金=命

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令和元年5月1日。 午後1時45分。 午前授業にある大学の講義も終わり、いつもと変わらない教室の風景がそこにはあると思っていた。それは聖也も同じようで、朝から二人の話題は同じことの繰り返しをしていた。 くたびれたみたいに長机に突っ伏して、聖也はダラけた声を出す。なんの危機感も持たない聖也に呆れもしたが、それもそうだろう。一見、教室の風景は何も変わっていないのだ。世間的にもそこまで騒がれてはおらず、一つを除いてはいつも通りの風景だ。そのせいか特に気に止める人もいない。 自分自身の頭上に見える謎の緑色の棒線がなんなのかなんて、誰も気にしないのだろう。 「なんなんだろうな、これ。初めはよぉ、俺の目がおかしくなったんだと思ったけど、俺だけじゃねぇんだもんな。どうせ、ここにいる全員が同じの見えてんだろ?」 頭上に浮かぶ棒線を掴むように聖也は手を伸ばすが、その棒線は変わらずそこにあり続ける。 触ろうとしても触れないそれは、朝6時を迎えたのと同時に出現した。それも自分達だけじゃなく、人間全員に。初めこそ気にした人も多かったが、それが特に害を成すものでないと分かれば、誰も深く考えなくなった。そこにあって当たり前のものだと認識し始めたのだ。それはただの逃げに過ぎないのだが。 「見てて分かるのは、棒線の長さは人それぞれってとこだよね。聖也みたいにめちゃめちゃ長い人もいれば、凄く短い人もいる」 平均的な棒線の長さはペットボトル一つ分程だ。だが、時々聖也のようにペットボトル一つどころじゃない、三つ程の長さの人を見かける。と思いきや、ペットボトル一つの半分の長さの人もいれば、消しゴムサイズの人もいた。 「気になるのはさ、やっぱ色だよな」 「それは僕も思った」 初めは緑色の棒線と言ったが、それは平均的な長さと長い人の色だ。短い人の色はまた変わっており、ペットボトル半分の人は黄色。そして消しゴムサイズの人は赤色の棒線が浮かんでいるのだ。 長さと色。必ずなにか意味がある筈なのだが、あれからピエロの人形が世間を騒がせることはしてこない。報道も敢えて触れない傾向が強く、報道人に限らず警察、一般人。誰も話さないのだ。 「ヒットポイントみたいですよね」 呆然と生徒達を眺めながら会話する二人の間に、女の声とも男の声とも聞き取れる声が耳に届いた。 二人揃って視線を向ければ、眉毛の上で綺麗に前髪を切り揃えミディアムボブで髪型を決めた男がくすりと笑いを零した。 「おぉ(かなめ)じゃん。今日も女の子みたいに可愛いなぁ?」 笑われた事に心なしか苛立ちを覚えたのか、聖也はからかうように言葉を返した。その言葉には要もイラッときたのか、笑顔が一瞬引き攣ったものの、すぐに元に戻し温厚そうな表情を見せる。今更そんな顔をしたところで遅いのだが。 「つーか珍しいじゃん。要がガッコ来るなんて」 「そりゃ僕だって気になりますよ。大学に来れば何か分かるかと思ったんですが、貴方達を見ている限りでは分からずじまいみたいですね」 紹介が遅れたが、この男、新島(にいじま)(かなめ)がイタズラ好きと話題に出した友人である。第一印象に力を込めているのか、出会った当初は凄い真面目そうで良い奴という印象を抱いていたのを覚えている。今となっては、ボロボロに地が出ているので要も遠慮ないのが現実だ。 「要、さっきヒットポイントがなんとか言ってなかった?」 聖也の隣に座るのは嫌なのか、要はわざわざ座っている後ろを通り、僕の隣に腰を下ろした。お陰様で、男二人に板挟みだ。まあ、要に限っては声だけに留まらず見た目すらも女性に近い容姿なので、見ている分には癒されるのだが。 「あぁ、ほらこの緑の棒線があるじゃないですか。短くなるにつれて、黄色、赤と変わっていく様子がゲームのヒットポイントみたいだなって。気になりません?棒線が全部なくなったらどうなるのか」 現状を楽しんでいるかのような笑みを浮かべて話し、頭上に浮かぶ棒線を指さした。そんな姿を見て更に聖也の苛立ちは増したのか、頬杖をついていた手を下ろす時、わざと拳で音を立てた。 「なんでてめぇは楽しそうなんだよ。実際問題、楽しんでる場合じゃねぇと俺ァ思うぜ。昨日の件に限らず、俺達の体にも異変が起きてんだ。危機感持てよって話」 「いや、ごめん。それは僕、聖也にも思ったかなぁ、なんて……」 「あ?」 「ごめん……。で、でも、聖也の言うことちゃんと聞いた方がいいよ。少なからず要だって、それがなんなのか知りたいでしょ?もし要の言うヒットポイントと同じだとしたら、それが無くなったら僕達」 「死ぬでしょうね」 「そう。要の言うヒットポイント、僕的には的を射てると思うんだ。それを聞いて、なんかしっくり来た感ある」 あっさり「死ぬ」なんて言葉を使われたのに、少しだけ動揺した。けれど要は、そんなこと気にしていないと言わんばかりに笑みを浮かべていて、普段から変な奴だとは思っていたが、今回ばかりはその姿が怖いと感じた。
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