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6畳間にベッドと机が置かれた俺の部屋は、男二人で向かい合うにはいささか狭苦しい。
散らかり具合は、雑誌などが多少積みあがってはいるものの、最近、本棚にもCDラックにもほとんど触れていないから、荒れているようには見えないはずだ。
畳に薄い青のカーペットを敷いた床に、ぺたんこに潰れたクッションを置き、そこに座ってもらうと、俺は一度、階下の洗面所に向かった。
北村のさっぱりと白い顔に向き合うには、汗ばんだ顔が気になる。
ばしゃばしゃと顔を洗い、さっと髭も剃って部屋に戻ると北村は精神統一でもするように、静かに座っていた。
しゃんと伸ばした背筋に、なんだかこっちも緊張する。
「日当たりいいね、この部屋」
窓に視線を向けながらそんなことを言う。
「あー、普段はカーテン閉めてるけど」
暑いよな、と窓を開けた。
柔らかな風が吹き込んでくる。
「オレ、住んでるの2階でさ。西端だから夕日しか入んないんだ。羨ましいよ」
「実家、じゃないよな? 一人暮らし?」
俺は尋ねながら、昨日引っ張り出したはずの写真集を探す。えーと、どこ置いたっけ? 病気のせいか、たまに記憶が不明瞭になる。
「うん、冬までは同居人がいたけど、今はひとりだよ」
彼女とか?
別れたのかもしれない。それならあまり傷には触れるまい。
「へー」
「楠谷、もし実家出る気があるなら、一緒に住む?」
「は?」
振り返ると北村が、真面目とも冗談とも取れる顔つきでこっちを見ていた。
「オレ、生活不規則だからさ、ひとりだと何かと不便なんだ」
「あー」
通販とか受け取れないもんな。
でも、同居=家賃折半、だよな。
「無理。金ねーから。あ、あった、これ。ずっと借りっぱなしで悪かった。ごめん」
ベッドの枕元にあった写真集を渡すと、北村がしみじみとその本を見つめた。オタクには大事なものだったはずだ。
「懐かしいなー。今でも彼女のファンなの?」
北村の言葉に、へっ?と間抜けな声をあげる。彼女の猛烈なファンだったのは北村だったはず。何か勘違いしてるのかもしれないが、問い質す気力は無かった。
北村と向かい合っていると暖かな春風に包まれているような気分で、比較的くつろげるのだけれど、それでも長時間は無理な気がした。
「ああ、岩前みちる、今も好きだよ」
ちょっと迷ったけど適当に答えると、そっか、と北村が目を閉じ、軽く深呼吸した。
「眠いのか」
そりゃそうだろうと思いつつ、聞いてみる。
「うーん、夜更かしには慣れてるから、平気なはず」
「何時まで警察に?」
「1時間くらいかな。だから、2時半か、家着いたの」
「大変だったな」
俺が声をかけると、ふるふると頭を振った。
「いや全然! ていうか、人助けできて、楠谷に会えて、こうして本も返してもらえて。マジ奇跡だよ、昨日は」
屈託なく眉尻を下げる彼の顔に、俺は一瞬見とれた。
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