② 2人だけの小旅行

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② 2人だけの小旅行

 「ところで、お昼はどうするか。出掛けられそうか?場所によっては車を出すぞ?」  「さっきよりは大分、楽になったよ。有李斗がマッサージをしてくれたから。確か、車は置けたと思うの。そんなに遠くはないんだけど。」  「そうか。じゃあ、車で行こう。」  「有李斗って、車の運転するの?うちに車なんてあったの?」  今までは外へは出られなかったので、優の前では一度も、車も運転も見せた事がなかった。  「ああ。運転もするし車もある。仕事の時は会社の車を使うから、運転手がいたり多田がしていたが、プライベートは自分でしていたんだ。そうかあ。そう言うのを見せる機会がなかったもんな。よし、じゃあ今日は車で行こう。昼の食事も外でいいな。」  「うん。」  「じゃあ、着替えて行くか。」  「はい。」  予定を少し早め、着替えをして、まずは優を病院の出入口まで連れて行く。身体がまだ辛そうなので支えながら行き、車の乗降場のイスに座って待っていてもらう。  「すぐに車を持ってくるから、ここで待っていてくれるか?」  「うん。急がなくて大丈夫だからね。」  「ああ。悪いな。」  有李斗が車を取りに行っていると、病院の中から先生が来た。  「あれ?優くんじゃない?」  「あっ、先生~。」  「こんな所でどうしたの?そうだ。昨日はごめんね。」  「ううん。僕の方こそ急に怒って…。あのね、これから有李斗とお出掛けするの。それで、有李斗は今、車を取りに行ってるの。先生、有李斗が車を運転するの知ってた?あと車持ってるの。」  「知らなかったよ。てっきり、何処に行くのも多田くんが運転してるのかと思ってたよ(笑)。」  「だよね~。凄い楽しみなの。」  優は、満面な笑みで先生に話をしていた。すると向こうから、スポーツカータイプの黒の車が、サンルーフを開けたまま颯爽と走ってきた。そこには、サングラスをした有李斗が乗っていた。  「優、待たせたな。あれ?先生、どうしたんですか?まさか、先生も一緒に行くとか言いませんよね?(笑)」  珍しく、有李斗の方から冗談を言ってきた。  「一緒に行ってもいいの?でも残念。まだ診察があるんだよねえ~。また今度誘ってよ。しかし、さすがに有李斗くんだよねえ。こんな車持ってたんだ。しかも運転も出来たんだねえ。てっきり、何処へ行くのも多田くんが運転してるのかと思ってたよ。しかし、イケメンは何をしてもカッコイイね~。僕でも惚れてしまいそうだよ(笑)。」  「イケメンかどうかは分かりませんが、惚れてもダメですよ?もう結婚してるんで。」  「え?でも、まだ指輪だけでしょ?」  「今日はまだ。でも明日には正式に優の夫になりますので。」  「そ、そうなの?ねえ、優くん、本当なの?大たちも知ってるの?」  有李斗の一言で、先生のテンションが上がった。  「う、うん。大たちにはまだ話してないの。だから先生、内緒ね。」  「そうかあ。ついに2人は本当の夫婦になるんだねえ。そっか~。何だか僕の方がニヤニヤしちゃうよ。おめでとう。大たちには黙っておくよ。正式に夫婦になったらちゃんと教えてね。」  「はい。勿論です。じゃあ、そろそろ行ってきます。優、歩けるか?」  「うん。ゆっくり歩くから。」  優を支えながら車へ乗せた。  「優くん、どうかしたの?」  「いえ、ちょっと。心配ないですよ先生。」  有李斗が先生にそう言うと、  「ほどほどにね~。行ってらっしゃ~い。」  と、手を振りながら病院の中へ戻って行った。  【先生には隠せないな(笑)】  そう思いながら車へ乗った。  「優、座ってて身体痛くないか?シート倒していいんだぞ。」  「今はまだ大丈夫。辛くなったら、そうさせてもらうね。」  「無理するなよ?で、何処へ行けばいいですか?奥さま。」  車の天井を閉めながら、行き場所を優に確認する。  「近くの川知ってる?あそこなの。あそこね、川沿いに歩道がずっと続いてるの。今ね、菜の花が綺麗なんだあ。本当は有李斗とお散歩もしたかったけど、今日は菜の花を見に行こう?」  「川があって歩道があるのは知っていたが、そんないいものもやってるんだな。よし、行くぞ。」  「うん。」  優の言っていた川沿いまで行く。そこは途中、何ヶ所か公園になっているので駐車場もある。  「着いたぞ。」  有李斗は車から降り、助手席にいる優の方へ回った。そして、優の足の下に片手を入れ、もう片方は背中に添えた。そのまま、お姫様抱っこのようにして車から優を降ろした。  「ありがとう。…でも恥ずかしいよ。」  「(笑)まあ、いいじゃないか。初めてのドライブなんだし。」  「もう~(笑)。」  優は、『もう』と言いつつも、とても楽しそうにいる。その笑顔が何よりも有李斗は嬉しい。  「歩けるか?」  「うん。ゆっくりならちゃんと歩けそう。」  駐車場から公園を抜け、ゆっくりと川沿いの歩道まで行く。途中、公園から歩道に上がる所が少し坂になっていた。有李斗は、優を抱き上げ歩道まで上がった。腕の中の優を見ると、顔を赤くしながら頬を膨らませていた。  「どうした?何で膨れているんだ?」  ニヤリとしながらわざと聞いてみた。  「恥ずかしいの…さっきも言ったよ?」  言葉の後半は小さな声で顔を隠しながら言った。  「恥ずかしがる事なんかないじゃないか。誰が何を言おうと、お前の身体の方が大事だからな。」  「もう、有李斗はすぐにそう言うの(笑)。でも、いつもありがとう。」  優の言葉を聞く頃には歩道へ着いていた。  「この先をしばらく行くと橋があってね、それを渡ってあっち側に行くの。それで少し歩くと右手に菜の花畑があるんだあ。秋はコスモスなんだって。」  「そうか。じゃあ行こう。辛くなったら言えよ?」  「うん。」  2人でゆっくり歩く。景色を見ながら有李斗が両腕を上にあげ、大きく伸びをした。  「ふう。やっと外で一緒に歩けるようになったな。俺はこれが夢だった。」  「うん。僕も同じだよ。有李斗と、ゆっくり色んなものを見たかった。……ねえ、手、繋いでいい?」  2人で手を繋いで歩く。まだ朝晩は寒いが、日中は晴れていればポカポカと暖かい。上着も薄手のものでいいくらいだ。歩道の両サイドの雑草が随分と深い色の緑になってきている。川沿いの桜の蕾も、もうすぐ咲きそうである。  「もうじき桜が咲きそうだな。これも一緒に見に来ような。」  「うん。楽しみ。」  「ああ。」  しばらく行くと、右手に菜の花畑が見えた。  「ほら、あそこ。この間、お買い物へ行った時に多田さんに教えてもらったの。」  優が指をさし、有李斗に教える。  「あの黄色い所だな?」  「うん、そう。