目覚めの脆さ

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 二人が結婚するしないで膠着(こうちゃく)状態にある頃、アオイは玲奈に黙って、大学付近で仁を待ち伏せし彼を喫茶店へ促した。仁と彼の家族を助けると約束し、自分との交際を頼んだのである。  仁ははじめ玲奈の存在を理由にアオイの申し出を拒否したが、そのうち厳しい現実と弱りゆく母親を前に手段を選んでいられなくなり、最終的に玲奈との別れを選んだ。アオイと結婚前提に付き合うために。  アオイが幼い頃から貯めていた個人的な貯金で仁の実家の借金と大学の奨学金を一括返済し、仁をアオイの両親が営む会社の役員にすることで生活の安定を図った。そのおかげで仁の母親も病院で充分な治療を受けられアルコール中毒の症状もだいぶ良くなっているし、多少贅沢をしても満足に貯金ができるほどの稼ぎを得た。玲奈との交際中には考えられない豊かな生活だった。  玲奈は、仁がアオイと付き合ったことで彼が長年の苦しみから逃れることができたと素直に喜んだ。自分から恋人を奪ったアオイを責めないのはそのことが大きかったと思われる。  アオイは、そのことに少なからず罪悪感を抱いていた。 「あそこまでして玲奈と仁を引き裂いたのに、今はマサを好きだなんて……。人間失格だよ」 「諸行無常。恋もそうだよ。人の気持ちは常に動くものだから」 「とはいっても……」  玲奈から仁を奪った時のように、衝動に任せた言動はもうできない。あの頃と違って今の自分は既婚者なのだから。それに、ひとつの店を担う経営者としての立場もあるのだから。無責任なことはできない。 「アオイがどうしたいか、だよ」 「私がどうしたいか……」 「ううん。どうありたいか。だね。それが一番大事」 「どうありたいか、か……」  真琴の言葉を何度も繰り返し口にしつつ、食事をした。そんなアオイを、真琴はただ見守っていた。
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