1、不遇な発見者達

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1、不遇な発見者達

「崇人君! 今すぐ大学の部屋を用意してくれ!」  大学で宿題のレポート用の資料を研究室から拝借している時、師事している日下部義孝教授からの突然の電話だった。 「え? 教授?」 「とにかく設備が良くて広い部屋だ! 頼んだよ!」 「ど、どういうことですか?」 「説明している暇はないんだ。とにかく大発見なんだよ。もしかするとこの国の歴史がひっくり返るぞ!」  教授の言葉の後ろで大勢の人の声が飛び交っている。何か騒がしくなる出来事があったようだが、歴史がひっくり返ると言われても何が何だかさっぱりだった。 「……なにがあったんだ?」  突然の電話に理解は追いつかない。しかし教授の指示を無視するわけにもいかない。レポート用の資料探しを一度止めて、教授の指示通り大学で空いているなるべく広い部屋を教授名義で押さえることにした。  突然の電話といきなりの指示から一週間。大学の研究室は物々しい雰囲気に包まれていた。スーツを着た人や白衣を着た人、若い人から年配の人まで、様々な人が大勢大学に詰めかけて来ていた。 「これほど大きな石棺は大発見だ」 「彫られているものは一見すると模様に見えるが、間違いなく神代文字だな」 「先日のエックス線で中に人骨らしき物が撮影された」 「神代文字の頃の人間か。早く石棺の蓋を開けたいな」  考古学、歴史学、医学、神学、様々な学問の重鎮が世紀の大発見と、これからさらなる研究が行えるということに古文が高揚しているのだろう。専門としている学問が違う人達との交流や口数も多く、常日頃研究職に携わっている人達とは思えなかった。 「石棺の蓋を開くのはいつだ?」 「クレーンの準備はもうできている。内閣と宮内庁の許可待ちらしい」 「発見物次第では歴史がひっくり返る可能性もあるからな。内閣や宮内庁も慎重に事を進めるだろうな」 「今回の発見も箝口令が敷かれている。発表は発見内容次第ということか」  発見から一週間が経って集められた各学問の重鎮となる先生方。その先生方が所属している大学や研究機関は、その方面の知識が無くても知っている人の方が多いくらいだ。そんな人達が一堂に会しても、誰一人として発見物の情報は外に漏れていない。テレビや新聞のニュースはいつも通りで、ネットニュースの速報にも今回のことは一文字も出ていない。  ここに集まった誰もが、今回の発見の重大性を理解しているのだ。 「あー、面倒くさい」  しかしその重大な発見も、発見した大学の学生にとってはたいしたことではない。 「単位のためだけに調査船に乗ったってのに、その時に限って発見とか面倒くせぇ」 「そもそもあたしら、環境文化学部なんだけど?」 「マジでそれだよな。歴史文化学部の手伝いとか俺らに頼むなってんだよ」  一週間前のあの日、環境文化学部の生徒達はフィールドワークに出ていた。その内容は海底資源調査を実際に船に乗って行ってみるというものだ。その授業の最中、海底から石棺が発見されたのだ。 「新島教授も発見の当事者だから手伝えって言うけどよ。俺ら手伝っても意味ねぇし」 「単位とかお金とかもらえるならやるけどね」 「しかもさっさと蓋開けて中を見りゃいいのに、いつまで放置なんだよ」 「しかも写真も動画もダメで口外するなってマジでつまらねぇよな」  環境文化学部の面々の不平不満。わざと集まった人達に聞こえるように言っているのか、不必要に声が大きい。 「世紀の大発見の価値がわからないんだね。可哀想に」 「調査を慎重に行うのは当然のことだろう。彼らはいったい何を言っているんだ?」 「ここって現代文化大学だっけ? 初めて聞いたよ。偏差値も低いし、あれが彼らの知性の限界なんだよ」  有名な大学や研究機関の重鎮達の助手をする若手達も負けてはいない。聞こえるように発せられる不平不満に対して、学力や学歴や知性などを比較する雑談をわざと聞かせるように反撃していた。 「ちっ、こんなことやってられっか」 「ほんとだよ。あいつらマジうざいし」 「帰ろうぜ」  発見した当事者達である環境文化学部面々は、不機嫌を隠す様子もなく部屋から出て行ってしまう。発見した当該大学の当事者達のため、来客となる各学問の重鎮やその助手達の世話役を任せられたのだが、彼らはその役目をさっさと放棄してしまった。 「おい、崇人。お前やっとけ」 「え? 俺が?」 「お前以外に誰がいるんだよ」  発見した環境文化学部の面々はこれ以上この役目を担わない。その代わりに来客の世話役をする人間が必要なのはわかる。しかしそれを丸投げされるとは思わなかった。 「でも俺は……」 「お前ちょうど歴史文化学部だろうが」 「唯一の、が抜けてるけどね」 「お前適任だからお前がやれよ。わかったな」  そう言うと返答を待つことなく、環境文化学部の面々はさっさと部屋を出て行ってしまった。 「マジかよ……転部したり大学辞めたりして俺しかいないのに……」  先ほど『唯一の』歴史文化学部と言われた。その通りで歴史文化学部に在籍しているのは今は一人だけだ。つまり環境文化学部のメンバーがいなくなった場合、たった一人で集まったら客達の世話役をこなさなければならない。 「ちょっと、現文大の人。このあと政府の方が来られるので飲み物とか用意して」 「え? あ、はい!」  一人になってしまったが、歴史文化学部の人間として役目を果たさなければならない。歴史文化学部の日下部教授と環境文化学部の新島教授、その両名から任された役目だ。一人になったからといって放り出すわけにはいかない。 「えっと、いくつ用意すれば……って、何人来るんだ? とりあえず数がいるから……」  自分が通っている大学だというのにまるで雑用だ。学部として勉強こそしていても有名な大学の専攻と比べれば劣るのはわかるが、ホームである大学でこのような扱いになるとは思いも寄らなかった。 「えっと、お茶とコーヒーと……」  ペットボトルのお茶と缶コーヒー。その数を数えていると、顔見知りの女子生徒がポットを持ってやってきた。 「はい。水補充しておいたから」  ポットに電気コードをつないだ。これで少し待てばお湯が使えるようになる。これなら温かいお茶やコーヒーも飲むことができる。 「ありがとう、寺島さん」 「別に。新島教授に頼まれたからやってるだけ」 「他のみんなと行っちゃったかと思ったよ」 「は? 行くわけがないでしょ。あんな人達と一緒にしないでくれる?」  いきなり機嫌が悪くなった彼女。不機嫌そうな顔のままプイッと顔を背け、部屋から歩き去って行く。謝罪も言い訳も言う暇がなかった。 「えっと、ごめんなさい」  歩き去って行く彼女の背中に力のない謝罪の言葉を投げかける。しかし彼女に反応はなく、発した言葉は受取手がいないままむなしく虚空へと消えていった。 「現文大の人、ちょっといい?」 「え? あ、はい」  自らの感情を無視するように、与えられた役目の仕事は待ってはくれない。唯一残ってくれた彼女に心の中で謝りながら、歴史文化学部の生徒としての役目のために奔走する。
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