この間よりもたくさん咲いてる~。」  菜の花畑の目の前まで来て有李斗が言った。  「凄いなあ。菜の花をこんなに見たのは初めてだよ。」  「綺麗だねえ。」  「ああ。優、写真を撮るか。」  ズボンのポケットからスマホを取り出した。  「いいの?有李斗、写真は苦手なんじゃない?」  「今まではな。でも、こんなに綺麗なんだぞ。それに、お前と初めて2人きりでの外出だ。記念に1枚欲しい。」  有李斗から写真を撮るだなんて優は初めて言われた。それがとても嬉しくて、また有李斗の意外な部分が見られて、本当に今日は特別な日だと感じた。  「うん。こうかな?有李斗、こんな感じ?」  優がスマホの画面越しに一生懸命、2人と菜の花畑の綺麗に映る位置を探していた。  「いいんじゃないか?」  「じゃあ撮るね。ハイチーズ。」  スマホを自分の手元まで持って来て、優は確認をする。  「ちゃんと撮れたよ。」  ニコニコしながら有李斗にも見せる。  「ああ、いい感じだな。これをPCに入れて写真にすればいい。それを部屋に飾ろう。」  「本当?いいの?」  「ああ。記念の1枚だからな。」  「嬉しい。有李斗、こっち向いて。」  有李斗の頬にキスをしながらスマホのシャッターを押した。画像を確認する。  「フフフッ。僕の大切な1枚出来た~。」  優の手の中にあるスマホの画面を、有李斗は横から覗いてみた。  「優~。」  「エヘヘ。だって欲しかったんだもん。インターネットでね、みんなこう言うのを撮ってるの。もちろん僕はネットには載せないよ。僕が大切に持っていたいの。」  「そうか。その代わり、多田にも誰にも見せるなよ?俺とお前の秘密な。」  「うん。」  その後は、菜の花の写真を数枚撮った。ここに来てから優はずっとニコニコしている。  【あいつの笑顔で癒される】  優が、菜の花をマジマジ見ているのを少し離れた所から見ている。  「有李斗~、見て~、てんとう虫さ~ん。」  優に呼ばれ、傍まで行く。  「どれどれ。」  優の顔まで近付くと、顔を覗き込んでからキスをした。  「んん…有李斗…」  そして、唇を離してから言った。  「今日は、ありがとうな。とてもいい日だ。」  恥ずかしいながらも優は答えた。  「喜んでもらえて良かった。――もう少し歩こう?」  「身体は大丈夫なのか?」  「うん。有李斗と楽しい事してるから痛いの飛んでっちゃう。」  「そうか。でも無理はするなよ?」  「うん。」  少し先まで歩いてから、来た道を戻って車に着いた。  「ふう。今日はたくさん歩いたね。」  「ああ、そうだな。もうこんな時間か。昼を食べはぐってしまったな。お腹空いたろ?」  「そう言えば(笑)。この後どうする?有李斗は行きたい所ある?」  「そうだなあ。まずは食事にしようか。と言っても、食事の場所もあまり知らないんだ。この間みんなで行ったファミレスにでも行くか?」  「うん。そうだね。あそこなら色んなものがあったしね。」  「ああ。じゃあ、行こうか。」  以前、大たちと行ったファミレスに行く事にした。店内に入って席を案内される。  「何しよう~。こんなにたくさんあると迷っちゃうよね。」  「そうだなあ。たまにはパスタでも食べるか。」  「僕もそうしようかな。あっ、でも有李斗、全部食べられる?ここに、パン二切れだけって言うのもあるの。それにサラダも付くって。これを1つ頼んで、甘い物も頼むって言うのはどう?」  どれどれと、優が言っていたものを有李斗も見てみる。  「それいいなあ。それに飲み物を頼んで、小さめの甘い物を頼むか。」  「うん。そうしよ?」  「ああ。」  2人は相変わらず食べる量が少ない。パスタセットを1つ注文して半分ずつ食べる事にした。その他に小さめの甘い物とドリンクバーを注文した。  「そう言えば、みんなで来た時、大、凄い食べてたね(笑)。」  「そうだな。でもあいつはデカいからな。あのデカさを維持するには、あのくらい食べないと無理だよな。それに普段は、ほとんど昼が食えてないんじゃないか?まあ、その辺は多田が上手くやっているんだろうが、それでもあの仕事量で昼食わないのは少し心配だな。」  「有李斗は本当に大が大切なんだね。多田さん並みによく見てるなあ。」  「そうか?」  「うん。」  有李斗は少し照れ臭いのか、話しながら席を立ち、飲み物を取りに行こうとする。  「飲み物を取りに行こう。」  「あっ、うん。」  【フフフ。有李斗、照れてる(笑)】  「有李斗はやっぱりコーヒーなんだね。僕は何しようかな~。最初は紅茶にしようかな。」  飲み物を取り、座ったところに料理が来た。楽しく会話をしながら食事を終え、会計を済ませて車に乗った。  「美味しかった~。有李斗、ごちそうさまでした。」  「お腹いっぱいになったか?」  「うん。食べ過ぎちゃったよ。」  「それなら良かった。それでな、この後なんだが、少し遠出をしないか?」  「いいよ。どこ行くの?」  「着いてからのお楽しみだ。」  「分かった。楽しみ~。」  近くから高速道路に入り、海の方へ向かう。優は、窓から見える景色が楽しいらしく、気になる建物たちを見ながら『あれ何だろう』と言っていた。しばらく車を走らせて行くと海が見えてきた。  「わあ~。有李斗、あれって海?」  「ああそうだ。」  「僕、初めて見た~。凄いね~。」  優は、初めての海に興奮している。  「本当に大きいねえ~。」  高速を降り、海岸へ降りれる場所の駐車場へ車を停めた。  「寒いだろう。」  有李斗はそう言うと、車から上着を出し、優に着せた。  「ありがとう。有李斗のは?」  「あるよ。海へ来られたらいいなと思ってな。持ってきたんだ。来られて良かった。」  「ありがとう。有李斗がそんな風に考えてくれていたなんて分からなかった。早く行こう。」  有李斗と手を繋ぎ、海へと行く。  「広いね~。本当に海ってこんなに広いんだねえ。」  「そうだな。俺も久しぶりに来たよ。――優、こっち向いて。」  優を呼び、自分の方へ向かせる。  「優、婚姻届けにサインしてくれてありがとう。本当にサインしてくれるのか怖かったんだ。もし、してもらえなかったらって思ったら凄く怖かった。優がサインしてくれた時、ホッとしたよ。これからの長い人生、色々あるかもしれないけど、よろしくお願いします。」  話をしている有李斗を、優は大きな目でジッと見ていた。有李斗が一生懸命話している時の優の姿だ。有李斗が一生懸命話す時、優も真剣に全身で聞く。――そして、優が答える。  「僕の方こそ、よろしくお願いします。僕は、やっと外に出られるようになったばかりだから見るもの全てが初めてで、この海だって今日初めて見た。だから知らない事で有李斗に迷惑をいっぱい掛けちゃうかもしれない。