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聖真女学院の昼休み、うららかな乙女たちの声が聞こえる中、達哉は駐車場の車の下をのぞいて見てまわっていた。平和な日本の女子高校で、まさか荒っぽい事件が起こるとも思えないが、いつもの行程を踏まないと達哉は消化不良になりそうだった。爆弾なんてあるわけないし、怪しい人影もまったくなかったが、駐車場のゴミ箱を空にし、車の下を調べ、車の並びや車種、ナンバーを照合しながらチェックした。
青木は達哉の行動にはケチをつけなかった。真面目でいいアルバイトだと思っているらしい。達哉は彼の日本語教室から逃れるためにも、極力忙しく仕事を見つけるようにしていた。
達哉もさすがにひらがなはなんとか覚えていた。一部忘れかけているのもあったが、すぐに思い出せた。問題は漢字である。不便だろうと青木は熱心に教えてくれようとするのだが、達哉はどうしてひらがなで生きていってはいけないのか理解できなかった。
最近は何でも英語表記があるから、特に不便は感じないで生活できるというのに。料理屋にはロウのサンプルがあったり写真がメニューに載っているし、ホテル暮らしでは特に何かを買うこともなく、ホテルサービスに何でもあるから日本語が読めなくても苦労はしない。
息をつきながらチェックを終えて次の車に移ろうとして、達哉は目の前から近づいてくる昨日の彼女に気が付いた。
「こんにちは」
彼女は近くまで来て、立ち止まってから言った。胸に植物図鑑を抱えている。
「こんにちは」達哉はぺこりと頭を下げた。
「あら」彼女は首を少しひねって達哉の横顔をのぞき込むようにした。「髪の色が昨日と違いますね」
達哉は制帽を脱いだ。
「警備員も校則に合わせるようにって言われました」
「校則に金髪じゃいけないってものはないんですよ。染めたり、脱色しないっていうのはあるんですけど。だから今の方が校則違反なんです、おかしなことに」
彼女はくすくすと笑った。
「いや、昨日も違反してましたよ。地の色はあんな金色じゃないですから」
「そうなの?」
「そうなんです」
「外国の方って聞いたから、あれが本当の色だと思っていました」
「俺、日本人ですよ」
あら、という口をして、声には出さずに達哉を見た。
「失礼しました」
彼女は直角に近い角度で頭を下げた。達哉は彼女が頭を上げるのをしばらく待たなければならなかった。
「構いません。で、何か用でしたか?」
達哉は持っていたゴミの袋の口をくくって片手に持った。
「この本にチューリップがたくさん載ってるんです。興味があるんならと思って」
彼女は図鑑を差し出した。達哉はゴミ袋を下に置き、本を手に取った。付箋がはってあり、そこがチューリップのページだった。
達哉はページを繰り、じっとそのたくさんの写真を眺めた。たしかに種類がいくつもある。黒いチューリップさえある。
「このために?」達哉は彼女が微笑んでいるのを見ながら尋ねた。
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