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「じゃあ……七海さんと同じになるのか」
「ん?」
「あ、いえ……七海さんは今『かがみ』に席を持っていないので」
「……そうなんだ」
東堂がそのまま薬をすり込むように手を動かすのに合わせて、日暮は塗りやすいようにと体勢を元に戻した。
確認するように呟いた声に、東堂は関心を持ったようだ。
「あの……七海さんって」
これは自分が聞いてもいいことなのか、少しの間逡巡しつつも最終的には迷いながら常々の疑問を口にする。
無意識に七海のことを話に出してしまったが、東堂にとって七海はどういった立ち位置なのだろうと。
そして、どうして七海は東堂の秘書をしているのだろうと。
「ん、っ」
「さぁ、そろそろおしゃべりは終わりだ」
しかし、背骨に沿うように這わされた指先によって日暮の問いは遮られる。
わざとなのか、それとももうおしゃべりに飽きたのか、日暮には判断できなかった。
一日の大半を共に過ごし、さらには毎日ベットを共にし、少しは東堂の考えがわかるようになってきた。そう思いたかったが、実際には何一つ東堂との関係は変わっていないのだ。
ただ会話が増えて、変わったことといえば日暮の生活環境のみ。今日のように隙を見て東堂を探ることを忘れたことはないが、結局何も見えてこない。
独特な東堂のペースに翻弄されているのは自分だけ。
叶わないとはわかっていても、日暮はその事実がどうにも悔しかった。
今まで気にしたことのなかった自分以外の誰か。
その誰かのハードルがとてつもなく高く、つり上がった眉の端がピクリと動く程度に日暮は東堂に惹かれていた。
丹念に薬を塗る動作が腰の付近に移ると、日暮は諦めたように体の力を抜くのだった。
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