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「東堂さん……東堂さんはどうして『かがみ』に派遣の依頼をしたんですか」
「糸継って呼んでって言ってるんだけどなぁ……ま、いいか。派遣だっけ?そうだね、どうしてだろう」
「え?」
夜、綺麗にハンバーグの消えた皿を洗って、日暮はいつも通り東堂の隣でベットに横になっていた。
ふと、ずっと気になっていたことをなんとなしに口にすると、東堂はメールをチェックしていた手を止めて頭をひねる。
「歩いてるところをね、見かけたんだ」
確認はもう終わりにするつもりなのか、風呂上がりでコンタクトをしていない東堂はかけていたメガネをベットサイドに置いた。
「車に乗って移動してる時にね、引越しの手伝いかな?暑いのに頑張るなぁって見てたら……あれ?日暮くんじゃないかってね」
「……東堂さんは俺のこと知ってたんですか?」
引越しの手伝いは一度しかしていなかったため、働き始めてすぐの頃に見られていたのかと思い当たる。
が、日暮にはこれまで東堂と接触した覚えは全くなかった。
「あぁ、知っていたよ」
そういえば今日は薬がまだだったねと軟膏のようないつものチューブを取り出した東堂は、それがどうかしたとでも言いだしそうな調子で日暮の服を脱がせにかかる。
その様子にこれ以上聞いても無駄だと悟った日暮は、庵司と面識があるから幼い頃にでも会ったことがあるのだろうと適当に結論づけることにした。
「あ、それでね、なんとなく聞いてみたんだ。日暮くんうちにもらえない?って」
「なんとなく……って、え?もらう?」
うつ伏せで話を聞いていた日暮は、東堂の言葉に驚いて顔を上げる。
なんとなくで呼び出されたことに多少思うところがあったが、それすらもどうでもよくなるようなセリフが混じっていたのだ。
「聞いてない?日暮くんにはこれからも私の元で働いてもらうつもりだよ……もう、私のものだ」
目尻の小さなシワを深くして東堂が微笑む。
東堂の、もの?
鏡日暮はもう『かがみ』に戻ることはない?
『かがみ』で過ごした、庵司のもとで生かされていた頃の記憶が一瞬頭をよぎる。
相変わらず表情に大きな動きはなかったが、日暮は無意識に肩を小さく震わせた。
それに気づいたのかそうではなく単なる気まぐれなのか、薬を指ですくった東堂が日暮の肩口についた銃痕を指でなぞった。
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