My Sweets Darling🖤

「ねぇ、紗和(さわ)ちゃん。
　...今日もまた、おうちのお手伝いな訳？」

クラスメイトの美月が、不満げに唇を尖らせ聞いた。

「ごめんね、美月(みつき)。
　だって父さんが、家の仕事を手伝えってうるさくってさぁ...。」

私、岸部(きしべ) 紗和は伸びかけのショートヘアーを、ガシガシと掻きながら答えた。

「ちぇっ、つまんないのっ！
　でもさぁ、紗和ちゃん。
　いい加減、教えてくれてもいいじゃない？
　…紗和ちゃんのおうちって、一体どこにあって、何をやってるの？」

美月は愛らしく小首を傾げ、聞いた。

私はそれには答えず、スマートフォンの画面に写し出された現在時刻をチラリと横目で確認し、大慌てで机の上の荷物をリュックへと詰め込んだ。

「...ホントごめんね、美月。
　私、今日も超急いでるからっ！
　じゃあ、また明日っ！」

私は大声で叫び、教室を飛び出した。

背後からは、美月の非難する声が聴こえて来ていたけれど、そんな事に構ってなんかいられない。

…だってあんな格好、学校の友達に見られる訳にはいかないってのっ！

私の家は近所では割と評判の、ケーキ屋さんだ。
その為私は毎日、ただ同然で両親に扱き使われている。

とはいえ私は、この仕事が心底嫌いなわけではなく。

...接客はちょっぴり苦手だけれど、ケーキ作りは大好きで、実は楽しんでやっていたりする。

と言っても私が作らせて貰えるのは、今のところ比較的簡単な焼き菓子くらいなのだけれど。

帰宅すると私は、いつもの様に店の制服に着替えた。

鏡に写る私は、愛らしいレースで飾られた黒のワンピースを着ているのだけれど...その姿は、お世辞にも似合っているとは言えないだろう。

しかもその制服には、ご丁寧に真っ白なふりふりフリルのエプロンと、髪をまとめる為のカチューシャまでセットされている始末。

「うぅ...。
　こんな格好、絶対に知り合いに見られる訳にはいかないわ。」

私は大きな溜め息をひとつ吐き、今日も渋々店のカウンターへと向かった。

するとすぐに、入り口に取り付けられている、ドアベルが鳴った。

『カラン　カラーン！』

ドアの方を見ると、背の高い男性客が一人。

男の人にしては少しだけ長めの、艶やかな黒髪。
程良く焼けた、小麦色の肌。
高い鼻と、少し分厚めだが形の良い唇。
そしてキラキラと輝く、切れ長の瞳。

…って、おいっ！
あれ、同じクラスの内藤(ないとう)じゃんかっ！！！

私はかなり動揺しながらも、顔を隠すため少しだけ俯いた。

キョロキョロと店内の商品を物色しながら、ヤツが少しずつ私のいるレジ付近に接近してくる。

大丈夫だっ！落ち着け、私っ！

ヤツはケーキ選びに夢中で、店員が私だとはまだばれてはいないっ！

内心激しく動揺しながらも、私は接客用の営業スマイルを浮かべた。

「えっと…。
　あの、このミルフィーユを３個、お願いします。」

内藤は心底嬉しそうな笑顔で、注文した。

「畏(かしこ)まりました。
　少々お待ち下さい。」

…ミルフィーユ。
あのクールなモテ男、内藤が、苺のミルフィーユだってーっ！！！

吹き出しそうになるのを必死に堪えながら、私は少しだけ声色を変えて答えた。

そして私は後ろを向き、ケーキを箱に詰め始めたのだけれど。

…その時運悪く、アルバイトのはなちゃんが出勤して来て、私に声を掛けた。

「紗和ちゃん、お疲れ様。
　今日も一日、よろしくお願いしまーす！」

…うぅっ、勘弁してよ、はなちゃんっ！！！

するとこれまで全くこちらを見る事がなかった内藤が、ハッとした表情で私の事を見上げた。

「…岸辺？」

...唖然とした表情でそう呟くと、次の瞬間ヤツは腹を抱えて爆笑した。