そうしたら、ごめんね。その時はちゃんと言ってね。」  「いや、俺もお前と大して変わらん。一緒に経験して歩いて行こう。」  優を自分に寄せ、強く抱きしめた。その後ろでは、波の音だけが響いていた。しばらく抱きしめ合っていたが、砂浜を歩き、貝殻を拾ったり、砂浜にいたカニを見たりと楽しい時間を過ごした。  「どうだ?海は楽しかったか?」  「うん。夏にもう1回来た~い。夏って海で遊ぶんでしょ?」  「ああ。俺は焼けるのが嫌いだから来なかったが大は好きそうだぞ。学生時代、友達と来ていたようだったから。今年の夏はみんなで来てみるか?それとも2人だけがいいか?」  「う~ん…。明るい時間の海は遊んだり、美味しいもの屋さんで過ごすんでしょ?だから、みんなで来たい。でも、夜は有李斗と2人の時間が欲しいな。静かに夜の海をちゃんと見たいから。夜の海って不思議な感じ。嫌な事とか苦しかった事とか、誰にも分からないように全部持ってってくれる感じがするの。」  既に暗くなった海を眺めながら、そう話す。  「そうだな。夜の海は不思議だな。自分自身とゆっくり話せそうな気分になる。そして、お前の言う通り、心の不要なものを持って行ってくれる。そんな気はするな。今年は海へ来る、そう計画を立てよう。――しかし色々あったな。やっと今みたいにいられる。あの日々は、何度も時を恨んだ。お前と、ただ静かに居たいだけなのに、色んなものに邪魔をされている気がして。次は何に邪魔をされるんだろうと、ずっと考えていたよ。長かったな。やっとお前を独り占めできる。」  この時期の浜辺は夜になると寒い。有李斗は、優が寒くないように後ろから手を回して、くっ付いて座っている。そして、優の首元にキスを落とし顔を埋める。  「いい匂いだ。お前の匂い。俺にしか分からない俺の為の匂い。これがなかった時は本当に苦しかった。息が出来なかった。やっと俺のもの。」  「うん。僕が今感じてる有李斗の温もりは全部僕のもの。僕のだからね?」  「ああ。俺は全部お前のものだ。」  「うん。」  しばらく海を眺めていたが、かなり冷えてきたので車へ戻る事にした。  「かなり寒くなってきたな。すぐに温まるからな。それまではこれも着ていろ。」  「でも、有李斗が寒いよ。」  「俺は大丈夫だ。お前が風邪を引いたら困る。だから、これを着て。それとこれな。ココアで良かったか?これで少しは温まると思う。」  「うん。ありがとう。」  優にココアを渡し、車を走らせる。  「さて、この後はどうするか。お腹減ったか?」  「それがね、お昼をあんなに食べちゃったから、あまりお腹空いてないの。」  「そうだよな。実は俺もそうなんだ。寒いしなあ。酒でも飲みに行くか。」  そう言うと、何処かに電話をしていた。話を聞いていると、何処か泊まる所らしい。  【う~ん…】  電話を終えた有李斗に聞いてみた。  「有李斗、何処行くの?」  「内緒(笑)。」  「もう(笑)。」  優は、有李斗が何処へ行こうとしているのかは分からない。でも、それが楽しくて仕方ない。今はもう、何も気にせず2人で何処まででも出かけられるのだ。ニコニコしながら有李斗の運転している姿を見る。いつもよりかなりラフで、昼間はサングラス、夜はメガネ姿。仕事の時の姿も見ていて飽きないくらい好きだが、こちらの姿も負けてはいない。優の中で、どんどん有李斗の好きな姿が増えていく。  「そんなに見るなよ。俺が穴空いたらどうするんだ?(笑)」  「だって。うん。穴空いたら困るね(笑)」  「そんなに見るのは、ベッドの上で見てくれ。」  「もう。また~(笑)」  有李斗が、そう言う言葉を返してくる時は、優の胸はドキドキが激しくなる。  【有李斗に聞こえちゃったらどうしよう】  そう思いながらいつも隣にいる。  海から走り始めて1時間くらい経った頃、あるホテルに着いた。  「ここ?」  「ああ。」  「こんな綺麗な建物、見た事ない。」  「ここは時々仕事で使っていたんだ。下にBARもあってな。静かに酒が飲める所だ。上はホテルになっている。」  「へえ。凄いねえ。みんな偉い人ばかりみたい。僕、入ってもいいの?」  「そんな事を気にしているのか?お前が入っちゃいけない所なんてないぞ?それに俺の奥さんだ。何の問題もない。」  「うん。」  「じゃあ、車から降りましょうか。」  有李斗が車から降りると、車の傍にいた係の人が優の方のドアを開けた。優は、どうしていいか分からず有李斗の顔を見る。  「ここは俺がやるから。これカギだ。よろしく頼むよ。」  有李斗は、車のカギを係の人に渡している。そして、優の所へ来てエスコートをする。  「奥さま、着きましたよ。さあ、お手をどうぞ。」  優の前に手を出し、その上に優の手を置くように言う。  「あ、ありがとう…ございます。」  恥ずかしそうに有李斗へお礼を言う。  「いいえ。さあ、行こうか。」  「うん。」  優の手を握り、そのままフロントへ行く。  「先程電話した早瀬だが。」  そう伝えると、支配人らしき人が来た。  「お久しぶりでございます早瀬さま。最近、全然いらっしゃらないので、どうしたかと思っておりました。」  「ああ、仕事が替わったので。」  「そうでしたか。今日はお仕事ですか?」  「いや、今日は妻と一緒に利用させてもらうよ。」  「え?ご結婚されたんですか?」  「ああ。」  「そうでしたか。おめでとうございます。」  「ありがとう。」  「では、こちらにご記入お願いします。」  そう言われ、有李斗は1枚の紙に名前を書いている。  「有李斗、それなあに?」  「これか?これはな、何処のどんな人が泊まるのかホテル側が把握しておく為に書くものなんだ。こうしておけば何かあった時に、泊まった人たちの連絡先が分かるだろ?」  「へえ。凄いねえ。確かにそうだね。へえ~。」  有李斗の説明を聞きながら忘れないように、もう一度聞いた事を頭の中で考えた。その様子を見た有李斗は微笑みながら言った。  「覚えたのか?そんなに真面目に勉強しなくてもいいんだぞ(笑)。」  「う~ん。でも新しい事はちゃんと覚えないと。」  「そうか。それじゃあ、次の勉強な。優も書いて。」  「は、はい。」  優に有李斗が書いていた用紙を渡す。  「ここに名前を書いて。」  そう言ってはみたが、優の手にストップをかける。  「優、広川じゃなくて『早瀬 優』って書くんだぞ?」  「あっ。…。」  有李斗にそう言われ、急に顔を赤くしてペンを持った手が止まった。  「どうした?」  「だって~。」  緊張のせいか、顔を赤くして目が潤んでいた。  【優…。その顔は…】  優の顔を見て有李斗が一瞬止まった。  「有李斗?」  「うふんっ。いや…。うん。早瀬 優って書けよ?」  「は…い。」  