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魚が語ったこと
飛びはねるタイを見ながら、ぼうぜんと立っているおばあさんを目にすると、おじさんは、すっかりきげんがなおったようすでした。
「はっはっは、まあ、せっかくですから、奥の間でお茶でもどうですか。この森に来て人に会うのは久しぶりなんだ」
おばあさんは、それをきいて、おじさんと男の子が、なんでこんな森の中で暮らしているのか興味がわいてきました。
奥の間には、丸太で作られたいすがふたつと、丸いテーブルがひとつだけ置いてありました。
部屋のすみには、星形をした小さな物体が見えます。おばあさんが目をこらしてよく見ると、それはヒトデでした。
目を丸くしているおばあさんに気がつくと、ヒトデはくるくるとまわりながら部屋の外に飛び出していきました。
こうして、おばあさんがいすにこしかけて、三時間ほどしたころのことです。
「この少年はね、孤児なんですよ」
おじさんが唐突に、ゴンベエのことを話しはじめました。
「お母さんに捨てられたわけです。それで、山の上にある小さな施設に預けられていたわけですが、そこはひどいところで、毎食ごとに残飯しか与えられないような毎日がつづいたそうですね」
おばあさんは、木の実でできたというどら焼きを食べながら、木の葉でできたという木の葉ティーを飲みつつ、だまってきいています。
「それで、あるときそこの施設をぬけだして、森の中で食料を探していた私と出会ったんですよ」
当のゴンベエは、せまい部屋の中で、タイのシュウゴロウとボールのとりあいっこをしながら遊んでいます。
「この森はね、『森の森』といって、行き倒れした人とか、仲間からはぐれてしまった人とか、死のうと思ってやって来た人しか来られない森なんですよ。なぜ、あなたは来ることができたんでしょうかねえ」
おじさんは不思議そうに、おばあさんをながめました。
「そういえば……」
おばあさんは、考え込んだのち、思い出したように声を出しました。
「この森に来る前、孫のことで娘とけんかして、もやもやしながら歩いていたんだっけ……」
おばあさんの住む街には、小さな森の小道があります。そこが駅への最短ルートだと、ある友人に教えてもらったのがきっかけで、いつもそこを通ってスーパーに行っていました。
「それですね!」
おじさんは、まゆげをぴくぴくさせて、大きくうなずきました。
「そのとき、森に迷い込んでしまったんでしょう」
「そうだったのね……。今考えると、娘にひどいこといっちゃってね……。ずっと気持ちが落ち着かなかったのよ」
おばあさんは、悔いるようにそうつぶやきました。
「あんなこといわなければよかったわ」
「私なんか、おやじのひどい言葉ばかりきいて育ちましたよ!」
おじさんが、口をはさむように鼻息あらげにいいました。
「口ではうまいことばっかりいって、家族のことは全然かえりみないおやじだった。人の約束をなんどすっぽかしてもへらへらしている。とんだ偽善者だ。うぉあっち!」
おじさんは、一気にそうまくしたてたあと、お茶を飲み干そうとして、むせかえりました。
「あまり親の悪口はいわないほうがいいわよ」
「親に裏切られたことのない人にはわからないだろうよ」
「たとえ、親が子を裏切ったとしても、神様は裏切らないわよ」
そのとき、さっきまでゴンベエと遊んでいた、タイのシュウゴロウが、いきなり口を開きました。
「親は子の鑑」
「なんだと!?」
席を立つおじさんに向かって、シュウゴロウは語りつづけました。
「あなたも、たくさんの人たちを、これまで裏切りつづけてきた……」
「なるほどねぇ……」
おばあさんは、感心したようにうなずいています。
「この森の中は、魚もしゃべるのねぇ」
「だれも知らない秘密のことも、神様だけは知っている」
シュウゴロウは目をつぶり、さらに言葉をつづけます。
「自分も知らない自分のことも、神様だけは知っている」
そして、いきなり口から、「ぺっ」と何かをはきだしました。それは、どこか知らない外国の金貨でした。
それを見ると、おじさんはいすにすわりこみ、ゆっくりと口を開きました。
「そうだ。私は、ずっとだれもはいたことがないような変わったくつを作って売ろうとしてきた。だれもまねできないようなくつを……。特に、おやじには到底作れないようなくつをね。でも、どれも人真似に過ぎなかった。それもおやじの真似ばかりさ……。いつしか私は、自分でも、くつを作って売る意味が分からなくなってしまった……」
おじさんは、金貨から目を離さずに、そういいました。
「雑貨屋のバイトもクビになり、頼りにしていた恩人にも裏切られた。私自身、多くの友や家族を裏切ってしまった。かさむ借金の山。増える苦情。終わらない会計。そしてこの森に来たんだ……」
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