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観客はほとんどが女性で、男性は女に連れてこられた彼氏ぐらいだった。
ざわつく受付ロビーで、俺と北村は目立つらしく、視線を感じながら劇場の中へ移動する。スーツケースはクロークで預かってもらうことができた。
ゆるやかな高低差のある座席は間隔が狭い。ほの暗く照明を落とされた中に、ヴァイオリンのBGMが切なげに流れている。
並んで座り、パンフレットに目を通していると、
「菫」
と低い声がかかった。驚いて顔をあげると、ミナトが数人の女性を引き連れ通路からこちらを見ている。
「ミナトさん……土曜なのにお仕事ですか」
北村が感情を抑えた声で問う。
「まあな。注目の若手が何人かいるから情報収集だ。でもまさか、このカップリングをここで見るとはな」
ふん、と鼻を鳴らしながら俺を睨んだかと思うと、北村に複雑な視線を向ける。
「お前、今日出発じゃなかったか」
「そうです。これを観終わったら羽田に行きます」
「ふうん、荷物は持ってきてるのか? 空港まで俺の車で送ってやる。終わったら出たところで待ってろ」
さも当たり前のように、ミナトが言った。背後の女性陣が、目配せをし合う。おいおい、仕事中だろ。
北村の手が、きゅっと拳を作る。
「申し訳ありませんが……」
俺は呼吸を整え、立ち上がった。
「俺が見送るんで」
ミナトが面食らったようにメガネに手をやり、誤魔化すようにニヤリと笑った。
「お前が?」
答えずにただ睨みつける。
「すみません」
北村は頭を下げる。
「オレは楠谷と話があるので。プロジェクトではお世話になることもあると思いますが、そのときは宜しくお願いします」
「お前にとって、オレはもうただの取引先か」
ミナトは自嘲気味に言い、うつむいた。
「この前、お話した通りです」
北村の口元に、強い決意が浮かぶ。ミナトは顔をこわばらせ、沈黙したあと、
「お前が実家から持ってきたあのダサい花柄のテーブル、早く捨てろよ」
と言うと、北村が答える間もないまま、くるりと背を向けた。
すうっと照明が落ち、音楽がフェイドアウトする。シンとした暗闇に、俺も北村も溶けた。
戦国時代の剣豪たちを軸にした物語で、カツラの色がグリーンやピンクだったりと、見た目の派手さがあったが、ストーリーはわかりやすい。
日本刀の精霊が出てきたときは、さすがに首をひねったが、その設定もなんとなく飲み込めた。
が、後半のダンスシーンで、ついに男優たちが上半身裸で踊り始めた。これまでと違う熱気が場内に立ち込める。
あからさまな女性向けの演出に、少し頭が痛くなる。
こういうときって、どんな顔をすればいいかわからない。そっと北村の様子を窺う。
すると、それに気づいた北村が、俺の耳に顔を寄せた。
「この演出は、ない」
和風のリズミカルな音楽のなかだったが、ひそめた声はしっかりと聞こえた。
俺も、耳打ちを返す。
「だよな」
照明の照り映えるなか、二人で笑い合った。
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