優は、恥ずかしいのと緊張で手が震えていたが、それでも頑張って書いていた。有李斗は自分の理性を耐えていた。  「か、書いた…。」  書いたものを有李斗に渡す。  「よく書けました。」  優の頭を撫でてから用紙をフロントへ出した。  「よろしく頼む。」  「はい。このままお部屋に行かれますか?」  普通は部屋へそのまま案内されるが、有李斗は今まで仕事で利用していたのがほとんどだったので、部屋には行かず会食の場へ行く事が多かった。  「そうだなあ。優、一度部屋へ行くか?それともBARへそのまま行くか?」  「う~ん。お部屋に行っちゃうと、休憩して眠くなっちゃうかも(笑)。」 「そうだな。今日は海も行ったしな。まあ、優は酒飲めないし、そんなに長居はしないしな。このまま行ってしまうか。」  「うん。」  「このままBARへ行く。カギだけもらっておこうか。」  「はい。かしこまりました。こちらが、お部屋のカギでございます。」  「ありがとう。よし、じゃあ行こうか。そうだ。悪いが、この荷物だけ部屋へ運んでおいてくれ。」  車からバッグを一緒に持って来ていた。それをベルスタッフ(ベルマン)に渡す。  「お預かりします。それではお楽しみ下さいませ。」  「ありがとう。優、行こうか。」  「はい。」  優の手を繋ぎ、有李斗は歩いて行く。何処を歩いても有李斗は人目に留まる。有李斗の姿を女性たちが目で追っていた。  「あ、有李斗?何かみんな有李斗を見てて…。僕どうしていい?」  一度歩みを停める。  「どうしてとは?別に周りを気にする必要なんてない。お前は俺の傍にいればいいんだぞ?何を気にする事がある。」  「あっ、は、はい。」  それでも優は気になってしまう。  【これに慣れないとなあ】  そう思いながら有李斗と歩く。BARへ着き、席へ案内される。  「こちらのお席でよろしいですか?」  「ああ、ありがとう。水割りもらおうか。優はどうするか。お酒飲むと何時ぞやのようになるからな(笑)。」  多田と一緒に二日酔いになった時を言っている。  「言わないで(笑)。もう。――じゃあ、どうしよう。」  「あっ、そうだ。あっちから、ここが見えるか?この子に合ったノンアルコールのカクテルをお願いするよ。優、あのカウンターの中の人の方を向いてごらん。」  「ん?は、はい。」  何の話をされているのか分からなくて、少し慌てて有李斗が言った方を見た。  注文を聞いてくれている人が手を上げている。それを見たカウンターの中のバーマン(バーテンダー)がこちらを見た。  「はい。かしこまりました。少々お待ちください。早瀬さま、いつものをお持ちしてよろしいですか?」  「ああ、頼む。」  「かしこまりました。」  その横で、優はジッと見ていた。  【全然分かんない。ここへ来た時から今まで、何から何まで全然分かんないよ~。そ、そうだ】  ポケットからスマホを出し、多田へメールをした。    『有李斗とお出掛けしてて綺麗なホテルに来たんだけど、何だか全然分かんないの。有李斗はね、色々教えてはくれるんだけど…。傍にいればいいって言うんだけど何も分からなくて。どうしよう多田さん。』  すぐに返信が来る。 『大丈夫ですよ。有李斗さまの言う通り、傍にいればいいんです。優はただ、有李斗さまとの時間を楽しめばいいんですよ。ちゃんと楽しんで。明日、お話し聞かせて下さいね。楽しみにしています。』  そう書いてあった。それを読んだあと、お礼の返事を返した。しかし、そうは言っても落ち着かない。その間に飲み物が来た。有李斗はいつもの水割り。優は、ピンクとブルーの二層になっている綺麗な色の飲み物が来た。  「わあ、綺麗~。写真撮ってもいい?」  「ああ、いいよ。」  「そうだ。」    『写真送ります。これ、お酒じゃないの。こんなに綺麗な飲み物、初めて見ました。』  これに写真を添付して多田へメールした。  「誰に送ったんだ?」  「多田さん。」  「何?多田に送ったのか?」  「うん。」  【すぐに居場所が分かるな】  そして、多田からの返信が来た。    『良かったですね。楽しんで。』 そう書いてあった。優もすぐに返信をした。すると有李斗が飲み物を勧めてきた。  「さあ、早く飲んでみろ。」  「うん。頂きます。」  最初は口を付けて少しだけ飲んでみた。  「わあ。美味しい~。甘いの。」  「そうか。良かった。お前のイメージで作られているんだぞ。」  「そうなの?これが僕なのかあ。」  「そう綺麗な色に見えるって事だ。」  「何か恥ずかしい…。」  その後、優は有李斗の水割りをジッと見ている。  「飲みたいのか?」  「あれから飲んでなくて、今もやっぱり飲めないのかなあなんて。アハハ。」  少し照れながら有李斗に話す。  「じゃあ、舐めるだけな。」  「うん。」  有李斗のグラスを持ち、以前のように、先ずはグラスの中をジッと見る。グラスを少し傾け、縁まで流れてきたお酒を唇に付け、それを舐めてみた。  「うじゃ。やっぱり…。もう返すね。ありがとう。」  有李斗にグラスを返し、自分のものを急いで飲んだ。  「あ~、美味しい~。」  「アハハ。やっぱりダメだったか。」  「うん。唇がヒリヒリする~。」  自分の唇を手でパタパタと扇いでいる。それを見て、優の頭を有李斗は撫でた。  「無理して飲むな。」  「うん。」  そして、有李斗のお酒と一緒に持ってきたものが優の目に入り、指をさす。  「あれ?これって。」   「ああ。定期的に多田が俺用に置いていたんだ。今も置いていたんだなあ。」  それは、家の冷蔵庫にも入っている、有李斗の好きなあのチョコレートだった。  「そうなんだね。それでさっき、いつものをって言ってたんだね。」  「ああ。まさか今日もあるなんて思わなかった。」  「さすが多田さんだね。」  お酒の時間を楽しみ、お店を出た。このホテルには色んなブランドのお店が入っている。部屋へ行く前にお店を見て回った。  「優、明日の着替えがないんだ。服を買って行くか。」  「ええ~?もったいないよ。お家に帰れば着替えられるし、明日ならこの服で大丈夫だよ。」  「う~ん。そうは言ってもなあ。明日、親父の所へ行って欲しいって話はしたろ?それに官邸にも行くしなあ。家へ戻るのも面倒だしな。ここで服も手土産も支度して、そのまま行こうかと思ったんだが。」  有李斗が言っている事も分かる。一度家へ戻ってしまうと出掛けるのが億劫になってしまう気はする。  「分かった。じゃあ、そうしよ?」  「ああ。優はスーツを持っていなかったな。見に行こう。」  「え?ええ~?」  何故か今日の有李斗は、思いついたまま行動をしてくる。  【どうしちゃったかなあ?】  「ちょっと待って。ねえ有李斗、落ち着いて。何をそんなに焦ってるの?