遮られた決意

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 マサには笑っていてほしい。  こんなにも誰かの幸せを願ったことがあるだろうか。全力で仁に恋していた頃も、ここまであたたかい心は持てていなかったように思う。  私、やっぱりマサを好きなんだ……。  こんな気持ちのまま仁と結婚生活を続けていけるだろうか。いや、無理だ。跡継ぎ問題もあって、自分の両親は早く孫の顔が見たいとまで言ってくる。子供が生まれたら、それこそマサと関わることは許されない。  だったら、結論はひとつ。仁に本当のことを話して離婚するしかない。その結果、仁に殴られるかもしれない。ひどい言葉で罵られるかもしれない。それでも。  イクトに会う前は、マサを突き放して仁との生活を大事にしようと決意していた。そのために海での嘘をイクトに明かした。しかし、今となってはそれは決意というより思い込みだった。マサのことを意識していないと思い込むことで無理矢理仁との生活を続けようとした。その先に幸せなど見えないのなら、自分の気持ちを大切にしたい。  マサを好きって感じた時、幸せだったんだ。私は。  次に仁と顔を合わせたら、話そう。  スマートフォンにメールが届いた。メールをする相手は決まっていた。いまだにラインを使わない仁の母親だ。アルコール中毒で入院している義理の母親。  そういえば最近全然見舞いに行けていなかった。マサと海へ行ったあの日から。  アオイは仁の母に可愛がられていた。アオイもアオイで仁の母に懐いた。自分の両親との関係が冷めていただけに、母親という存在に憧れすら抱いていたのである。  それだけではない。精神的に弱いところがあるものの、義母がそうなってしまったのはとても理解できたし、なにより、穿(うが)ったところのない優しい女性だった。  母親という存在が持つ良い部分だけを濃縮したような人柄で、アルコールに走ってしまったのは弱さの極みかもしれないが、そんなこと気にもならないほど、彼女はアオイに優しかった。両親の愛情に飢えていたアオイには、常に自分を見てくれる理想の母親だったのである。
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