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「オィゴラァ!富澤ァ!」
怒声が響く。全体に濁点をまぶしたような、言い慣れていなければ決して出ないであろう声色で。
「お前言ったよな!心配はいらねぇって、言ったよなァ!」
目の前で怒鳴り散らす男が七海であることに、いまだに理解が追いつかない。
七海は携帯を持って帰ってきたのだ。
借りたと言っていたが、実際はどうなのかわからない。
しかしそんなことよりも、重要なのは電話の相手だ。七海は、電話の相手を富澤と呼んだ。
日暮の知っている富澤といえば『かがみ』の富澤だ。その富澤が七海とこのような関係であることはこのあいだの待ち合わせからして到底考えずらいが……
「何ってそりゃあ…………その、せ、せ……性行為を、してるみたいなんだよ!」
そう言う七海の顔は真っ赤だ。
そこでふと新たに疑問が生まれた。
「……七海さんは違うんですか?」
「あぁ?」
口調はそのままに答える七海だったが日暮は気にしない。
「俺、七海さんも社長とそういう関係なのかと思ってたんですけど」
あとで今後の参考に東堂の好みを聞こうと、七海に相談しようとしていたくらいなのだ。
てっきり、以前の忠告も東堂には自分がいるから出しゃばるなと、そう言う意味も含んでいるのかと思っていた。
「はぁ!?何言ってんだよ!そんなわけねぇだろ!」
再び顔を赤くして七海が叫ぶ。
この反応からして七海は案外初心なのかもしれないと思った。
少し前まで初めての経験にいたたまれない気持ちでいた日暮は、自分よりも慌てる七海を見て冷静さを取り戻していたようだ。
「それより富澤……俺のせいか?」
一転して静かに問いかける七海。
どうしたんだと思いよく見ると、その拳はきつく握りしめられていた。
「あの体の傷は、俺のせいか?……社長は、庵司さんは、やり方を変えたのか?体を使えと命令するようになったのか?」
庵司、と。七海の口からその名前が出たことにより日暮は確信した。
七海は『かがみ』と何か関わりがあると。
ポツポツと頼りない口調に変わった七海は、辛そうに顔を歪めていた。
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