僕は何処にも行かない。僕たちはもう離れる事はないんだよ?大丈夫。ね?だから落ち着いて。」  有李斗の両手と自分の両手を繋いで、有李斗の正面から話をする。  「焦ってはいない。と思うんだが…。ただ…」  「ただ?」  「ただ、…いや、何でもない。部屋で話す。だから今は服を見に行こう。」  「う~ん。あとで、ちゃんとお話ししてくれる?」  「ああ。ちゃんとする。」  「分かった。でもゆっくり歩いて?」  「ああ。悪い。」  有李斗がこうなる時は、必ず不安を抱えている時だと優は分かっている。きっと2人でいられる事が本当なのか不安なんだと優は感じていた。  「ここにしようか。」  「うん。じゃあ、お願いします。僕は、こういう服は着た事ないし買った事もないからよく分からないの。だから有李斗、教えて?」  今みたいな有李斗の時は、全部お任せをした方が安心すると優は知っている。  「ああ。サイズを計ったりするから店の人に見てもらおう。――妻に合ったものをお願いしたいのだが。」  店員へ、優に合う色のものを見てもらう事にした。  「はい。かしこまりました。それでは、お客さま、こちらへどうぞ。」  優は、店員に案内され別室へ行った。有李斗は待っている間、店内を見ていたが、しばらくして異変が起きた。何となく身体が変な感じがする。  【何だか気分が悪いな】  少しずつ身体が震えてきた。それを見ていた店員が声を掛ける。  「お客さま、如何なさいました?」  「いえ…。すみませんが妻を呼んで頂けませんか?」  店員にそう伝えた。そして店員が優に伝える。それを聞いた優は、急いで有李斗の所へ来た。  「有李斗?」  有李斗の顔を見る。  【え?】  有李斗の目が光っていた。  「優、まずい。目が熱い。」  「うん。大丈夫だよ。僕がいるから。」  有李斗の背中を擦りながら、優は優しく言った。  「すみませんが、先程のお部屋をお借りしてもいいですか?」  「え、ええ。この時間ですから構いませんよ?どうぞ。」  有李斗を抱えて急いで部屋へ入る。  「すみません。カギを掛けさせてもらいますね。」  「は、はい。何かありましたらお声をお掛け下さい。」  「ありがとうございます。」  そう言ってドアを閉めカギを掛けた。  「有李斗、こっち見て。メガネ外すね。あと、シャツ脱いでおこうね。」  「ああ。悪いな。どうして今頃。優、目が熱い。」  「うん。そうだね。でも大丈夫。僕の目を見てて。――有李斗、さっき言いかけて止めたお話しあったでしょ?それを話してもらえない?」  「特に大した…話じゃ…ないんだ。こうやって優と2人で…外へ出られる事が実感が…ないって言うだけだ。ただ…ふと夢なんじゃないかって…思いが…過る。優、羽出るかも…」  「うん。いいよ。大丈夫だから。誰も見てない。あっ、ちょっと待って。」  優は自分のポケットからハンカチを出す。それを、室内にあった防犯カメラにかぶせた。  「有李斗、いいよ。これなら大丈夫。」  優の『いいよ』の一言で、有李斗の背中から羽が出る。  「はぁ、はぁ。」  「有李斗。心配しないで。僕はここにいる。明日、有李斗のお父さんに結婚しますって言いに行くんでしょ?だから僕はずっと有李斗の傍。ね?」  有李斗に抱きついた。  「僕の旦那さま。」  一言言ってキスをした。  「んん…。優…」  「ちゃんと僕を充電して元気になって。」  そのままキスを続けた。そのうちに震えが止まり羽も収まった。有李斗は、その場でぐったりとしていた。  「お客さま、大丈夫ですか?」  店員が心配し、ドア越しに声を掛けてきた。  「はい大丈夫です。申し訳ないのですが、お水を頂けませんか?」  「はい。少々お待ちください。」  その間に、優は先生に電話をする。  「はい。どうしたのこんな時間に。」  突然の優の電話に先生が驚いた。すぐに今の状況を説明する。店員が水を持ってきた。  「先生、ちょっと待ってて。」  先生との話をストップし、お水を受け取る。もう大丈夫だと思い、ドアのカギは閉めずにそのまま話した。  「有李斗、お水ね。飲んで。あと自分で服着れる?寒いからね。」  「ああ。悪かった。こんなつもりじゃなかったんだが。」  「うん。分かってる。そのままゆっくりしててね。」  有李斗にお水を渡し、様子を見ながら先生との話を続ける。  「先生、ごめんね。でね、多分原因はそれかなって思ってるんだけど、この後、別にここへお泊りしてても大丈夫だよね?明日ね、有李斗のお父さんの所へ行くから、そっちへは帰らないの。それとも帰った方がいいものなの?」  先生と話しながら有李斗の着替えを手伝う。  「優、電話してていいぞ。」  「うん。」  「別にこの後、部屋へ行くんだろうし、そのままでいいんじゃない?もしお父さんの前で同じ事が起きても、お父さんだから気にする必要ないと思うし。運転中なら端に車を停めればいいんだし。それとも僕が迎えに行った方がいい?気持ちの問題だからさ。気分が落ち着けば大丈夫なんだけど。まあ、帰ってきたら勿論、診察はするよ。せっかくだから、そのまま楽しんでおいでよ。」  「分かりました。じゃあ、そうするね。この話、大と多田さんには黙っててね。特に多田さんは心配するから。」  「うん。分かったよ。あのさあ、有李斗くんに代われる?」  「はい。ちょっと待っててね。」  有李斗の方へ電話を渡しながら言う。  「先生が、有李斗とお話ししたいだって。」  「ああ。もしもし。こんな時間にすみませんでした。」  「いいよ~。ドクターなんていつ呼ばれてもいい24時間営業なんだから(笑)。それで落ち着いた?」  「ええ。大分、落ち着きました。」  「うん。今日のそれさあ、有李斗くんの不安からくるものだからね。」  「はい。」  「有李斗くん、よく聞いて。大丈夫だから。2人はさあ、色々あったけど、もう大丈夫だから。1人で不安になる事はないんだよ?何かあっても僕たちもいるんだから。分かった?」  「はい。」  「今日は、ちゃんと楽しみなさい。いいね。君は1人じゃない。ちゃんとみんなが傍にいるから。分かった?」  「はい。分かりました。ありがとうございます。」  「うん。じゃあ、優くんに代わってくれる?」  「優、先生が代わって欲しいって。」  店員にお礼を言っている優を呼ぶ。  「は~い。もしもし先生?」  「優くん。今日はそこで楽しく過ごして。大丈夫だから。ずっと向こうで1人だったから、心の変化に少し時間がかかってるんだと思うんだよ。僕からも大丈夫だからって話してあるから。だから、そのまま楽しんで。また何かあったら電話くれていいから。その時は時間関係なく電話寄越して。」  「分かりました。先生ありがとう。お土産買って行くね。美味しそうなお菓子売っているお店があったから買って行くね。」  