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七海晶は死んだ。
組織内に通達されたわけではないが、『かがみ』の役員は一様にそう認識している。
何より、幹部役員の椅子が一つ減ったことがそれが事実であると物語っていた。
『ちょっと行ってくるな』
富澤が最後に聞いた七海の言葉は、散歩でもしてくるというような、あまりにも軽いものだった。
そして、七海はそれきり富澤の元に戻ってくることはなかったのだ。
「どういう、ことだ……」
「そのままの意味ですよ。社長も七海さんは死んだと思っている」
淡々と答える滝本だが、富澤の疑念がそれで晴れるわけがない。
そもそも、どうして社長が知らなくて社長の秘書である滝本が知っている?
「そういえば、先ほどの質問ですが……私がここにいるのは、部屋の片付けを言い渡されたからですね」
「……日暮の部屋か?」
「えぇ、その部屋暗証番号がないと入れないでしょう?私が適任ってわけです、以前は私の部屋でしたから」
次から次へと湧く疑問に頭が混乱の警鐘を鳴らす。
日暮の部屋の片付け、それは暗に日暮がもう帰ってこないことを示しているのではないか?
いつも通り任務に行ってから帰ることなくぽっかり空いた幹部のイス。
今の状況があの時の出来事と被って冷や汗が止まらない。
七海はおそらく東堂の暗殺を依頼されて東堂グループのビルに潜入した。
そして東堂が今現在も生存していて、なぜか七海が東堂の秘書として働いている状況から、その依頼は失敗に終わったと推測できる。
ではなぜそれを社長は知らない?
いや、おかしくはない。
七海から連絡してこないのは東堂に命をにぎられているから。連絡するには大きなリスクがあるからだ。
ではなぜ滝本は知っている?
日暮が生活していた部屋は以前は自分のものだったと言う滝本。この調子だと先刻まで日暮がここに戻っていたことも知っているのだろう。
富澤が日暮に関して違和感を覚えて、東堂の秘書として現れた七海と再会して、これから社長の元へ向かうであろうことを知った上で目の前に現れた。これは明らかな警告だ。善意などではない、ある意味脅しに近い警告。
富澤は、握り締めた拳を力なく振るわせることしかできなかった。
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