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第3話
「朱月様。本家の食事は如何でしたか?」
「美味しかったけど、……少し空気が重すぎる。食事中の会話は一切禁止なんだってさ」
「夜霧様は何か仰ってましたか?」
「いや、特に何も」
「そうですか。安心しました……」
「夕凪、少し大袈裟だって。確かに夜霧は冷たい印象があるけど、別にそこまで気性が荒い男、っていうふうには見えないし」
廊下の壁にもたれて肩を竦めると、夕凪が俺に顔を近付け、声を顰めて囁いた。
「あの方を敵に回したら最後です。この村では生きて行けません」
「え?」
「聞いた話ですが……一昨年の今頃、丑が原村の夏祭りに民俗学を専門としているどこぞの大学教授が見学に来たんです」
夕凪は辺りを気にしながら、更に声のトーンを落として言った。
「どうも常識の無い者だったそうで。村民が見ていない間にあちこちを無断で撮影した挙句、神社で祀っている神様の石造を壊してしまったとか」
「そんなの、村の人間なら誰だって怒るだろう」
「いえ。オヤジも夜霧様も、勝手が分からない余所者のしたことだからと初めはお許しになっていたそうです。石造も古い物でしたし、この機会に新しくすればいいと仰って」
ですが──と勿体ぶった口調で夕凪が続けた。
「その男が、祈祷中の夜霧様を写真に撮ったそうです。あの容姿ですから無理もありませんが……結果、夜霧様の逆鱗に触れてしまいました。その後は地獄絵図だったそうですよ」
「な、何が起きたんだ……?」
「俺も詳しくは知りませんが、とにかくその教授は入院してしばらく大学にも行けなくなったほどだとか。重石を付けられて海に投入されたか、体だけ土に埋められて害虫だらけの夜の森に放置されたか。そのどちらかでしょうけれど」
「………」
想像したら腕に鳥肌が立ってきた。たかが写真一枚で、そこまでしていいものなのか。
「夜霧様が物心ついた時から、屋敷内でも夜霧様の機嫌を損ねてクビが飛んだ者は軽く三桁を越えています。そういう意味では皆、オヤジよりも夜霧様の顔色を伺って生活していると言っても過言ではありません」
夕凪の話を聞いた俺は、さっきの食事で刺身に箸を付けなくて良かったと心底思った。それに今朝の初顔合わせの時、夜霧が現れた瞬間に空気が変化したのにも納得がいく。
頭首よりも恐れられている次期頭首。俺はそんな男に面倒を見てもらうことになってしまったのか……。
青褪めた俺を見て、夕凪が取って付けたように慌てて言った。
「ですが夜霧様が昼間仰っていたように、規則さえ破らなければ問題無いかと。忙しい方ですので、それほど朱月様にばかり構う訳にはいかないでしょうし」
「そ、そうだよな。大人しくしてれば大丈夫……だと思う、うん」
自分を励ますように言って、俺は何度も頷いた。
「それでは風呂にでも入ってらして下さい。その後は、早めに寝て下さいね」
「ん。分かった」
廊下はしんと静まり返っている。
「風呂は、ここでいいのか……?」
脱衣所で脱いだ服を籠に入れ、タオル一枚を持って浴室の扉を開けた俺の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
「うわ……」
まるで超高級な温泉旅館かリゾートスパのようだ。
壁も床も天井も真っ白で、室内の明かりを受けて眩いばかりに光り輝いている。その白い空間の中には背の高い観葉植物が絶妙な間隔で配置されていた。総大理石の浴槽は、恐らく五~六人で入っても窮屈ではないだろうというくらいに広く、大きい。
「本当にこんな風呂を使ってる家があるんだ……」
正面の壁一面にはめ込まれた巨大な窓からは庭の景色が一望できる。仄かな明かりがぽつぽつと灯る夜の庭は、どこか幻想的で美しかった。冬、雪が積もったら白銀の世界と化した庭が見られるんだろう。秋は紅葉、春は夜桜。この上なく贅沢だ。
