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目を覚ますと、カーテンを閉め忘れた窓から眩しい昼の光が降り注いでいた。
まさに光のシャワー。
押し流されるように横向きに転がり、うつぶせで伸びをした。
家にはすでに俺ひとり。
単身赴任中の父親は元よりいないし、母親も仕事に行ったようだった。
スマホを手にとると、その瞬間にぶるぶると振動した。北村からのメッセージ。
奇跡みたいにちょうど今、俺の元に届いたらしかった。
<おはよー今起きた。じゃあ、今日の午後、取りに行く>
スマホを持つ手が少し震えた。
取りに行くって……ここに?
まさかうちの住所、知ってるとか?
何時に?
ってか、今何時?!
慌てる俺の耳に、キンコーン、と旧式のドアチャイムが鳴った。
慌ててパーカーを羽織り、部屋の隅に積み重ねていた服の山から、デニムを一枚引き抜く。
足を通すや否や、玄関のドアに飛び付いた。
そっと扉を開けると、北村が少し心細そうに立っている。
「よお」
白シャツにグレーのベスト。垢抜けた装いが眩しい。
「お、おう」
俺は脂ぎった顔で、パーカーの胸元を押さえる。せめて、顔だけでも洗いたかった。
「楠谷、寝てた?」
屈託なく北村が尋ねた。
「うん」
「そっか、ごめん。でも、オレのマンションと楠谷の家、結構近いんだよ」
「あー……そうなんだ?」
近いからっていきなり来るか、普通?
昔は女子にもてていたけれど、結構変なやつだったんだな。
「うん。昨日も、だから走ってる間に会えただろ?」
「ああ、あれは」
天気を予知したんだ。まさか霧だとは思わなかったけど。
そんな風に言って困らせたい気持ちに駆られる。
いや、絶対引かれるし。会話途切れるし。
「たまたま、起きてて」
「そっか」
無難な俺の回答に、人の良さそうな笑顔を返す北村。
「あ、本、今持ってくる。部屋汚ねーから、そこ座って待ってて……って、おわー!!」
指差した上がり框を、ゴキブリがささーっと横切った。
北村もひゃーっと叫び声をあげ、靴を脱ぎ捨てるや否や、俺の後ろに回る。
ゴキの登場はよくあることなので、靴箱の中から殺虫剤を取り出し、勢いよく吹き付けた。
「す、すまん、家が古くて」
俺の肩にしがみついていた北村に詫びる。
相当の恐怖体験だったらしく、肩の骨に指が食い込むほど、強くしがみついていた。距離感も保とうと咄嗟に意識したのだろう、指先だけに力を入れた感じで、めちゃめちゃ痛い。
「オレこそごめん、ダメなんだ、アレ」
「あはは、俺もびっくりした! 」
緊張がとけると、北村の震える声がおかしくて、俺は爆笑してしまった。つられて彼も、力なく、ハハハ、と笑う。
「上にはいない、はず……汚ねーけど、あがって」
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