追憶と現実

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「おかえり、直君」 のれんをくぐると、いつも通り威勢のいい声が響いて来た シワの刻まれた目尻が見えて肩の力が抜ける 「ただいま」 こんなこと言えるのはここだけだ 俺はいつもの様に隅のカウンター席に座った 「今日も暑かったなー」 「うん、暑かった!!とりあえず生中頂戴、それと、お腹空いたからいつもの!!」 「はいよっ、じゃぁちょっと待ってな」 ここは俺にとって第二の故郷 おっちゃんは俺のオヤジであり、おふくろでもある様な存在 疲れた時には息を抜いて甘えてしまうし、実家の親になら絶対に話さない話もしてしまう こっちに赴任してからだから、もう四年近く通っている いつもは晩飯を用意するのが面倒な休日に来たりするが、今日みたいに残業の少ない週末に来るのも悪くない ただ、いつもと違うのは平日だからか俺みたいな会社帰りの奴らで賑わっている、休日に来ると雰囲気も違ってまったりと長居できる 「おまちどさん」 しばらくすると、カウンターからおっちゃんが生中と豚の生姜焼きを出してくれた 「うわー、美味そう!!いただきます!!」 俺は勢いよく箸を割った 本当は生姜焼きなんてメニューはない 腹を空かせた俺の為にいつも作ってくれる、言わば裏メニューだ 「美味い!!」 生姜焼きを食べながらビールを飲む 五臓六腑に染み渡るとは正にこう言う事だろう 暑さもあるのだろうが、仕事した後の酒は美味い どちらかと言うと日本酒の方が好きだが、こんな日はビールに限る きっと酒屋の豊富な地元の影響だろう、こっちに来たての頃は美味そうな酒を探して歩いた けれど、地元のが一番美味いとの結果にたどり着く 冷蔵庫に冷やしたままの地元の銘酒をいつ飲もうか考えてしまう 実家から送られて来たものの、1人で手を付けるには心もとなく何か特別な日に開けようと決めている その特別な日はいつか…決められなかったら盆前にでも1人で飲もうと思う 何て地元に思いを馳せていると、おっちゃんがカウンターから顔を出した 「麦飯あるけどどうだ?夏バテ対策に」 「食べる!!」 目を輝かせて即答した
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