顎まで湯船に浸かって目を閉じると、心地好さに全身が震えた。この家に来て良かったと初めて思えたほどだ。毎日この風呂に入れるなら、肩身が狭い思いなんて幾らでもしてやるという気分になってくる。
「気持ちいい……」
夢心地に浸りながら呟いたのと、浴室の扉が開いたのと──ほぼ同時だった。驚いた俺は湯船の中で慌てて体を起こしたが、そこに立っていた男は俺以上に目を丸くさせていた。
「あ……」
現れたのは夜霧だった。当然ながら裸で、タオルも何も持っていない。だけど長い手足と適度に付いた筋肉の陰影が美しくて、不思議と不快さや恥ずかしさは感じなかった。変な表現だけど、まるで上等な彫刻品を見ているかのような気分になる。
「ど、どうも。風呂、先に頂いてます。良かったら一緒に……」
笑いながら膝を折って場所を空けるが、夜霧はじっと俺を見つめたまま表情を弛めもしない。
「……広い風呂ですね。俺が住んでたアパートのリビングよりずっと広い」
黙ったままでいるのが気まずくてそう言うと、夜霧がふいに眉を顰めて呟いた。
「お前、何故ここにいる」
「え?」
「誰に許可を貰い、その風呂に入っている」
「許可は、特に貰ってないですけど……。強いて言うなら、夕凪が風呂に入って来いって」
何かとんでもないことをしてしまったんだろうか? 段々不安になってきて、湯船の中で温まったはずの体が急速に冷えてゆくのを感じた。
そんな俺を見た夜霧が裸のままで腕組みをし、苛立ったように首を曲げて俺を睨む。
「ここは俺専用の風呂だ。お前が使う風呂は二階にあるはずだが」
「そ、そうなんですか?」
どうりで豪華すぎると思った。……だけど屋敷の中にそんなに幾つも風呂場があるなんて、昨日まで庶民だった俺に分かるはずがないじゃないか。
「す、すみません。すぐ出ます」
浴槽から出ようとした俺を、近付いて来た夜霧が片手で突き倒す。「わっ!」背中から湯船に飛び込む形になって焦ったが、浴槽が広すぎるのが幸いしてどこもぶつけずに済んだ。
頭までずぶ濡れになって茫然とする俺を見下ろしながら、夜霧が薄く嗤って言った。
「良い度胸だ。丁度いい、規則を破った者にどんな罰が下るのか教えてやるとしよう」
「えっ……?」
全裸の夜霧が浴槽縁を跨いで中に入って来る。俺は湯船の中で身を縮こまらせ、不安げに夜霧を見上げながら心臓が早鐘を打つのを感じていた。
「立て、朱月」
言われるまま立ち上がってきつく唇を結ぶ。至近距離で夜霧の鋭い視線を受けた俺の体は、まるで蛇に睨まれた蛙のごとく動かない。
「あの、罰って……ど、どんな……」
「分かるさ、すぐにな」
「でも俺、本当に知らなくて──」
言い終わらないうちに、俺の体は夜霧の手によって背後の壁へ叩き付けられた。背中を打った衝撃で一瞬、息が出来なくなる。そして──
「っ……!」
そのまま、唇を塞がれた。
「や、め……」
咄嗟に身を捩ってそれから逃れようとするも、俺の体は夜霧の屈強な肉体によって壁に押し付けられ固定されてしまう。一体何が起きたのか。頭の中が混乱しすぎて状況が飲み込めない。
「んぅっ……!」
唇に痛みを感じて勢いよく顔を背けると、離れた夜霧の唇に血が滲んでいるのが見えた。俺が噛んだ訳じゃない。噛まれた俺の唇から付いた、俺の血だ。
あまりにも意想外な出来事に膝の力が抜けて行く。壁に背中を預けて自分の体重を支えながら、俺は目の前で不敵に笑っている夜霧を茫然と見つめた。
「どうした、その顔は。初めてだったのか?」
からかうように言って、夜霧が自分の唇に付いた俺の血を舌で舐める。その仕草は妙に生々しくて艶っぽかった。これが、夜霧の言う「罰」……。
思った瞬間、今度は首筋に喰らい付かれた。
「あっ!」
歯を立てられ、肌を強く吸い上げられる。その一点だけが針で刺されているかのような鋭い激痛に、俺は思わず苦悶の表情を浮かべた。
「痛っ……。あ、……やめっ……」
程なくして俺の首筋から顔を上げた夜霧が、今まで唇を付けていた部分を指して囁いた。
「狼は獲物の喉を最初に潰す。……人間は、相手を自分の所有物にする為にこうして印を付ける」
所有物……?
