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「ほう」達哉は煙草に火をつけた。「だから何だ、そんなもん、百年前から流れてる噂じゃないか」
「だけど今度はマジなんだよ」
「怪文書か?」
「何だ、知ってるのか。コロンビアのTCVのサイトにアクセスしたら、画面に文字が出る。もう改善されたらしいけどな。『El nino is still alive now』って」
達哉は小さく息をついた。「らしいな」
「どうもこれは『エル・ニーニョ』からの警告だって説が主流でな。アメリカでの噂はこうだ。実は奴は大統領暗殺をたくらんでるっていうんだ。ほら、アメリカがこのまえ、コロンビアの麻薬カルテル壊滅に大規模支援しただろ。あれに怒ってるんだってさ。ワシントンでは密かにXデイまで囁かれてて、今月末だとか、いや独立記念日だとか、来年のクリスマスだとか」
「気の長い話だな」
「アフリカじゃどっかの部族が壊滅させられるんじゃないかって、そわそわしてるんだってよ。中東でも停戦合意が暗礁に乗り上げそうだって」
「俺のせいじゃない」
「あんたのせいとは言ってない」リコは笑って言った。
「そうだな。で、俺とその噂はどう関係するんだ」
「だって」
リコはすねた子どものように言葉を最後まで言わない。
「もし本当に『エル・ニーニョ』が生きてるってことになったら、奴が狙われて殺される可能性は大だろ?」
「そうだな」
「だからだよ」
「わからないな」
「あんたは奴を知ってるだろ?」
「噂に聞く話ならな」
「そうじゃなくて、本人を知ってるだろ?」
リコは達哉にイエスと言ってほしくなさそうに言った。
「忘れたな」
「あんたは奴を知ってて、奴を殺したい人間はあんたを捕まえるかもしれなくて、俺はあんたと心中したくないんだけど、あんたのことが好きなんだよ」
「妻子持ちに言われてもな」
「なあ、タツヤ、俺はあんたが好きだけど、もし家族が危なくなったら、あんたを裏切るかもしれない」
「当然の権利だろうね。異議はないよ」
「そんなことをしたら、あんたの命も危ない」
「気にするな」
「だからあんたが好きなんだよ。くそっ、裏切れないかもしれない」
「心配するな。おまえのかわいい奥さんと子どもを助けるためなら、俺も喜んで裏切られよう」
電話の向こうでリコが笑った。
「リッキー、でもな、たぶんいつものように、噂は引いていくよ。それでまた来年、おまえは同じような電話をかけてくるんだよ。タツヤ、どうしよう、今度こそマジにやばい、ってな」
達哉はこれまでに何度も言った、同じ言葉でリコをなだめた。リコはそして、毎年のように達哉に愛の告白をする。
「そうだといいけど」リコは言った。
「俺もおまえのことが好きでたまんないよ」
リコが腑抜けた笑いを返してきた。「やめろよ」
「本当さ。ただ、ちょっとばかり自分への愛の方が上なだけだ」
ふん、とリコが鼻で笑うのを聞きながら、達哉は肩をすくめた。
「他に何か?」
「いくつかオファーが来ているんだけど、予定どおり、今月は完全休暇だって言ってある」
「ありがと」
「それで金をもらってるんだ。じゃあ、また何かあったら連絡する」
「電話は一回でいいぞ」
「あんたがすぐにかけ直す人間ならそうしてるよ」
「そうしてるじゃないか」
「どうかな」と、リコは含み笑いをしながら電話を切った。
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