金=命

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金=命

それは突然やってきた。なんの告知もなく、ただそうでなければいけないと言わんばかりに、自室に映るテレビは異様な映像を映し出した。 時刻は午前0時。正確には、令和元年5月1日午前0時だ。そう、平成が終わりを迎え新しい元号である令和が始まったのと同時に、それは起きたのだ。 ジジジジジとアブラゼミの様な声をテレビは発し、映るのは壊れたピエロの人形が暗闇に浮いている姿だ。 その姿は異様なもので、声にならない音が自然と喉から溢れた。ついでに言わせれば情けない事に、座っている姿勢だと言うのに後退りするみたいに後ろに下がったくらいだ。だがそれぐらいテレビに映るピエロの人形は、本能的に恐ろしいものだと感じた。 誰しもが人間には第六感があると耳にしたことがあるだろう。つまりそれがうまい具合に働いたのだ。 部屋に響き渡るけたたましい笑い声。それは至極当然のようにテレビから聞こえ、恐怖のあまり近くにあるリモコンでテレビを消そうとしたが、何度電源ボタンを押してもテレビは消えず、それどころか笑い声は激しさと声量を増した。 それは恐怖を煽るだけで、テレビが消えない苛つきも重なり思わずリモコンをテレビに投げつければ、笑い声は気持ち悪いくらいにピタリと止まった。 『イヒヒ、ごめんねェ。驚かせちゃったネ』 ビクッと、驚く程に自身の肩が揺れた。突然だ。予測もしなかった。誰が思うだろうか。テレビに映る壊れたピエロの人形が話しかけてくるなんて。誰も思わないだろう。思うはずがない。 だが、壊れたピエロの人形は変わらず話しかけてくる。 『ヒヒ、ボクはね君達とゲェムがしたいんダ』 「げーむ……?」 話しかけられている。そんな自信はなかった。だが気づけば、オウム返しをするように言葉を口にしていた。おそらくは、そんなことを訊かずともピエロの人形は答えただろう。 『そウ、ゲェムだヨ。君達ニンゲンの命を賭けたゲェムをネ。ニンゲンは多すぎるからネ。少しだけ減らそうと思っテ。でもただ消すには可哀想だからネ。ゲェムで生き残ったニンゲンだけを生かすんだヨ』 「なんだよ、それ……」 『つまり、ゲェムに負けちゃったら死んじゃうってことなんだけどネ』 ヒヒ、と笑いを零しながら話す姿は気持ち悪いとしか言いようがない。だが、一つ一つの言葉は気持ち悪いなんかじゃなくて恐怖を煽るだけに過ぎず、理解すらも追いつかなくなっていた。 この人形は一体なにを言っているんだ。そんな気持ちでいっぱいだ。現実的に考えて有り得ない。あったとしても、これは何かのテロとしか考えようがない。そう思っている筈なのに、どんなにテレビを消そうとしても消えなかったことが妙に現実的で、真実味を帯びている気がしてならなかった。 『ヒヒ、そうだネ、うン。6時から始めようヨ。とっておきのゲェムだヨ。楽しんでくれると嬉しいなァ』 それを最後の言葉にテレビはプツンと画面を消した。ようやく画面が消えてくれたことに嬉しさを覚えたが、そんなことよりもピエロの人形が話していたことに思考を巡らせるのに必死だった。 やはり現実離れし過ぎている。寝て起きたら夢でした。なんていうオチだと嬉しい。 ピピピピピ……と、突然ポケットが音を鳴らした。いや、正確にはポケットの中に入れているスマホからの音のようだ。そんな音にすら肩を震わせ、手すらも震えている。そんな手でスマホを取り出しても落としてしまうのは必然だと言わんばかりであった。 転がったスマホを手に取れば、それは友人である織原聖也(おりはらせいや)からの着信であった。 このタイミングで友人からの電話。やはりこれは夢なんかではないのだろう。すかさず電話に出れば、こちらが何かを話す前に聖也の馬鹿でかい声がキーンと耳に響いた。 「おいっテレビ見てたよなっ!?なんだよさっきのっ!!」 珍しく聖也が動揺を見せていた。どちらかと言えば冷静沈着という言葉が似合う友人で、聖也が動揺してる姿は数える程度しか見たことがなかった。と言っても、基本的には冷静な男なのでこの動揺もすぐに終わることだろう。 だがそんな聖也のお陰で、こちらはかえって冷静になることが出来た。自分よりも動揺してる人を見ると冷静になれるというのは本当らしい。というよりも、現実味が無さすぎて、心の内でまだテロだと思っている部分があるせいだと思うが。 「聖也、気持ちは分かるけど少し落ち着こうよ。訊かなくてもテレビで見たのが同じってのは分かるけど、それってみんなそうなのかな……?もしかしたら僕達だけ見たって可能性もあったりするんじゃない?」 例えそうだとしたら犯人は見えてくる。僕と聖也の間には共通の友人がいる。その友人がまたとんでもないイタズラ好きで、手のこったイタズラを散々受けてきた。そいつの仕業だと考えれば話は簡単に終わるのだ。ただのイタズラ。それだけだ。 だがそんな話は通用せず、冷静さを取り戻しつつある聖也は反論するように「いや」と言葉を返してきた。続きの言葉を待っている間、嫌な予感というものを感じていた。胸の奥がムカムカとした感覚で、続きの言葉を聞きたくないとさえ思った。だが表情を伺える状況にない聖也は遠慮なく言った。たった一言「親父に招集がかかった」と。
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