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店員が、水を運んでくる。カレーふたつ、と告げ、水を飲みほした。
北村の顔を窺いながら、
「どうして、そう思った?」
と尋ねた。
「体育祭のときも、この前も。雨が降るってわかったじゃないか」
その通りだった。俺は、無意識に北村を選んで雨を予告していた。誰にも言えないと思っていたけれど、それは本心からじゃなかった。雨が降る、と感じたときは、声を大にして叫びたかった。雨が降るぞと。晴れるとわかったら、誰にでもいいから教えたかった。このあと、太陽が出る、と。
けれどずっと封じていた。信じてもらえないかもしれない、だとか、構ってほしいだけにだとか、そんな風に思われたくなくて。
誰かが雨に濡れようが、日に焼かれようが、自分の保身が大事だった。
でも、いつか誰かに、もう隠さなくてもいいと、そんなに大したことじゃないと、言ってもらえる日を待っていた。
それなのに、なぜだろう。
声が出ない。
「まあ、偶然なら偶然でいいさ」
北村は視線を窓に向けた。カトラリーとセットのサラダが運ばれてくる。
他人にとってはどうということのない秘密かもしれないけれど、俺にとっては何重にも閉ざされた扉だ。
「俺はよく、人と距離を置きがちなんだけど」
うん? と北村は椅子に座りなおす。
「天気がわかるのを、あまり知られたくないからなんだ」
急に心細くなり、テーブルの上に視線を落とす。北村に信じてもらえなかったら、あるいはバカにされたらと思うと怖い。
が、北村は、
「なるほど」
と静かに、おごそかに頷いた。海水のきらめきと、白いテーブルクロスと、銀色のカトラリー、それから光の届かない場所の深いグレーが美しいコントラストを作っていた。
北村の瞳は、淡い光を吸って茶色く透き通った部分と、光を受け付けず黒く反射する部分に別れている。
それ以上言葉はいらない、と世界に言われいている気がした。
分かりあえているという確信が、頬に血をめぐらせる。
カレーが運ばれてきて、いただきます、と食事を始める。
うまいな、と呟いたあと、北村は口を拭った。
「オレは、ずっと不思議だったよ。頭もいいし格好いい楠谷が、どうして人を寄せ付けないのか。自分を受け入れられないって、その天気のこと?」
「うん」
口の中のものを飲み下すのと同時に頷いた。
「全然気づけなかった」
悔しそうに北村が言う。
「そりゃそうだよ。自分でも変だと思うから」
「どうしてなんだろうな」
ぼそりと北村が言った。
「え?」
「どうして、楠谷には天気がわかる力があるんだろう」
それは考えてみたこともなかった。
「生まれつきだと思う」
「それなら親族にも同じ感じ方の人がいるかも」
思わず手が止まった。
「確かに」
超能力のようなものではなく、体質としての遺伝の可能性はある。
「それなら消えていなくなりたいなんて、思う必要もまったくない」
と北村がまっすぐ俺を見る。眩しい光に射すくめられる。
「それはまた、別な問題なんだけど」
まだ、乗り越えるべきことは多い。自分で築いてしまった安全な檻を、風の通る部屋にしていかなければならない。
カレーを食べ終えると、北村はスーツケースを持って先に店の外に出た。
会計を終えてあとから追いつく。
「行こうか」
先程よりも海の匂いが強い風の中を、並んで歩いた。
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