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■6 罠
聖真女学院はカソリック系の学校なので、校内に礼拝堂があり、授業には宗教の時間が組み込まれている。毎朝十分程度の礼拝があり、月曜日の朝の一限目は神父さまのお話で時間が過ぎる。
神父さまのお話ってとっても退屈なの、とガーデニング同好会の彼女が言うので、達哉はもっと平坦な言葉で翻訳してやった。実はどれもかつて達哉が教会で聞いた話の受け売りだったが、彼女はとても面白がった。
それも当たり前で、達哉がまだ落ち着きのない小さな子どもの時に聞いた話だ。子ども相手の神父は大変で、どうにかこうにか子どもたちの興味を維持しようと努力を惜しまなかった。
礼拝堂に入ってみるかと聞かれて、達哉は断った。真琴は意外に思ったようで、首をかしげた。
「別に誰が入ってもいいんですよ、学生以外の人でも」
「いや、いいんです」
達哉はどう答えたらいいかわからなかった。
「何っていうか、苦手なんです。ああいうとこは」許されそうで、とは言わなかった。
真琴はじっと達哉を見ていたが、特に何も言わなかった。不思議そうではあったが、何も聞かれないのは達哉も言い訳を考えなくていいので助かった。
真琴は花壇に向き直り、丁寧に雑草を取る作業に戻る。達哉はそれを眺めながら、何か言った方がいいのかどうか考えた。
「河瀬さん、ここに何か新しい花を植える予定なんですけど、好きな花ってありますか?」
明るい声に我に返ると、真琴がにこにこして振り返っていた。
「おっしゃってください、何でもいいですよ」
「いや、俺はわからないですから」
「じゃあ、図鑑、ご覧になった中で、何か印象に残った花はありませんか?」
達哉は少し考えた。
「あるんですね。言ってください。たくさんいいお話を聞かせていただいたんで、お礼に植えますよ」
「橘さんが好きな花で」
「だめです。言ってください」
「強情ですね」
「それに、橘さんはやめてください。友だちは誰もそんな名前で呼ばないから」
「真琴さん、でいいですか?」
「呼び捨てでいいですよ」
「それは難しいな」
達哉が言うと、真琴はそうしてくださいと強く言った。
「俺は、あなたの友だちだと認定されたってことなんですか?」
「まるっきりそうです」
達哉は彼女の言葉を聞き返したが、彼女は笑って答えなかった。
「だから、教えてください。何がいいですか?」
「いや、結構です。学校の裏門のあたりに、もうたくさんありますから」
真琴は少し考えて、それからぱっと目を輝かせた。
「紫陽花ですか?」と、それからすぐに目を曇らせた。「そうですね、ここに植えるにはふさわしくないですねぇ。草花の方がいいですからね。紫陽花、好きなんですか?」
「いや、俺じゃなくて、母がね、好きでした」
達哉はあまり変な方向に話が進まないようにと願いながら言った。
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