■2 会議室

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■2 会議室

 達哉はもう何年も前に来たことのある会議室に通され、手首の手錠をがちゃがちゃと鳴らして頭を叩かれた。空港でもさんざん殴られ、鼻血まで出し、おまけに唇を切ったというのに鼻に詰めるティッシュを一枚くれただけというのは、民間人に対する警察のサービスが悪すぎるんじゃないかと申し立てたら、じゃあこれをくれてやると手錠をかけられたのだ。  公務執行妨害というのが罪名らしい。そして、そのまま治外法権のまかり通る米軍基地内に運ばれた。  相変わらず殺風景な会議室には、無機質な机とパイプ椅子と、同じように無表情なアメリカ人の兵士がいて彼をにらんでいたが、彼の上官とそのお友達二人がやってきて手錠を外してやれと言ったので、不本意ながら手錠を外して席も外した。ドアを閉じるとき、若い兵士は敵意のまなざしで達哉をにらんだ。達哉は彼をまっすぐ見ていたが、心の中で苦笑いした。 「さて、『エル・ニーニョ』君、呼び出された理由を知ってるかな?」  兵士じゃない方の外交官が言った。濃茶のスーツに紺縞のネクタイ。七三に分けた金髪の下には銀縁の細いフレームの老眼鏡。達哉は肩をすくめた。 「さっぱり」  達哉はミスター・マコーリーを見た。まだ現役だったのか。隣の兵士は腕組みをしながらドアの前にじっと立っている。筋骨隆々、達哉なんて指でひねりつぶされそうだ。それから、マコーリーの部下のソマーズは、相変わらずポーカーフェイスで、手術室の器械出しナースみたいに書類を手際よく差し出す。  マコーリーはその書類を受け取り、達哉に見えるように反対にして並べる。 「コロンビアには、『エル・ニーニョ』という英雄がいる」  マコーリーが言った。達哉はじっと彼を見返した。「知ってるよ」 「そう、君もよく知ってる。しかし、この10年間のコロンビアでの『エル・ニーニョ』について、君は何も知らない。そうだろう?」  達哉はソマーズをチラリと見た。補足があるかと思ったが、特にないようで、彼は無言で黙っている。話し相手はミスター・マコーリーだけらしい。 「確かに」達哉は戸惑いながら答えた。「知りたくもない」 「そういうわけにはいかない」  マコーリーは眼鏡の奥から達哉を見た。達哉はもう一度ソマーズを見た。  ソマーズは顔色を変えなかったが、さっきから達哉に見られていることが気になっていた。俺に何を期待してるんだ? 俺には何も手がない。  マコーリーは達哉の前に出していたファイルを開いて見せた。 「1995年からの『エル・ニーニョ』の行動の資料だ。これから君にひとつずつ説明していくから、ちゃんと覚えるんだ」  達哉は資料に目を落とした。確かに何か書いてある。達哉はそのファイルを閉じようとした。が、それをマコーリーに阻止される。達哉は彼を見た。 「なんで今さら?」 「コロンビアでの『エル・ニーニョ』の影の活動は終了したからだ」マコーリーはファイルを再び開く。「影を君に返す。そういうことで方針が決定してる」
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