聞き流してはいけない気がして眉を顰めると、夜霧は吊り上がった目を細めて言った。
「お前は屋敷の物でも親父の物でもない。俺の物だ」
「え?」
「お前は俺の愛玩犬として本家に引き取られた。それだけのことだ」
「っ……」
頭のてっぺんに稲妻が落ちたような衝撃が走り、瞬時にして背筋が凍りついた。
夜霧の声、俺を見る目──全てが恐ろしく冷たい。それは村の重役連中が昼間俺に向けていたあの視線よりもずっと冷酷で無慈悲な禍々しさに満ちていた。
「で、でも親父はそんなこと一言もっ……。ただ、俺の面倒を見ろって……」
「俺の犬を俺が教育するのは当然のことだろう。責任持って躾てやる、安心しろ」
「っ……う、あっ!」
身を屈めた夜霧が、俺の乳首を口に含んで軽く吸い上げた。
「……な、何するっ……」
唇に含まれた乳首が夜霧の舌で激しく嬲られる。その刺激に耐えようとして歯を食いしばると、どういう訳か代わりに涙が滲んできた。突き放そうとして夜霧の肩に置いた手は尋常でないほど震えている。
「やっ……だ、……」
それでもようやく刺激に慣れてきたと思ったら、今度は反対側の乳首に喰らい付かれた。今まで口に含んでいた方は夜霧が指で抓ったり弾いたりしている。そうされているうちに段々と、むず痒いような心地好いような……何だか変な気分になってしまう。
「は、ぁっ……」
「犬としての素質はあるみたいだな」
初めから剥き出し状態だった俺のそれは僅かに熱を持ち始めていた。真っ赤になった俺の顔とその部分を見て、夜霧が独り言のように呟く。
そして何を思ったか、突然脱衣所の方に顔を向けて言い放った。
「どうせそこにいるのだろう、夕凪。入って来い」
「え? な、何言って……」
すると数秒してから脱衣所の扉が開き、床に膝をついた夕凪が現れた。
「ゆ、夕凪っ……?」
「風呂の場所を教えていないことに気付いたのだろう。慌てて来てみたが既に遅かった、というところか」
頬を紅潮させ、息を荒くして壁にもたれる俺を見ても夕凪は動じず、相変わらずの機械のような無表情を保っている。その目でこんな姿を見られるのが恥ずかしくて、思わず俺は夕凪から顔を背けた。
「夕凪、こいつを後ろから押さえ付けろ。暴れられないようにな」
「えっ……」
浴室に入って来た夕凪は、服が濡れるのも気にせずに湯船の中に足を入れてくる。そして混乱する俺の背後から両脇に腕を入れ、そのまま胸の辺りでがっしりと固定した。
「どうしてっ……夕凪、何で……?」
「夜霧様のご命令です。……申し訳ありません、朱月様」
どんなに身を捩っても固定された腕は緩まない。まさか夕凪が俺を裏切るなんて。予想していなかった分、俺の中で恐怖と絶望が何倍にもなって膨れ上がってくる。
「しっかり押さえておけよ」
夜霧が湯船の中に身を沈めて俺の左脚に手をかけた。膝の裏側をぐっと押し上げられ、これ以上ないほど大きく足を開く格好になってしまう。
「やっ、やめっ……夜霧!」
「やめてください、だろ」
「……やめて、くださいっ……」
「断る」
無防備な俺のそれを、夜霧が片手であっさりと握りしめた。
「嫌だっ、ぁっ……!」
そのまま夜霧の手が前後し始める。身体中が熱くて、その部分はもっと熱くて、俺は必死にそこから目を背けた。そうすることしかできなかった。
「ふ、あ……もう、やめっ……や、めて……! 嫌だっ……」
「その割には随分と反応しているが。流石に使ったことが一度も無いと敏感だな、今にも洩れそうだぞ」
「見る、な……ぁっ……」
俺は目に涙を溜めて息を荒くさせ、意識が途切れてしまわないようにと懸命に頭を振った。既に抵抗する気力なんか残っていないし、夜霧に広げられた脚にはほんの少しの力も入らない。幾ら拒絶の言葉を発しても、実際はされるがままの状態だ。
「擦るだけでは勿体ないな。……お前も期待してるだろう」
屹立した俺のそれに夜霧が顔を寄せる。
「──あぁっ!」
突然与えられた強烈な刺激に、背中が激しく反り返った。反射的に逃げようとするも、夕凪にしっかりと押さえられていてどうにもならない。
「あぁっ! あ、嫌っ……!」
