6/7
前へ
/56ページ
次へ
 幕が下り、北村は荷物を受け取りにクロークへ向かった。  ひとりで出口に立ち、夕空を見上げる。淡く金色に色づいた空にグレーの雲が切れ切れに浮かんでいる。まだかなり明るい。観客たちは笑い合い、さざめきながら横浜の街へ散っていく。  北村は劇場近くのバス停から、シャトルバスに乗っていくのだと言っていた。  そこで見送ったら、次に会えるのは2か月後だ。   「お待たせ」  北村が戻ってきた。人ごみの中から、するりと俺のとなりに来る。 「バス、何分だっけ」 「17時半すぎ。あと20分くらい」  北村が腕時計に視線を落とす。 「そっか。歩いてるうちに時間潰れるな」  公園もここから近い。じゃあ、そうしよう、と並んで歩き出した。  演劇の舞台の内容を、あーだこーだと話しているうちに、緑地に辿り着く。  海の側の長い遊歩道に出て、水平線の見えるベンチに座った。  波音がやさしく聞こえてくる。  北村はにこにこと、韓国の若手俳優たちのことを語った。  けれど、次第に会話のペースが遅くなり、時間が気になってゆく。  ボオオっと汽笛が鳴り、また腕時計を見る。 「そろそろ、バス停行かなきゃ」    と北村が立ち上がった。うーんと背伸びをする。 「北村」  俺も立ち上がった。ミナトに言ったひとことが気になっていた。 「おまえ……俺に話があるって言ってなかった?」 「ああ、やっぱりいいよ。韓国から帰って来た時で」 「俺のことが、好き、とか?」  背伸びのポーズのまま、北村が固まった。  瞳が大きく見開かれ、絶句する。  しばらく見つめ合った後、腕をゆっくりおろし、顔を伏せたまま、彼は小さく頷いた。 「……そうだよ。……ずっと昔から楠谷が好きだった。ごめんな。気持ち悪がられたら、どうしようっていつも思ってた。だからそういう目では見ないようにして、やっと気持ちの整理がついてきたんだ。ただ時々会って、飯食ったりできればそれでいいって思ってた。それ以上は望まない」  言葉の最後のほうが震え、北村は笑顔になった。穏やかな、なんでもわかっているような顔。 「最初は嫌だったよ。つーか、よくわからなかった。距離、とか、気持ちとか。俺は誰のことも好きになったことがなかったから。でも北村にはすげー支えられてた。ずっと頭のなかにいたよ。お前としばらく会えなくなるのが、今、滅茶苦茶、さびしいんだ」  俺が言うと、笑顔がくしゃりと崩れた。 「バカ野郎。わかってないよ、楠谷は。その寂しさは、オレの千分の一、一万分の一、いや、一億分の一だかんな」  北村は拳を作り、その先端を、トン、と俺の胸に当てた。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

76人が本棚に入れています
本棚に追加