■4 聖真女学院

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 達哉は息苦しさに目を開いて天井を見つめた。夢の余韻を楽しみながら、ちょっと体を動かしてベッドサイドのデジタル時計を見た。眠ってから三十分もたっていない。疲れているから余計に夢を見るんだろうと思った。精神分析医なら間違いなくそう言うだろう。  達哉は起きあがってベッドの上に座り、ベッドサイドデスクの引き出しを開いた。こういったホテルにはたいてい聖書が置いてあり、そして、たいてい英語版のものに不自由しない。東岡はその辺りは心得ていて、達哉の部屋を取るときに日系人だと説明でもしているのか、必ず英語のメニューや英語の聖書が用意してあった。ホテルの方もそれを怪しんでいる気配はない。達哉の髪が金色であることや、瞳の色がグレイッシュな茶色であることも影響しているのかもしれなかった。  達哉はしばらく聖書を読んでいたが、ふとライティングデスクに置いたチューリップを見て、慌てて洗面所のガラスコップに水を満たし、花を生けた。八重咲きの黄色いチューリップは、ホテルの機能的な部屋の中でたった一つ寂しそうにうつむいていた。  一輪挿しを買おうかな、と達哉は思った。  ベッドに戻って聖書を手にしたが、再び眠ってしまったらしく、電話の音に目を覚ますと、ベッドから聖書が落ちた。  達哉は両手でこめかみをぐっと押さえ、それから黒い受話器を取った。コードがテーブルの上の煙草を落とそうとしたので、彼は回避のついでに一本取り出してくわえた。 「ホテルに入ったら電話をしろと言っただろう」  相手は怒っているのでもなく、笑っているのでもなく、限りなく感情のない声で言った。 「ああ」と、達哉は煙草に火をつけた。「そうでしたっけ」 「酔ってるのか?」  東岡は不機嫌そうに言う。 「飲んでません。尾行つけてたでしょ? 学校の下見に行って、飯食ってホテルにチェックインしました」 「尾行がついてようがついてなかろうが、おまえには報告義務がある」 「報告しましたよ、今」達哉は灰皿を引き寄せた。 「警察をなめていると痛い目に遭うぞ」  達哉は黙って煙草を灰皿に置く。「明日はちゃんと報告しますよ」 「ああ、そうしろ。俺は小川警部みたいに甘くない。おまえに都合のいい報告なんてしないぞ」 「わかってますよ」達哉が言い終わる前に、電話は切れた。  達哉は受話器を戻して、灰皿に置いていた煙草を口に戻した。ベッドサイドの時計を見ると、午前五時。六時出勤にはぴったりの起床時間だ。
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