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夜、絢香が私の部屋にお見舞いに来た。
「いいよ、入って」
ノックの音に私が返し、消え入るように「お邪魔します」と絢香が発したあと、暫くお互い無言が続いた。
無言の部屋は時間と共に絢香の嗚咽で埋め尽くされる。
「……ごめん、本当にごめん。真智ちゃんになんていったらいいか」
嗚咽の隙間から煙のような絢香の声が聞こえる。絢香の目は真っ赤だった。
泣き崩れる絢香を前に胸がズキズキ痛む。絢香をこんなに追い込むほど、私はひどいことをされたのか。
私が一人で嫉妬してただけじゃないか。
気づくと私は頭を下げていた。
「私こそごめん!無茶なプレーして。絢香は何も悪くない、私が勝手に怪我しただけ」
「で、でも真智ちゃんその足」
鬱血して青紫色に晴れたつま先は怪我の具合を雄弁に語っていた。
「リハビリしたら治るらしいし、これでバスケができなくなったわけじゃないから」
「で、でも私がうまく避けてたら……リハビリって言ってもすぐ治るものでもないんでしょ?」
絢香の目から大粒の涙がカーペットに溢れた。空気が涙を吸って重くなる。
また無言の時が続く。
こんな鬱々とした空気、私らしくないじゃないか。怖がってないで馬鹿は馬鹿なりに思いつくまま口に出せよ、私。
部屋の湿気を弾き飛ばすように、私はうんと力を込めて手を叩いた。
ビックリして肩を竦めて顔を上げた絢香と視線を重ねる。
俯く絢香のつむじ目掛けて声をかけたって仕方がないから。
「よし!本音で語ろう!」
驚いて丸くした絢香の目からは涙が少し引っ込んでいた。
「いい機会だから言っちゃうけど、ここ最近絢香に対してずっとイライラしてた。絢香だけレギュラーなの、嫉妬してたの。ごめんね、器小さくて」
唇を噛んでかぶりを振る絢香。
「あの帰り道ね、絢香言ったじゃん。『私なんか』って。それが辛かったの」
私が欲しかったものを手にした自分を絢香には否定して欲しくなかった。
堂々と胸を張って欲しかったのだ。
「気を遣って、絢香私をわざと抜かせてるでしょ?だから今日、あんなプレーしちゃったの。逃さないように正面からって思って」
絢香から点を奪うたび惨めな気分が加速していった。本気を出せば今の絢香には勝てないはずなのに。
「あのね絢香、私がレギュラーになれないのは私のせい。絢香がレギュラーになれたのは絢香が上手だから。以上!変に気を使われる方がしんどいし、私も次からいじけない!『私なんか』ってセリフはもう禁止!わかった!?」
「う、うん!」
「よしっ!」
私につられて、絢香も自然と笑顔になった。絢香の柔らかい表情を、私は久しぶりに見た気がする。
「はい、じゃ次絢香の番!」
「え、えぇっ!?」
「なに、私だけに本音言わせてまさか自分は言わないつもり?また私に気を遣ってんの?」
「ち、違うよ!……え、えっと、本音だよね。じゃあね真智ちゃん。怒んないでね?本音というかお願いなんだけど」
「なんでもこい」
「もし私だけが試合に出るようなことがあっても真智ちゃんには全力で応援してほしいの。真智ちゃんに応援されるのが、私は一番力が出るから」
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