2、棺の中の女神

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2、棺の中の女神

 飲み物の用意も済ませて新たにやってくる来客を待っていると、黒塗りの車が数台やってきた。スーツを期待下にも偉そうな人や賢そうな人達がやってくるなり、今まで放置されていた現場が一気に動き出した。 「内閣府から許可が出たぞ」 「棺の蓋を開けるぞ。クレーンを準備しろ」 「万が一に備えて世界配信ように撮影する。機器の設置場所は……」  慌ただしく人が動く中、呆然とその様子を見ていることしかできなかった。  発見物は歴史的価値があることはわかる。その道の研究者や関係者からすれば重要な発見だということもわかる。しかしその発見が自分に何か関係があるかと言えば、全くない。だからその発見物にこれといって興味を持てなかった。だから慌ただしく動く人達から離れた場所で疎外されていても、特にこれといった感情は湧いてこなかった。 「崇人君。君をあまり関わらせてやれなくて済まない」  いつの間にか棺のある部屋に戻ってきていた日下部教授が隣にいた。 「いえ、大発見なんですよね。有名な大学の教授や生徒、そして高名な学者。そういった人達の方が適任だと思います」  発見した環境文化学部の面々は疎外されていることに憤っていたようだが、トラブル無く卒業さえできれば良いと考えているため、この発言に一切嘘はなかった。 「君はいい子だね。でも、もっと強欲になってもいいと思うよ」 「強欲、ですか?」 「そうだよ。確かにこの現代文化大学は歴史も浅くレベルも高くない。けれどもこれほどの大発見をしたのは紛れもなく我が校であり、君はその学校の生徒だ。十分に今回の発見物に関わる権利を有している」  日下部教授はどうやら少し思い違いをしているのかもしれない。この学部に残っている最後の生徒は、この学部で学べることに興味があるから残っている、と思っているように感じられる。  しかしそれは完全な思い違いだ。それなりのレベルで定員割れをしていて入りやすく卒業しやすい大学であり、他の大学に入り直すのが面倒で大卒の学歴だけが欲しい。そういう生徒に適した大学だったから入学した。そして大卒の学歴のためだけに今も在学している。  多くの生徒は勉強のつまらなさや、志望動機の心変わりなどで大学を去って行く。残った生徒が必ずしも高い志を持っているというわけではない。それが例えその学部最後の一人の学生であっても、だ。 「できるだけ便宜は図るよ。だから何かあれば言いなさい」 「はい、わかりました」  きっと日下部教授に何か言うことはないだろう。そう思いながらの返事だった。  日下部教授との会話が途切れてから少しの間を置いて、石棺の蓋を開けるためのクレーンの準備が完了したのがわかった。 「よーし、蓋も歴史的な大発見の一部だ。ゆっくり慎重に頼むぞ」  専門家に囲まれた石棺。その真上にあるクレーンが音と共に動き出す。そして石棺の蓋をつり上げるための鎖を引き上げ、ゆっくりと石棺の蓋が持ち上げられていく。いったいどれだけの重さがあるか想像もつかないが、人力ではほぼ不可能な重さだということだけクレーンと繋がる鎖の軋む様子でわかる。 「ゆっくりだ。もう少し上げてくれ」  クレーンによって持ち上げられた蓋が、石棺の中の縁よりも高い位置まで引き上げられた。あとはクレーンにつり上げられた石棺の蓋を横にスライドさせれば、ここに集った多くの客人達が見たかった石棺の中身とのご対面となる。  そんな客人達のはやる気持ちを焦らすように、クレーンは慎重にゆっくりと横へスライドしていく。そして石棺の蓋は石棺の隣にゆっくりと降ろされ、クレーンでの作業は終了となった。 「どけ! 邪魔だ!」 「中身はどうなっている!」 「見えないだろ!」  クレーンでの作業が終わるや否や、集まった高名な客人達は我先に石棺の中を見ようと動き出す。そして石棺を取り囲むように中を覗き込む客人達。彼らは石棺の中を目視するのと全く同時に、まるで時が止まったかのように黙り込んだ。 「こ、こんなことが……こんな発見が……日本で起こりえるのか?」  隣に立つ日下部教授は撮影されている映像が映し出されているモニターを見ながら、ただただ驚きの言葉を漏らした。  そしてその言葉に、興味が無かったはずの心が少しくすぐられた。特に見たいとも思っていなかったが、自分の通う大学を下に見ている人達が驚き言葉を失うほどのものはいったい何なのかが気になった。  ちょっとした好奇心から、撮影されている映像が映るモニターへと目を向ける。 「……え?」  他のみんなと同じく、言葉を失った。  ミイラや即身仏のようなものを想像していた。エックス線で人骨のような物が見えたという話も聞いていたから、そういった物が見つかるのだろうと思っていた。しかし見つかったものはその想像をはるかに超えるものだった。 「ひ、人が……寝ている?」  石棺の中にいたのは、今にも目を覚ましそうな女性だった。 「これは美しい……」 「どのようなエンバーミングが行われたらこのような遺体に……」 「まるで今にも起き上がりそうではないか」 「呼吸は……ない。死んでいることに間違いは無いのか」  今にも起き上がってきそうな美しい女性を前に、多くの研究者達の時が止まった。しかしその時は今回の事案を管理する者達の手で無理矢理動かされる。 「全員石棺から離れろ!」  宮内庁関係者の男性が研究者達を石棺から引き離そうと距離を置かせる。 「待て、いつの時代の遺体か調べなければならない。髪の毛や皮膚が欲しい」 「着ている衣服を調べたい。一部を切り取らせてくれ」 「エンバーミングの方法が知りたい。全身の精密検査の許可が欲しい」  多くの研究者達が発見物を自分の研究のために使いたいと言うが、この場を取り仕切っているのは内閣府と宮内庁。政府の許可が無ければ研究者達は手出しすることができない。だから必死に許可をもらおうとしているのだが、その言葉は聞き入れられることはなかった。 「事と次第に寄れば日本の歴史や皇室の歴史にも関わってくる。それがどういうことかわからないわけではないだろう。日本国の歴史や国威、はたまた皇室外交にも関わる重大な事案なのだ。ひとまず今日はこの映像を内閣府と宮内庁長官へ提出し、指示を仰ぐ。その指示が出るまでは申し訳ないが今まで通り、箝口令を敷いたまま待機して欲しい」  この場を取り仕切るのは政府であり、内閣府と宮内庁の方針には逆らえない。宮内庁から派遣された男の言葉を皆、渋々ながらも聞き入れて石棺から距離を取った。 「ご理解いただき感謝する。だがここに集まられた皆に無駄足を踏ませるつもりはない。今はまだ少し、こちらにこの件を預からせて欲しい」  不満はあるがここまで言われれば研究者達も今は一度で手を引くしかない。政府から許可が出れば思う存分調査することができる。その期待を胸に、彼らはやむなく一度手を引いたのだ。 「これよりこの部屋は許可無く立ち入ることを禁止する。申し訳ないが早急に退室してくれ」  研究者達はため息と小さな愚痴と共に部屋を出て行く。その波と一緒に部屋を追い出される形で教授と一緒に退室を余儀なくされた。  部屋を出る直前、最後にもう一度だけモニターを見た。なんとなくだが眠っている美しい女性が一瞬だけ微笑んだ、ように見えた気がした。
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