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ゴンベエにいわれ、おじさんは目をこらして見てみました。
こもれびが差し込む場所には、大きな木が一本、立っていました。赤茶色の樹皮は、虫が食い荒らしたようにえぐられて、傷だらけになっています。
「あっ!」
おじさんは小さな声でさけびました。
その木の前に、自分自身の影が、うきぼりになって現れたからです。
そのおじさんの影は、その木の中で、ある人のことをとんかちやこん棒でたたいたり、けったりしているのです。
その人は、何も抵抗せずに、ただじっとこらえていました。
「えーい、もとはといえば、死ぬために森に入ったんだ」
おじさんは、なかばあきらめたように目をつぶると、またすわりこみました。
「おじさん!」
ゴンベエの声を無視し、おじさんは木に背を向けて、ふいに立ち上がると、自分の作ったくつのならべられた棚のほうに向かって行きました。
そのうちのひとつの棚のすみに、ほこりにまみれた、四角く黒い物体があることに、おじさんは気がつきました。
それは、おじさんが、幼稚園を卒園するころ、園長先生にプレゼントされた聖書でした。おじさんがはじめて森に来た日、捨てるに捨てられず、荷物と一緒にまとめておいた本です。
そういえば、友達とふざけながら、小さいころ教会学校に通ったっけなあ……。そこでイエス様の話をはじめてきいたんだっけ……。
おじさんは、そんなことをぼんやり思い出しながら、聖書を手にとって、中のページを開いてみました。
<人が義と認められるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるというのが私たちの考えです。>
<主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。>※
「ぼくは、パパとママともう一度会いたいなあ」
突然、ゴンベエがいいました。
「なんだって!? あんなにお前がうらんでいた両親とか」
おじさんはおどろいてゴンベエを見ました。
「うん。やっぱり、できることなら、いつまでも、みんなと一緒に、ずっと楽しく暮らしたいよ」
おじさんは、ゴンベエの目をじっと見つめました。ゴンベエも、おじさんのひとみをじっと見かえしました。
そのあとゴンベエは、なにもいわずに、水の中にざぶんと飛び込んだのです。
「わわわ……ゴンベエくん!!」
おじさんは、ひとり、小屋の中にとり残されました。
「このままだと、私は本当に死ぬんだ」
水の流れは、徐々に激しさを増していきます。森の中は、まるで大男がすすり泣くように、水が流れる音がこだましています。
おじさんは、だれかに向かって、こういいました。
「全部は分からないけど、信じるよ」
おじさんは、小屋の外へ、光の差す方向に向かって、思いきって水の中に飛び込みました。
すぐそのあとに、浅瀬の川ほどの水が小屋の中にどっと流れ込んできました。そして、おじさんが作ったくつも押し流され、森の中は完全に水でおおわれました。
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