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「河瀬さん、もしお花に興味があるんなら、うちにいらっしゃいませんか? 今日、お友だちをご招待してるんですけど、よければご一緒にお茶でも飲みません? お話も面白いし、何だか楽しくなれそうなんですもの」
再び澄ましたセリフが唇から出てくる。達哉は思わず微笑んだ。
「嬉しいんですけど、夜は別の場所で警備の仕事が入ってまして」達哉はうそをついた。
「あら、それなら遅くなっても構いません。お友だちにもお夕飯食べていただくし」
「明日の朝までなんですよ」
「あら、そう…」彼女は残念そうに眉を寄せた。「大変なんですね。それからまたこちらに?」
「いや、明日はこっちが夜ですね」
「不規則な生活じゃありません?」
「まあ、慣れてますから」
達哉が言ったとき、昼休みの終わりを予告するベルが鳴った。中庭や校庭で遊んでいる乙女たち、駐車場で良からぬ男と話し込んでいる乙女たちに、巣に戻るようにとゼウスが呼ぶ声だ。
「その本、二週間借りられるんです。私、お昼はたいてい図書室か、花壇にいますから、またいつでも寄ってくださいね」
にこりと彼女が微笑み、踵を返した。達哉は彼女を見送ってゴミ袋を取った。
魅力的な女の子だと思った。きっと学校の外にはたくさんの彼女の信奉者がいるんだろう。若い彼らと張り合う気は達哉にはなかったし、今さら誰かに特別な感情を持つことも考えられなかった。
遊び友だちなら何百人いたって平気だが、その中から一人選べと言われたら、困って全員を放り出して逃げてしまう。中尉はそれを責任能力のなさだと言っていたが、達哉もそれを認めていた。
午後の授業を始めますという鐘が鳴る。
達哉は車のチェックを再び始めた。
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