「楽しみに待ってるよ。じゃあ、優くん、有李斗くんの事お願いね。」  「は~い。おやすみなさい。先生ありがとう。じゃあ、明日ねえ~。」  先生との話を終え、有李斗の様子を見る。  「優、悪かったな。」  「ううん。有李斗が何となく焦っている気がしていたから。有李斗はもう立てそう?」  「ああ。ゆっくりなら。まだ服、決めてなかったろ?続きお願いしよう。この服だけは買って行かないと、お店にも悪いしな。」  「うん。そうだね。」  店員に丁重にお詫びをして、優のスーツを見てもらう事にした。そして、有李斗も1着買う事にした。優が終え、2人のネクタイを選ぶ。スーツの方は両方とも明日のチェックアウト時には仕上がるそうなので、その時間に合わせてスケジュールを考える事にした。  「それじゃあ、よろしくお願いします。今日は本当に御迷惑をお掛けしました。」  「いいえ。ありがとうございます。明日のご来店をお待ちしております。今日は、ゆっくりお休み下さい。」  「はい。」  買い物を終え、部屋へ行く事にした。エレベーターへ乗り、有李斗が優に寄り添う。  「さっきは悪かったな。今頃こんな事になるなんて思わなかったよ。すまなかった。」  「謝らないで。有李斗は何も悪い事してないよ?僕がちゃんと気付いてあげられなかったから。ごめんね。」  優は、有李斗の腕を擦る。そうしているうちに、エレベーターは部屋のある階に着いた。  「さあ、降りよう。」  有李斗に付いて降りるが、何となく有李斗の足元が危ない気がした。  「有李斗、フラフラしてる。僕に捕まって。」  そう言っている優の顔が嬉しそうに見えた。  「嬉しそうだな。」  「うん。有李斗には悪いけど、こうやってまた有李斗にくっ付いていられるし、やっと有李斗のお世話できるし。嬉しい。」  「そうか。」  「うん。」  部屋に着き、中へ入る。とても広くて、奥の広い部屋に入ると、正面の窓がとても大きく、泊まっている街の景色が一望できた。  「わあ~。綺麗~。有李斗、綺麗だねえ~。上から見ると、こんな風に見えるんだねえ。うちは高い所にあるけど、前が森みたいだもんね(笑)。凄~い。」  「凄いなあ。こんな感じの所にあるホテルだったんだな。」  「あれ?有李斗はここに何度も来てたんじゃないの?」  優が不思議そうに有李斗を見る。  「ああ。でも景色なんて見てなかった。こんな正面にあるんだから見てたとは思うが記憶にない。その時は、記憶に留めるほどではなかったんだな。」  窓の外を見ながら、そう答える。  「そうかあ。じゃあ僕と最初ね。僕と初めて見たの。」  「ああ。お前とが最初だ。――優、今日は本当にごめんな。」  「ううん。謝らないで。こう言うのも2人ででしょ?」  「そうだな。」  「うん。」  少し話をした後、シャワーを浴びてゆっくりしている。  「今日は、色んな所に連れて行ってくれてありがとう。それに、こんな素敵な所にお泊りに連れて来てくれてありがとう。」  「喜んでもらえて良かった。まあ、最後のは失敗だったけどな。何飲む?」  冷蔵庫を開け、有李斗はワインを出して、優の飲みたいものを聞いた。  「えっ。有李斗お酒飲むの?大丈夫?」  「もう部屋だし。お前が傍にいるし。少しなら大丈夫だろ。」  「そう?それじゃあ。何があるのかなあ~。」  優も冷蔵庫の所へ来た。有李斗の横で一緒に冷蔵庫の中を見る。  「う~ん。あっ、これにしよう。レモン水のこう言うのもあるんだねえ。」  そのペットボトルを手にして有李斗の方を向くと、有李斗が優の向いてきた勢いを使って軽いキスをしてきた。  「ん?」  突然の事で優は目を丸くして有李斗を見た。その横で有李斗は知らない顔で冷蔵庫の方を見る。そして、ククッと笑っている。  「有李斗?」  「ん?」  「ううん。ありがとう。」  優は有李斗の頬にキスをして言った。  「何か、こう言うのもいいな。学生みたいで。」  「学生のと大人のとは違うの?」  「(笑)優は色々飛ばしての今だからな。俺がいきなり、お前を大人にしてしまったようなもんだ。すまん。」  ニコニコしながら優に謝った。  「そうなんだあ。学生だと有李斗とみたいなのはないんだあ…。ふん。」  優は、小さい溜め息をついて色々考えていた。  【そうなのかあ。あれより先がないって不安になっちゃいそう。でも、そこまでしないって事は知らないからだよねえ。じゃあ、大人のって言うのはいつ知るの?】  優がいっぱい考えている時はすぐに分かる。じっとして一点を見つめているからだ。  「何をそんなに考えているんだ?」  「学生の時は、あれより先はないんでしょ?じゃあ、大人のっていつ知るの?学校で教えてもらったり?ああ、お父さんやお母さんに?でも、そんなの見せたら恥ずかしいし、見せられた方も困るよねえ。相手が有李斗みたいに年上ならいいけど…。ん?じゃあ、有李斗は誰に教えてもらったの?」  優のこう言う想像力は、聞いている有李斗には可愛くて仕方がない。  「フフフ。お前は面白いな。そして可愛い。こう言うのはな、誰に教えてもらうって言うのはほとんどないんだよ。大人になるまでに自然と目や耳から情報として入ってくる。あとは、ドラマやアニメや映画、小説や漫画本からだな。あとは、詳しく載っている本だな。覚えているか?お前と最初に大の部屋を掃除した時の事。お前が本を片付けた時に、女の人が載ってる本があったって言ってたのを。」  「う~ん。何かそうだったような。確か、今度見つけたら触っちゃダメって有李斗に言われたような。」  大の部屋へ初めて行った時、部屋が散らかり放題の凄い事になっていて、行ってすぐに大掃除をした事を思い出す。そして、あの日に初めて有李斗と深いキスをした事なども思い出した。優は赤い顔をして下を向いた。  「そう、それな。って、どうした?」  「な、何でもない。それで、それがどうしたの?」  恥ずかしいのを隠しながら有李斗に聞く。  「ああ。まあ、そう言う本に色々細かく載っている。それらを見て、知識としてって事だ。」  「ふ~ん。でもそれを初めてする時も大変だね。」  「まあな。それで大体はそこを通って大人になっていくんだよ。…こんな話して悪かった。じっくりする話でもないな。すまん。」  当たり前だが、こんな話を人にした事はない。優が知らない事だと思って、つい深く説明をしてしまった。  「どうして謝るの?教えてくれてありがとう。僕は学校も行ってないから本当に知らない事ばかり。だから、どんな事でもちゃんと教えてもらえて良かったと思ってるんだよ?」  有李斗は知らない自分に教えてくれているだけなのに、どうして謝られるのか分からないでいる。  「まあな。でも、この手の話は人とはしないもんなんだよ。」  「へえ。