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電話をしばらく見つめ、それから達哉はエレベーターホールへ向かった。
TCVはコロンビアの反政府ゲリラ組織で、現在は自由平和党と名乗って政治活動をしている国内第二の政党だ。かつてはTCVの敵は暴利をむさぼる現政権だったが、今では第一政党と共に、グローバリズムの波にいかに飲まれないように、とはいえ置いてきぼりにならないようにという難しい舵取りを迫られている。
ハネイロはTCVの将軍ペドロ・ロドリゲス亡き後の、若きリーダーの一人だった。他にも何人かが政治家として頭角を現しており、その中では最若手のハネイロはトップに躍り出るところまでは未だ至っていない。とはいえそれも時間の問題だと達哉は見ていた。ハネイロと達哉はTCV時代、ペドロの左右の腕として動いた。ハネイロは頭脳を使って、達哉は銃を使って。
ペドロと『エル・ニーニョ』は共に爆死したはずだった。それをTCVが公式に認める声明を出した。TCVとしては『エル・ニーニョ』は死亡しているとし、しかしコロンビア国内では『エル・ニーニョ』の影が暗躍するというねじれた構図が続いてきた。今、コロンビアとアメリカが影を返すと達哉に言い、TCVのサイトで『エル・ニーニョ』が生きていると報じられる。
問題はそれではない。達哉は自分の部屋に入って、ベッドに寝転び、考える。
問題は、『エル・ニーニョ』が生きていることは、暗黙の了解だったということだ。知っているものたちは口をつぐみ、まだ知らない者には教えないようにしてきた。なぜならバランスが崩れるから。
中東にもアジアにもラテンアメリカにもそれぞれにきわどいバランスがあり、それがちょっと崩れかけた時に、達哉みたいな無所属の人間を使うと便利だからだ。とりわけ『エル・ニーニョ』は便利だった。本体と影が別行動で、両方を使いこなすことができたからだ。
影が本体に戻り、そして『エル・ニーニョ』は生きていると公開すれば、既に知っていた者たちは、ゲームが始まったのだと思うだろう。
実在する『エル・ニーニョ』を手にするのは誰か?というゲームだ。手に入れられないなら、敵に渡す前に殺す必要があり、あるいはリコが言ったように、『エル・ニーニョ』からの警告だと思う者もいるだろう。警告を受けるぐらいなら、やっぱり殺してしまえということにもなりかねない。
狙われるよりは、狙う方が本当は得意だ。達哉はそう思った。
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