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「取り乱して悪かった」
静かに、時折相槌を打ちながら電話を終えた七海は、そう言って頭を下げた。
日暮は理解の追いつかない中で、なんとか状況を整理しようと七海の一挙一動を見守る。
「言いたいことはわかる……俺はな、『かがみ』の幹部役員だったんだ」
「……え?」
七海の言葉に正直すぐにそうだったんですかとは納得できなかった。
現在の幹部役員の人数は富澤も含めて四人。
日暮はその全員の顔と名前を知っているから、もし七海の言葉が本当なら、昔は五人だったということになる。
「人が入れ替わってなければ今は四人か?まぁ、それは別にいいか」
予想通り、七海がいた頃『かがみ』の幹部役員は五人だったようだ。
ということは七海は『かがみ』を辞めてわざわざ東堂の秘書という道を選んだ?いや、それはないだろう。そもそも『かがみ』はそう簡単に抜けられる組織ではない。
「俺はな、自分で言うのもなんだが隠密行動に長けていてな。東堂の元に来たのもそれが理由だ」
「……じゃあ七海さんも俺と同じ派遣で?でもいくらなんでもそれは長すぎる気が……」
日暮が『かがみ』で働き始めた時、すでに幹部の席は四つだった。
もし派遣だとしても役員から除名されるなんてことはあり得ないし、隠密行動が得意ならば庵司が七海を手放すはずがない。
「そうだな、最初はお前と同じ”派遣”だったよ。と言っても東堂からの依頼じゃなくて東堂グループとしての募集だった。事業拡大に伴う事務要員として臨時で働ける人を募集するってな」
確か富澤に聞いた話だと、東堂グループは貿易業だけでなく食品業にも手を出し始め、今はそれも好調だということだったな。
それなら、その募集は食品業を始めた際のものなのだろうか。
「きっと庵司さんはそこがチャンスだと思ったんだな。俺に事務要員として潜入するように指示した。それで『かがみ』の者であることは隠して応募したんだ」
腕を組んで話す七海はどこか昔を懐かしむような表情をしていた。
「まぁ、理由はわかるだろう?だからこそお前が『かがみ』から来たって聞いた時に、あぁ俺の尻拭いに来たのかって同情したもんさ」
同情されていたのか。
しかし、まだどうして七海が東堂の秘書をやっているのかはわからないが、もし自分が七海の立場であったとしても新しく来た人間には同情してしまうだろう。
それくらい、東堂は手の届かない相手なのだとこの短期間で日暮は思い知らされていた。
「すぐに諦めて帰ると思ったさ、なんて言ったってお前庵司さんの息子だろ?息子がいるなんて話は聞いたことなかったが、流石に自分の子供に危ない橋は渡らせないだろうってな。そもそも、庵司さんはもう東堂に手は出さないと思ってたし」
それがどうしてこうなったと、七海は深いため息をついた。
それから、予想以上に東堂は日暮に執着するしこれは返す気がないとすぐに分かったと口を尖らせる。
「でもまぁそれ以前に、俺死んだことになってるしな」
なんと言っていいのかわからなかった日暮は、七海が次に発した言葉に耳を疑った。
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