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「お客さん……。さっきから、私のくつに文句ばっかりいっているようだが、私はそういう客はあまり好きじゃないんだ」
ドスのきいた声のわりには、おばあさんを指さすその手は、よく見るとこきざみに震えています。
おばあさんは、おじさんに負けずにいい返しました。
「私はそんなぶつぶつやイボイボのくつは、気持ちが悪くてきらいなのよ!」
「なんだって。私のくつに向かって……。この……」
血の気がひいたおじさんが、おばあさんに対して、いってはいけない一言を口にしようとした、そのときです。
店内にあった奥の扉が、いきなりばたんと大きな音を立てて開きました。
中から出てきたのは、幼稚園生くらいの小さな男の子でした。
「こんにちは」
「あ、この少年は見習いですよ。名はゴンベエといいます」
おじさんは、ぶぜんとしながらも、男の子の前ではいい格好をしたいのか、急におだやかな口調にもどってそういいました。
「あ、そう……。おや?」
おばあさんも、緊張をゆるめ、男の子をしげしげとながめながら、あるものに気づきました。
ゴンベエは、なにかを小脇に抱えていたのですが、それは、大きな魚のタイだったのです。
「お刺身にしたら美味しそう……。ずいぶんとよくできたオモチャねぇ!」
ゴンベエは、少しむっとした表情で、おばあさんにいいました。
「オモチャじゃなくて、ぼくのペットだよ」
「ペット? それ、生きてるの?」
するとゴンベエは、そのタイを床の上にゆっくりおろしました。さらに、棚のすぐ近くに置かれていた、四角い洗面器のような形をした長ぐつに、そのタイをすっぽりと入れたのです。
すると、その長ぐつをはいたタイは、はしゃぐように、ぴょんぴょん店の中を飛びまわりはじめました。
「……」
おばあさんは、あっけにとられて、その場に立ちつくしました。
「ふっふっふ、退屈なときは『タイくつ』……」
おじさんは、なぜか少しさびしそうな顔をして笑いながら、そうつぶやきました。
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