そうなんだあ。でも、そうしたら合っているのか間違っているのか分からないね。」  「まあ、相手がこうやって…」  話の途中で有李斗が深いキスをしてきた。  「んん…有李斗?…んん…」  「こうやって、優みたいな反応をしてくれたら合ってるなと思って経験していくんだ。分かったか?(笑)」  「うん。分かった…。」  返答がさっきまでの勢いがなかったので、優の方を見ると、目がトロンとしていた。  「大丈夫か?」  「うん…」  その表情を見た有李斗は、優を自分の方に再度向かせキスをした。  「んん…」  「どうだ?気持ちいいか?」  「うん。」  「じゃあ、俺のは合っていたんだな(笑)。」  そして、続きをする。  「んん…」  優の身体が有李斗に寄り添ってくる。  「この後、どうしたい?」  有李斗が優の耳元で囁くように聞いてきた。  「有李斗ともっとこうしていたい。」  そう言うと、今度は優から有李斗にキスをした。  「んん…優…」  「僕のは合ってる?」  「ああ。合格だ…これ以上は…ダメだ。」  「どうして?」  「朝を忘れたか?今、この先をしたら明日が辛くなるだろう?」  お互いに、溶けそうな顔を見ながら話をする。  「でも…。」  「明日の夜までは無理か?」  「もう少し。」  優の言葉で有李斗は、そのまま続けた。  「んん…有李斗、もっと…」  「もっとか?俺の奥さんは欲張りだな。」  ニヤリとして、優の唇から離した自分の唇をペロリと舐めた。  「有李斗が、少し悪い顔してる(笑)。」  有李斗のその仕草を見て、そう一言言ってみるが、言葉を発している口と身体は全く違う反応をしていた。それに応えるように言う。  「あまり激しくしないつもりだが責任は取れんぞ?そこは覚悟しておけよ?」  優に言ってから続きを始めた。  「んん…はぁん…有李斗…」  「ん?」  「僕は、有李斗しかダメなんだからね…はぁ…有李斗以外はダメなんだよ…はぁん…」  「ああ。それでいい。お前が色んな過程を飛ばしていても、俺だけを知っていればそれでいい。」  「ん。はぁぁ…ダメ…そこは…」  「ここがダメなら、どこならいいんだ?」  「んん…分かんない…んあ…ダメ…もう…」  「まだダメだ。」  優が達してしまいそうだったので触っていた手を止めた。  「ヤッ…止めないで。」  「そんなに良かったのか?――ああ、止めないよ。本当に覚悟しろよ?」  有李斗が言ったその言葉に応えるかのように、優は有李斗の胸の中に顔を埋めた。  有李斗は、優の中にゆっくりと指を添えた。  「んん…そんなとこヤダ…ちゃんと…ふうん…」  「そんなに欲しいのか?」  「言わないで…はぁん…」  優の反応を見ながら指を進み挿れた。  「ヤッ…はぁぁ…アッ…」  反応が変わった場所に辿り着いた。  「ここだな?」  「んん…聞かないでぇ…でも指じゃイヤ…」  「指じゃ物足りないのか?」  「ち、違うの…有李斗とちゃんと繋がりたい…」  優のその言葉と表情を見て、有李斗の何かがプツリと切れた。  「優、俺の上に座って。」  ベッドの上に座った自分の上に乗れと有李斗が言う。  「うん。」  有李斗の言う通りに普通に座ってみる。  「俺のを自分で挿れて。」  そう言われても恥ずかしい。それでも、この雰囲気に呑まれているのか、言う通りに自分で挿れてみた。  「こう?はぁん…ヤッ…無理…」  無理と言いながらも、それでもゆっくりと腰を下げていく。  「はぁぁ…」  「上手いぞ。自分で動いてごらん。」  ゆっくり動いてみる。  「んん…こう?…でいいの?…あぁん…」  最初ゆっくりだった動きが、段々と激しさを増していった。  「優、自分で激しくしてるんだぞ?分かるか?」  「そ、そんな事ない…」  そう言いつつも激しくなるにつれて、優の手の位置も、有李斗の肩に添えていたものから、首に回して動きやすいようにしていた。  「優、自分で分かるか?誰にも教わらなくても、こうやってちゃんとできるんだぞ?」  「うん。はぁん…分かった…んや…」  優の答えを聞いてからキスをして動きを一度止めさせる。そして、優の背中に手を回しベッドへ寝かせた。濃厚なキスをしながら今度は有李斗が動き出した。  「あっ…はぁ…」  「んん…お前の中が熱い…」  「うん。有李斗のも…熱いよ…んあぁ…」  「ああ。」  有李斗が答えた後、動きが早くなってきた。  「ヤッ…はぁ…ヤッ…ん…」  「これはどうだ?」  「はぁぁ~、イヤ…おかしくなる~…」  「それでいい。おかしくなれ。」  「ダメ…んあっ…もう…はぁ…」  「いいよ、自分のタイミングで…」  「んあっ…はぁぁ…ダメ…イクッ…ダメ…ヤッ…イクッ~…」  優は先に達してしまったが、有李斗は動きを止めない。  「ヤアッ…有李斗、僕は…ダメ…」  達したのに動きを止めない有李斗に戸惑っている。  「しっかり俺にしがみついてろ。」  有李斗に言われた通りにした。  「ハッ…ハッ…俺も…イクッ…くっ…うっ…」  有李斗が達したと同時に羽を出した。と言うよりも羽の方が自ら出た。  「はぁ、はぁ。」  「ダメ…僕もまた…イッちゃう…んやぁ…ヤッ…出るッ…はぁぁ~」  有李斗のあと、優が再度達した。  「はぁ、はぁ、はぁ。」  「優、大丈夫か?」  「うん。」  部屋に2人の荒い呼吸が響く。  「有李斗の羽。カッコイイ。」  「そう言ってくれるのは、お前だけだ。しかし、まさかこいつが出てくるとはな。」  「そうだね。有李斗は最初から自分でコントロールしていたもんね。」  優が有李斗の羽を触りながら答える。  「んん…、優、それ以上は…」  有李斗に羽を触るのを止めるよう言われたが、優はそのまま優しく付け根を触った。  「おいっ、優…はぁ…ダメって…んん…」  有李斗の反応を見て自分の羽も出した。そして、自分たちを包むように、有李斗の羽に自分の羽の端を絡めた。  「ひゃっ」  優は大した事ないだろうと思って自分からしてみたのだ。しかしとっさに大きな声で反応してしまった。でもそれは優だけではなかった。  「はぁん…優、お前…」  顔を見合わせた2人は、お互いに溶けそうな顔になっていた。  【有李斗のこんな顔、僕の子になった時以来だ】  あの時は、ベッドの上での自分と有李斗の立場がまるで逆になったような感じだった。その時と同じ表情をしていた。  「ごめんなさい…。人の手で触れるわけじゃないから大丈夫と思ったの。」  自分の羽を外し、有李斗に謝った。  「別に謝る事はないんだが…。」  今日、何度目かのニヤリとして優を見た。  【ん?】  今、事が終わり落ち着いたところ。でも自分のちょっとした事が、有李斗の理性を刺激してしまったのかと感じた。  「有李斗?まさか…。」  