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「……私が注意した意味、わかりませんでした?」
「あぁ、俺はオツムが弱いもんでね」
注意でなく脅しの間違いではないかと、富澤は目の前で微笑む男を睨む。
目が笑っていないとはこういうことを言うのかと変に冷静に考えて、銀縁の眼鏡をかけた男——滝本に詰め寄った。
「……でもまぁ、社長に物申すつもりはねぇよ。その方がアイツの身のためだっていうのもなんとなくわかる。だからこれはあんたに質問だ。あんたは……日暮と晶をどう思っている?」
対峙する二人の間には、壁や床に染み付いたタバコの匂いが充満している。
喫煙禁止と書かれた紙が目に入ると、そういえばここで日暮と話したことがあったなと思い出す。
今思えば、あの時も、出会ったばかりの頃も、日暮は社長から暴力を振るわれていたのかもしれない。そしておそらく日暮は幼い頃から殺しの技術を叩き込まれている。
だからこそ、社長がそう簡単に日暮を手放した意味がわからない。
「私に質問ですか。まぁいいでしょう。鏡日暮は……それなりによくやっていたんじゃないですか?その様子ならご存知なんでしょう?社長のおもちゃとしてよく働いてくれましたよ……最後のわがままには驚きましたけど、私にとっては悪くない提案でしたしね」
それから、と滝本は律儀に富澤の質問に答えるべく言葉を続けた。
「七海晶……彼は社長の元から消えてくれて心から嬉しく思っています。死んでいるのが理想でしたけど、戻ってこないだけでも」
「お前ッ!」
「……質問、ではなかったのですか?私は殴りかかる許可は出していませんけど」
滝本の胸ぐらを富澤が掴み上げる。
しかし滝本は表情一つ変えずにズレた眼鏡を押し戻しただけだった。
「クソッ!……これだけ答えてくれ。あんたが晶を東堂の元にやったのか?」
富澤は軽く舌打ちをして力を込めていた腕を離した。
もう遅いかもしれないが、ここで滝本の不興を買うわけにはいかない。
「……見方によっては、そうとも言えますね」
それから乱れたスーツの襟元を正した滝本は、興味なさげにそう呟いて、それ以上は何も答えないとでも言うようにこの場から立ち去った。
『あの体の傷は、俺のせいか?……社長は、庵司さんは、やり方を変えたのか?体を使えと命令するようになったのか?』
悲しげな晶の声が頭の中によみがえる。
晶が東堂の元へ暗殺に向かったのは滝本が裏で何かをしていたからだ、これは間違いない。
だったら社長は味方なのか?
だが、日暮のことを考えるとまだ社長が味方だと判断するには材料が足りない。
普段使わない頭を酷使した富澤は、やるせなさに壁に背を預けて一本タバコを取り出した。
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