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「私、けじめつける。マサのためにも、自分のためにも」
「そっか。アオイが決めたことを応援するよ」
「ありがとう。真琴」
真琴がそばにいてくれてよかったと心から思った。
店の外にはいつもと変わらない夏の夕方の景色が流れていた。汗を流して歩く人々の群れ。気を抜くと街路樹に張りついた蝉の合唱が耳に響きすぎる。店内は空調で涼しいのに夕日の色が体感温度を上げる気がする。同時に、橙と赤を混ぜた色調はアオイの胸に寂しさを呼んだ。
翌日の夜、アオイはイクトと会った。気の進まない予定は早めに消化しておくに限る。夜とはいえ、平日のファミリーレストランは客足もそこそこだ。
「アオイちゃん、来てくれたんだね」
先に来ていたイクトが、レジ付近のテーブル席で軽く片手を上げた。アオイはかたい面持ちでイクトに近付き、椅子に座ることなく、手のひらを彼に向けた。
「拾ってくれて本当にありがとう。指輪だよね。返してくれるかな?」
「まあ、座ってよ。飯まだでさ。アオイちゃんは?」
「じゃあ、飲み物だけ」
「仕事終わったばかりでしょ? お腹すいてない?」
「家で食べるから」
「そっか。じゃあ仕方ないか」
やや残念そうに肩を下げ、イクトは自分の食事と二人分の飲み物を注文した。
「イルレガーメ、だっけ。アオイちゃんの店評判いいんだね。レビューサイトにも何件かいい感じのクチコミあったよ」
「そうなんだ。そういうのあまり見てなくて」
普通なら経営者として見なければならないのだろうが、見るのがこわいという思いから、アオイはあえて見ないようにしていた。
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