夜霧が先端から咥え込んだ俺のそれに舌を巻き付かせてくる。ざらついた舌で表面を撫でられ、先端の部分をこじ開けるように舌先を押し付けられ、更に全体を絞るように根元から吸い上げられる。
「は、あっ……! あぁっ……」
腰が痙攣し、目からどっと涙が溢れた。
「やっ、ぁっ……。やめ、ろ……やだっぁ……」
夜霧の頭が上下する度、聞くに堪えない卑猥な音が容赦なく耳に入ってくる。俺は唯一自由に動く両手で顔を覆い、さっき夜霧に噛まれた唇を今度は自分で噛みしめた。
「ふっ、う……。ぅ……」
声を出すまいと意固地になっている俺の耳元で、夕凪が囁く。
「朱月様……ここは素直に受け入れた方が、楽になるのも早いかと。俺はいないものと思って頂いて結構ですので」
「そんなの、……無理だって……!」
俺は涙を拭って駄々っ子みたく首を振った。
本当は夕凪に言われなくても俺自身そう思っていた。夜霧が繰り出す強烈な刺激は、既に強烈な快感に変わっている。腰が砕け、今にも喉奥から甘ったるい声が出てしまいそうだった。
……だけど夜霧に負けたくない。既に負けてるのかもしれないけど、残った僅かなプライドまで捨てたくはない。俺はそれだけを念じながら歯を食いしばり、苦痛と快楽の狭間で懸命に闘った。
どのくらいそうされていただろう。やがて唾液の糸をたっぷりと引きながら夜霧が顔を離した。唾液と体液とで濡れ光っている俺のそれが、再び夜霧の手で包み込まれる。
「よく我慢したな。俺の口に出さなかったことは褒めてやる」
「んっ、あ……。擦らな、いで……。はぁっ……」
「夕凪、お前も手伝ってやれ」
胸で固定されていた夕凪の腕が緩み、左右の乳首を同時に抓られた。
「ふあっ、あ……。あ、んっ……」
背後から夕凪に乳首を弄られ、正面では夜霧が俺のそれを扱いている。閉じたはずの口から濡れた声が漏れた。身体中が熱くて、痺れて、気が遠くなりそうだった。
「は、ぁ……。やぁ、あ……!」
荒い呼吸が止まらない。心臓は今にも破裂してしまいそうだし、真っ赤になった顔は涙と涎でぐしゃぐしゃだ。もう、全てがどうでもいい。とにかく、今すぐ楽になりたい。
「蕩けた顔になってるぞ、朱月。そんなにいいか」
「う、……い、いい……。気持ち、いっ……。あぁっ……」
「朱月様……」
もはや口で拒絶することすら難しくなってきた俺の額に、夕凪の手が触れる。
「……夜霧様、そろそろ終わりにして頂いても宜しいでしょうか。朱月様は明日も早くから予定がありますので、体調を崩されては困ります……」
「そうか。……それなら夕凪、終わらせてやるからそこから出ろ」
俺の身体を解放した夕凪が浴槽を出てこちらへ向き直った。さすがに正面からまともに俺の姿を見るのはきついらしく、視線は僅かに俺からずらされている。
夜霧が俺に囁いた。
「お前が俺に屈服するところを、世話役に見届けてもらうとしよう。……夕凪、朱月から目を逸らすなよ」
「……承知しました」
「うっ、あ……! あぁっ、ゆ……なぎっ……見な、ぃで……」
痛いくらいに強く、夜霧が俺のそれを扱き出す。
無表情で俺を見つめる夕凪の目には、感情らしきものは浮かんでいなかった。喘ぎ乱れる俺をただ目の前の風景としてしか見ていない。彼なりの気遣いに違いなかった。
「いっぁ……。イきそ──ああぁっ!」
擦られ続ける俺の先端から迸ったそれが湯船の上に飛んだ。それを見て舌打ちしながらも、夜霧は最後の一滴まで搾り取るかのように手を動かしている。
「っく……。うっ……」
額に薄らと汗をかいた夜霧が、手についた俺の体液を振り払って言った。
「これで理解したか。お前の立場というものを」
その後のことはぼんやりとしか覚えていない。気付いた時、俺は裸のまま夕凪に背負われて廊下を自分の部屋に向かっていた。
頭がぼーっとする。身体中がだるくて、だけど心地好くて、今にも眠ってしまいそうだ。
「……ごめん、夕凪……俺のせいで……」
夢現の中で呟いた俺に、夕凪が言った。
「いえ、謝るのは俺の方です。以後気を付けますので……今日はもう、お休み下さい」
「……ん」
「明日は村を案内致します。朝食の時間は七時ですから、それまでには起きていて下さい」
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