていたはずなんですけど…」 老婆「小口吉三さんに茅葺きの家ってお前さん…」    目を丸くする 老婆「幽霊でも見たんじゃないかい?」 麻衣・マコ「え?」 老婆「いや、だって小口吉三さんはもう10年近く前に亡くなっているし、その家も取り壊されたからね。孫の千里くんだって京都に引っ越しちまって最近はここ2年くらいずっとこっちへは来ていないんだよ。」      麻衣とマコ、驚いて顔を見合わせる。 麻衣「え、だって…」    ***    二人、放心状態で元来た道を戻る マコN「じゃあ私たちって幻か夢を見ていたってこと?ついさっきまで一緒に会っていた千里も実は幻で、おじいさんも家もこの世の物ではなかったと言うことなのかしら?それとも私たちがタイムスリップしたことによって時空は変わっちゃったの?」 麻衣「さぁ…」    二人、身震いする    *** マコN「でももう、その事は麻衣とも触れないことにするって決めたの。明日から新学期も始まるしね。」    ***    えつ子の声「マコちゃん、もう起きなくちゃ!学校が遅れちゃうわよ!麻衣ちゃんも!」 麻衣・マコの声「まずっ!もうこんな時間!」 麻衣の声「じゃあえつ子さん、行ってきまぁーす!」 マコの声「麻衣、急げ!」 麻衣の声「う、うん!」 ○石楠花平平安公園    麻衣、マコ マコ「ここに来るとなんか懐かしい気分になるわね…」 麻衣「そうね…」    遠くでチャイムが聞こえる マコ「じゃあ麻衣、行こう。」 麻衣「うん、でもごめん。先に行ってて。」 マコ「わかった。早く来いよ。もうチャイムなったぜ!」 麻衣「はーい!」    マコ、早足で校舎へとかけていく。    麻衣、一人 麻衣M「せんちゃん…王様、私は今ここに元気でいるのよ。現世でもまたあなたと生きられるかと思っていたけど、やっぱりこの広い世界…もうあなたとは会えないみたい。でも泣かないで、私は大丈夫だから。一人でも強く生きて見せるわ…今度は健康な私でいる…」 麻衣M「また、あなたに会いたくなったらここに来るわ。ここではいつも一緒だもの…じゃあね、さようなら。ありがとう、王様…せんちゃん。」    涙を脱ぐって微笑むと、校舎へとかけていく。    強い風が吹いてあずまやの中に千吉。 千吉「またきっと会えるよ…頑張れ、麻衣…」   麻衣、そっと振り向いて微笑むとまた駆け出す。千吉の姿はもうない。 ○茅野中央高校・校門    麻衣、歩いている。 麻衣N「私の名前は柳平麻衣。茅野中央高校の3年生。今年は一体どんな一年になるのかしら、ワクワクドキドキでいっぱいです。」    ルンルンと校舎へと入っていく。    数分後。マコがビデオカメラを構えてかけていく。 マコN「私の名前は北山マコ。今年から茅野中央高校の3年生。今年は一体どんな一年になるのかしら、ワクワクドキドキで一杯です。」    マコ、しゃべりながらビデオカメラを構えたまま後退り。千里が前を歩いている。お互いに気が付いていない。 千里「うわあっ!」    マコにぶつかって尻餅をつく。 千里「いったたたたた…」    お尻を擦る。 マコ「ちょっとあんた何やってんのよ、大丈夫?」 千里「大丈夫じゃないよぉ、ちゃんと周り見て歩けよな。」 マコ「なんですって?」    千里をにらむ。 マコ「あんた何年生?」 千里「僕は3年の小口千里です。」 マコ「小口千里?」    胡散臭そうに睨む マコ「どうでもいいけどあんた、浮かれて歩いてんじゃないわよ!ま、今日のところは許してやるけど?」 千里「先にぶつかってきたのは君の方だろうに…」 マコ「何ですって?何か今言った?」 千里「い、いえ別に…」 マコ「今度この私を怒らしたらただじゃおかないんだから。覚悟なさい。じゃ…」    悪戯っぽく。 マコ「又、宜しく頼むわ。」    校舎へ入っていく。千里、お尻を擦りながら立ち上がってマコの後ろ姿を見つめる。 千里M「ふーっ怖っ。あんな女の子もいるんだな。出来ればもう卒業まであんな子と関わりたくないや。」    千里、校舎へと入っていく。 マコN「こうして何事もなかったかのように新学期が幕を開けたのでした。」    *** マコN「一日、一日が平凡に過ぎ去り…そしてその年の初夏の事…」 ○茅野・蓼科  ミルテの花の前、麻衣と千里、えつ子が立っている。 麻衣「北山のやつ何やってるんずら?えらく遅いわね?」 千里「またどうせ忘れてすっぽかすつもりなんだろ?」 麻衣「あら、北山に限ってそんなこんないに!だって北山もチャールダーシュ大好きで毎日このショーを楽しみにしているのよ?」 えつ子「それもそうよね…」    マコ、三人に気がついて手を降る。 麻衣「お、北山だ!」 千里「やっと来たか…おーい、遅いぞぉ!」 マコ「うるさぁい!麻衣にはごめーん!」 千里「ちぇっ…」    えつ子、麻衣、笑う 千里「笑うなよ…」    もう一度大きく手を振る。 千里「おーいマコ!何やってるんだよ!お前も早くこっちに来いよ!」 えつ子「今日もショーに出てくれるんでしょ!」 麻衣「早く来んと始まっちまうに。」    陽気に手を振る3人。 マコ「そんなの言われなくたって分かっているわよ!今行くところです!」    マコ、三人の元へ急いでかけていく。    マコ、えつ子、千吉が店の中に入る、麻衣、ふと立ち止まって振り向き、にっこりと懐かしそうに微笑む。    合い向かいにはあるはずのない千吉の家。そこにマコと千吉の情景。千吉、麻衣とマコの方を見て微笑みながらゆっくりと頷いている。        太陽の強い日差しと共に消えて行く。 マコの声「おい麻衣、何やってるんだよ?早く来いって!」 千里「ねぇ麻衣ちゃんったら!」 えつ子「ショーの練習しなくちゃいけないんでしょ?」 麻衣「はーい、ごめんなさい!今行きまーす!」    麻衣、それを見送るようにしてから店の中に入っていく。
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