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なんと表現したら良いのか。日々拳で語り合うような生活を送ってきた富澤には適当だと思われる言葉が浮かばなかったが、確かに三日ぶりに会った日暮の様子は変わっていた。
こんなに短期間で何が変わったのかと問われればそれは悩んでしまうが、"何か"が変わっていたのである。
しかし、そんな疑問も初めて踏み入れた日暮の部屋を見て一瞬で吹き飛んでしまったが。
「……どうしてあなたがこんな所にいるんで?」
荷物を取りに来た日暮と別れビルに戻った富澤が立っているのは、先ほど訪れたばかりの日暮の部屋の前だ。
普段は役員含め日暮以外誰も立ち入らないであろう七階。
立ち入りを禁止されているわけではないが、きっと立ち入ってはいけない場所。そうわかってはいたが、今の富澤には関係なかった。
さて、これからどうしようか。そう思考を巡らせている時に、軽い足音を響かせて社長の秘書である滝本がやってきたのだ。
「富澤さん。一つ、忠告しておきます」
「え?」
滝本は、富澤の声など聞こえていないかのように淡々と話し出す。
「……鏡日暮にはもう関わるな」
男にしては高めの声が感情なく紡いだ言葉に、富澤は瞠目する。
「なっ、あんた知って……!」
滝本が日暮の生活していたここにいることがある意味答えではあったが、これで社長が日暮をここで生活させていたことが確定した。
社長は、自分の息子を誰の目にも触れさせずに、刑務所のような冷たい部屋で生活させていたのだ。
「ふふ、これはあなたの為でもあるんですよ」
何年も『かがみ』の幹部役員として社長の下に仕えていた富澤は、すぐには滝本の言葉が理解できない。
しかし、小さく微笑んだ滝本に、ふつふつと怒りのようなものが湧き上がって来るのを感じた。
「どういうことだ!だいたい、晶のことだって!俺は、俺は本当に晶が死んだと思って……!」
「あぁ、七海さんのことですね。それも社長には問い詰めないほうがいい」
七海——七海晶のことまで持ち出され、富澤の疑念はさらに深まった。
社長は、滝本は、一体何を隠しているんだ。それに、日暮のあの扱いは……。
「七海さんが生きていることは社長も知りませんからね」
口角をわずかに上げて笑う滝本に、富澤はこの世界に入って久しぶりに明確な恐怖を感じた。
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