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 北村が、スーツケースを引っ張って先に歩いていく。  羽織った半袖シャツの裾がはためいている。 「カレーかあ」  やはり食欲は湧かない。北村は腹が減ってるんだろうけど。    そぞろ歩きの人々に混ざり、公園を過ぎる。  芝生に寝転ぶ人たち、犬の散歩。  遠くからウェディングドレスの花嫁が、レフ板を持ったフォトスタッフとともに歩いてくる。  明るく平和な光景と裏腹に、俺の心は闇を深める。  ここにいる人達はきっと何の障害もなく人生を歩んでいるのだろう。  もしくは障害があっても、乗り越える力があったのだろう。  重たい荷物を軽々と引いていく、北村のように。  俺にはその力がない……。  ずっとそんな気がしていた。    だけど、変わるべきだとも感じている。 「北村、荷物、持たせて」 「え?」  北村は細い割に筋肉質な腕を引き寄せて立ち止まる。 「運動不足だからさ、俺」  うまい理由が思い付かない。 「いいよ」  訝るでもなく、彼の手の熱を残したまま、その持ち手部分が引き渡される。  グッと引くと、思いのほか軽く動いた。  ゴロゴロと、大桟橋のウッドデッキを上っていく。  大桟橋は港に突き出た丘のような形をした建造物で、丘の両脇に背の高い大型客船が横付けされ、丘の上は展望デッキ、丘のなかは出国審査場とショップやレストラン、ホールなどが詰まっているらしい。  大きな特徴は、その丘がウッドデッキで覆われ、うねるように絡み合う道が形成されていることだ。  まるで桟橋に生命が宿ったように隆起していて、丘を真っ直ぐに昇ることはできない。  紆余曲折、を視覚化したような不思議な光景が広がっていた。    当たり前だけれど、俺たちのように大荷物を持っている人間は少ない。  北村の背中は、その変わった登り坂に魅せられたように、どんどん遠ざかる。
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