有李斗の横から逃げ、ベッドから降り、窓の方へと行った。その後ろを有李斗がゆっくりと歩いてきた。  「優、分かっててやったんだよな?」  「ち、違うもん。本当に知らなかったんだって。」  「ふ~ん。」  有李斗は優を窓まで追い詰めると、正面からキスをし、抱きしめながら自分の羽を優の羽に絡めた。  「イヤ…ごめんなさい…はぁん…はぁ…」  「お前の良い声が聴けるのは嬉しいが、俺もマズいなこれは…んん…」  さっきの優と同じように、仕掛ける側もそれなりの事になってしまう。この辺で止めておこうと思った。しかし、優の良い顔と声で行為自体を止める事は出来ない。そのまま普通に続ける事にした。羽を触りながら首元にキスをしペロリと舐めた。  「ふぅん…」  優の声を聞くと有李斗も刺激される。もう一度、自分の羽を優の羽に絡めた。  「「はぁ…んん…」」  2人の甘い声が響き渡る。  「有李斗…ふぅ…ダメ…」  「ダメじゃないだろう…こんな…んん…はぁ…」  さすがの有李斗も、この流れでは言葉にならなくなる。  【これだけでイってしまいそうだ】  そう思うも、有李斗自身の身体が止めたくないと言っていた。優は、あまりの快楽で目から涙が伝っていた。  「はぁぁん…」  優は何か言いたそうだが言葉が出てこない。  「優、一緒に…んん…」  有李斗の声を聞いて優がしがみ付いてきた。有李斗は、今よりも羽の重なる部分を深くして絡ませた。  「「んぁ…」」  お互いの反応が激しかった。  「はぁぁ…はぁ…優…」  「ん…はぁぁ…んぁぁ~」  優は、有李斗に自分の名を呼ばれた声で大きく反応した。  有李斗も、優の声で反応をする。  「んくっ…はぁ…くっ…」  有李斗が達したあと、優が膝から崩れた。それをすぐに支える。しかし、有李斗も同じような感じで立っていられなかった。絡ませていた羽を解き、優を抱えたまま自分の羽を軽く羽ばたかせ、スッ~とベッドまで移動した。その様子を意識が飛びそうな中、優は見ていた。  「有李斗…?羽で…」  優が言おうとしている事への答えを有李斗が先に言った。  「ああ。俺も今、とっさに初めてやってみた(笑)。上手くいったな。」  有李斗の言葉に優は、笑顔で『うん』とだけ言って意識を飛ばした。有李斗もまた、そんな優を見て意識を飛ばした。               ☆☆☆☆☆  先に目を覚ましたのは有李斗だった。優を見ながら昨夜の事を思い出す。  【また無理をさせた…】  こんなにも優に無理をさせてしまい、自分の理性の弱さを知った。又、自分の羽のコントロールで、こんな近距離で飛べる事を知った。優は気にしていないようで、未だに優の飛んだところを見た事はない。有李斗は研究所で飛ぶ事を試していた。しかし、どうしても羽が大きく羽ばたいてしまうので、高く、遠くには飛べたが、昨夜のような近距離では出来た事がなかった。それに、普段は飛ぶ必要性もないので、それからは改めてやる事もなかった。  ベッドから降り、羽を広げ、昨夜のようにやってみる。一度やるとコツが掴めたのか、すぐに出来るようになった。  【あっちでは何度やっても出来なかったのに】  その様子をベッドの中から優が見ていた。  【きっと、自分で羽を出す時も、ああやって1人練習してたんだろうな…】  今、羽を使って飛んでいる事よりも、有李斗が初めて羽を出し、自分の意志でコントロールしていた事の方を思い、切なく感じた。  「有李斗、おはよう。」  練習をしている有李斗に声を掛けた。  「ん?あっ、起きたのか?おはよう。」  羽を使って、窓の方から優のいるベッドまで有李斗が飛んできた。  「有李斗凄いね。」  「こんな近距離でも出来るんだなと思ってやっていたんだが、まあ、普段は使わないからな。でもせっかく授かったものだから何かの時に使えたらと思ってな。」  「そうなんだあ。有李斗は何でも出来るね。僕は怖くて練習もした事ない。」  「俺だってこんな事やっていいのか迷う。でも、こいつも俺の一部だからな。使ってやらないと可哀想だろ?それに、昨日の夜のような使い方もあるしな。」  ニヤリとして優を見た。  「もう…。」  優は恥ずかしいらしく布団へ潜った。その中へ有李斗も潜る。  「優?」  「…。」  優の顔まで近付き、軽くキスをした。  「帰って来てから、無理をさせてばかりで悪かった。辛くないか?」  「身体は、まあ…だけど平気。有李斗といられて嬉しいから。有李斗こそ大丈夫?」  「ああ。店での事も、その後の事も、どちらも大丈夫だ。心配かけたな。」  再度、優にキスをして掛けていた布団をどかした。寝ていた優が座る。何故か両手を広げ、何かに集中していた。  「優?」  優の背中から羽が出た。そのまま一点を見つめながら何かに集中する。  「やっぱり出来ない。有李斗みたいに飛べないや僕。」  有李斗がやったように、優も羽を使って飛んでみようと思ったようだった。  「(笑)今急にやって出来る方が凄いぞ。俺だって、かなり練習したよ(笑)。そんなにやってみたかったのか?それなら俺が教えてやるが、無理にやる事はないんだぞ?」  「うん。ただ何となくなの。やってみようかなあ~くらい。」  「そうか。そうだ…。」  有李斗は、座っている自分の上に優を抱きかかえた。そして羽を使い、静かに羽ばたかせる。するとフワッとベッドから浮いた。  「え?有李斗?僕たち浮いてる。」  「ああ。」  一言だけ返事をすると、ベッドに降りた。  「やっぱり、これが限界だな(笑)。もしかしたらと思ってやってみたんだが、やはり、そう簡単にはいかないよな(笑)。」  座った状態のまま、優と一緒に飛べたらと頭の中に過りやってみた。しかし、何処に集中すればいいのかが分からなかったので、一瞬しか出来なかった。まだ、小さい空間では無理があるらしい。  「ううん。凄~い。こんな事も出来ちゃうんだねえ。あのね、僕、今もこの羽、凄く嫌いなの。どんなに時が経っても好きになれなかった。でも、有李斗が今もこの羽を使って色んな事を頑張ってたり、自分の一部だから使ってあげないと可哀想って言っていたのを聞いたら、そうだよねって思ったの。僕が自分の意志で羽を持ったわけじゃないのと同じで、羽だって鳥じゃない者にくっ付いててさ。なのに、ちゃんとしてあげなかったら可哀想だよね。…きっと。」  優の悲しそうな顔を見て、肩を抱き寄せながら有李斗は話をする。  「俺とお前のこれを持った状況が違うしな。俺は、あの時、お前と同じものを持てて嬉しかったんだ。だから大切にしたいと思っている。」  「うん。そう言ってくれてありがとう。僕も、もう少し大切にしてみようかな。」    
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